楽園への門
「ダンスパーティー参加希望の方はこちらで受付お願いしまーす」
ユリは一緒に来たフェアリーの子達と社交ダンス部員の前にいって、背中にゼッケンの紙を貼ってもらった。
「まだ準備中だから、もうちょっとこの辺りで待っていてくださいね」
言われて、他の子達と運動場の隅で待とうと思ったが、ふと見ると運動場では何人かがライン引きで白い円を書こうとしていた。
「手伝いましょうか?」
「ありがとう!助かるわ」
野暮ったい黒い上っ張りを羽織った女子生徒は、書く予定の図柄だと言って、紙を差し出した。図柄を見て、ユリは首をかしげた。
「丸だけじゃないのね」
「うん。面倒かも知れないけれど、ガイドロープをピンと張って、正確に作図してね」
社交ダンス部には見えない格好のその女生徒は、"正確に"をやけに強調した。
「(几帳面な子なのかな?)」
ユリは精度を要求されたときに半端仕事はしたくないたちだったので、慎重にきっちりラインを仕上げた。
「綺麗にかけたね!めっちゃ上手」
「ふふふ、頑張ってみました」
ユリがライン引きを片付けながら達成感に浸っていると、校舎の方で悲鳴が聞こえた。
「なんだろう?」
見ると校舎から何人かが揉めながら出てくるところだった。ねじれた角や尻尾を着けたモンスター役が、花冠を着けたフェアリー達を引っ立てている。
フェアリー達は運動場脇の第1ステージの方に乱暴に追い込まれていた。
「なんで?モンスターって中立地帯にずっといるフェアリーを追いたてるだけじゃないの?」
「モンスターもフェアリーを狩るの?それってインチキじゃない?」
ユリと黒い上っ張りの女の子が見ているうちに、次々とフェアリーがモンスターに連れてこられた。
フェアリーの何人かは見張りらしきSプロスタッフに文句を言っているようだが、取り合ってもらえていない感じだった。
「あ!あいつらダンスパーティーの参加者まで?」
モンスターの何人かが、受付を終えて運動場脇で待っていたフェアリー達を連れていこうとしていた。
「それはさすがにダメでしょ」
ユリは彼らを止めようと駆け出した。
「ちょっとあんた達!ここのフェアリーはハント禁止でしょ」
「僕らはモンスターだから中立地帯は関係ないね」
モンスター姿の茅間ヨウはヘラヘラ笑いながら、ユリのクレームを一蹴した。
「社交ダンス部の催し会場の届けはトラック内で出てる。ここはトラック外だから、そもそもアウトだな」
「そんな!今、トラック内は準備中だったから、みんなこっちで待ってたのに」
「知らないよー。そんなの準備不足の社交ダンス部が悪いんじゃん」
茅間ヨウは楽しそうに笑った。
「おい、あっちからやって来るフェアリーも捕まえちゃおうぜ」
「ええっ、あの子、無印ハンターと手を繋いでいるじゃない」
「ハンターの腕章がないってことは、なんでもない奴ってことだろ。そんなのと一緒にいてもルール上は何の意味もないじゃないか」
「それはそうだけど」
「みんな行こうぜー」
「ああっ」
ユリはモンスターを止められない自分が悔しかった。
第1ステージ前に集められたフェアリー達は不安そうに三々五々集まって、これからどうなるのか、ひそひそ囁き交わしていた。そうしている間にもモンスターに連れてこられる者が次々と増える。
「せっかく助けてもらったのに」
「これどういう扱いになるの?」
「ダンスパーティー参加できないのかな」
社交ダンス部の方も混乱していて、まだダンスパーティーは始められていなかった。
その時、切られていた第1ステージのスクリーンにオープニングと同じロゴが表示された。
「では第1ステージ注目してくださーい。ただいまより重要なお知らせがありまーす」
スタッフの案内の後に、ちょっとちらついてから、映像が始まった。
楽園から飛び出して地上に遊びに行ってしまった妖精達は、危険がいっぱいの地上で疲れはてていた。英雄達も広い地上で苦戦し、思うように妖精を連れ帰ることができずにいた。、エルドラクドの王、スオウは地上と楽園をつなぐ門を開くことを決意した。
「妖精達よ。どうかこの楽園に帰って来てほしい。私の魔法の力が続く限りこの門を開いておこう。自分からこの門までやって来てくれ」
今、エルドラクドの王の魔法によって楽園への門が開かれる。
「はい。という訳で、"楽園への門"がルールに追加されます」
マイクを握ったスタッフが第1ステージで追加説明を始めた。
「"門"はこの第1ステージとなります。第1ステージの壇上まで来たフェアリーは、楽園に自主的に帰還したことになります。この場合、そのフェアリーはゲームをリタイアした扱いになります。ご注意ください」
第1ステージ前に集められたフェアリー達はざわついた。
「それってこのバカなゲームから降りられるってことか」
「それで、ここに集められたのか」
「なるほど」
「ステージに上がればいいの?」
「もう始まっているのかな」
気の早い数人が壇に登りかけたとき、スクリーンの映像の右上にワイプが開いた。
「いやー、また追加ルールやて。後出しじゃいけんが好っきゃなー」
「しかも随分詐欺臭いルールだな。フェアリーの皆さん、お気をつけください」
ワイプの中に表示されたのは、時計仕掛けのウサギと、電気羊のペアだった。
「"リタイア扱いになる"というのは、ルール上はその後の身柄がSプロの判断で決められることになります。懸賞金もSプロのものになるため、逃げ切ったときなら手にはいるはずの見返りはゼロになりますよ」
「あちゃー、そうなん?そんなことどっかに書いたあった?」
「えーっと、基本ルール説明のページの最後の方の……ここです」
「よー、そんなとこまで読んだな、あんた」
「正直これ読んだときは違反者の取り扱いだと思ってた」
「そら、せやね」
雑談しているウサギと羊とは別ワイプが、画面右下に現れた。
「ねぇねぇ!リタイアしたくなくて、自由でいたいならどうすればいいの?」
画面に現れたのは水色のエプロンドレスの子だった。
大きな帽子を被った羊は、下を見て首をかしげてから、もっともらしく謎かけのような言葉で答えた。
「自由でいたいなら仲間と手を繋いで不自由になること。いまの場所にいたいなら、全速力で走らなきゃ。小川を飛び越えたら、ポーンだってクイーンになれる」
「なんやわからんけど、ぐずぐずしてんと飛び出したらエエんちゃうか?」
「わかった。ありがとう!」
エプロンドレスの子は、元気にお礼を言うと、右下の画面からジャンプした。
追加ルール説明画面で止まっていたメイン画面が中継映像に切り替わった。映ったのは運動場の指令台の上に、白いきれいな脚の子が着地したところだった。
カメラが引いて、全体が映った。
白いニーハイとショートパンツを履いて、水色の衣装を着て立っていたのは植木だった。
レースとオーガンジーでフワフワのヒラヒラな衣装は、馬鹿馬鹿しいほど植木に似合っていた。




