名のみの王
校外のカフェで、海棠スオウは竜胆シオンとくつろいでいた。
「僕はともかく、スオウはこんなところで遊んでていいの?」
「ん?いいんだよ。これは2年生に任せたプロジェクトだからな。何でも全部俺がやり続けていてもいかんだろう」
「ふーん。意外と放任なんだ」
「俺よりシュウの方がそういう面倒見はいい」
シオンは嬉々として悪巧みに興じていた陰険眼鏡の姿を思い出した。スオウ目線では、あれは"面倒見がいい"ように見えるらしい。
「そういえば、妖精達に帰り道だかオアシスだかなんだかを示す追加ルールがあるってシュウがいってたけど、王様のスオウはアナウンスしなくちゃいけないんじゃない」
「それなら録画したのを流すだけだから大丈夫。俺の仕事は後はエンディングにちょっと顔を出すことだけさ」
スオウはコーヒーを一口飲んだ。
『のりこ、こっちは終った。そっちはどんなだ?』
物陰を足早に歩きながら、川畑は植木に連絡を取った。
『あっ、川畑くん!カッコ良かったよ!!』
『……あ…うん。それは、ありがとう』
『すっごく素敵だった』
『今、じわじわ猛烈に恥ずかしくなってきているところだから、あまりいじらないでくれ……それで進捗は?』
『ああっと、ごめんね。演劇部の副部長さんがシナリオ書いてくれたよ。部長さん達も協力してくれててて。なんかみんな川畑くんのダンス観て、あのパフォーマンスに負けられないって熱が入ってる』
『うぐぅ』
『講堂は大きなモニターだったから迫力あったよ。カメラ目線のアップが特に素敵で……』
『すまん……勘弁しれくれ。ちょっと穴掘って埋まりたくなってきた』
『そんなに恥ずかしがらないでよ。こっちはもっととんでもないことやらされるんだから』
『なに!?何か無茶なことを強要されているのか?』
『うーん、無茶と言えば無茶だけど、ひどいことではないから安心して。なんか衣装用意されて、今、メイクされてるところなんだ。これ、口で喋らなくても川畑くんと話す手段があって、良かったよ』
『衣装にメイク?どんなシナリオになってるんだ?』
『えーっと、妖精王子による自由妖精同盟の独立宣言と……』
『待て、今そちらに行く』
『良かった。来れるなら演劇部の部室の方に急いで来て。川畑くんの衣装会わせもしたいって言ってた』
『俺の衣装!?』
「バンブーダンス良かったよ」
演劇部の副部長に出会い頭に言われて、川畑は顔をおおった。
「その件には触れないでくれ……」
「君、なんだかんだ言って芝居っ気あるよね」
「ない……そんなものないから」
「またまた」
副部長は笑いながら、何か飾りが一杯ついた衣装を川畑の胸にあてて、サイズをみた。
「あー、やっぱり小さいな。君、体格いいから」
「なんで衣装を?俺は表に出る役は向いてないんだが」
「そんなことないのに。特に今回の役は完全に君のイメージで当て書きした役だし……まぁ、でも衣装のサイズがないなら仕方がないか。妖精国の植木王子の護衛騎士長の役は演劇部の誰かでやることにするよ」
「待て」
川畑は衣装をハンガーにかけ直す副部長の肩に手を置いた。
「シナリオとその役どころについて詳しく説明してくれ」
「衣装があればいいんだな」
シナリオを説明したとたんに、そう言い出した川畑を、副部長は生暖かい目で見た。
「うん。でも、ないでしょ?」
「白くて騎士っぽくて飾りが多くて派手ならいいんだろ。それなら持っている知り合いに心当たりがある」
「今から借りにいって間に合うの?」
「10分か15分くれ。シナリオと台詞は覚えた。最悪、現地に直接向かう」
そこまでこの役、譲りたくないのか、と副部長は呆れた。寮生の友人にコスプレイヤーかなにかがいるのかもしれないが、時間的にも質的にも大丈夫かどうか怪しい。
「間に合わなかったとき用にこっちでも演劇部員用意しておくね」
「すまん。必ずすぐに戻る」
「小道具の"馬"はどうする?」
副部長は、棒の先に馬の頭がついた小道具を手に取った。
「ありがとう。それは使わない」
川畑はその間抜けな小道具を丁寧に断った。
「パピシウス、お前の鎧、貸せ!」
「は?え?ハーゲンさん!?」
大聖堂の中庭で訓練中だった青年騎士は、突然、空から舞い降りてきた銀翼の騎士をポカンとした顔で見返した。
「鎧って、今着てるこれですか?」
「訓練用じゃない。白い奴だ。雪山の岩のところに置いといてやったアレ」
「白いのはもう僕のじゃなくて聖堂の精霊王の間に飾られてて……ええっ!?あれ、あなたがあそこに置いたんですか?」
「精霊王の間ってどこだ。案内しろ」
呆然としている聖堂騎士団員達のど真ん中で、口を滑らせて裏事情をぶっちゃけていることも気にせず、川畑はパピシウスを急かせた。
「でもいいのかな?精霊王の間って一番奥のありがたーいお部屋で偉い人と一緒じゃないと入れないんだけど……」
「このバカーっ!お前が今、気楽に話してるのが、そこに奉られてる本人だろうが!誰より偉いわ、ボケーっ!!」
我にかえったソルはパピシウスの後頭部を思いっきりひっぱたいた。
顔色を変えて大慌てでやって来た聖堂騎士団長が川畑の前に跪いた。他の騎士達も一斉に跪く。
「精霊王様、よくぞお越しくださいました。すぐに歓待のご用意を」
「ああ、そういうのいいから。とりあえず鎧貸してもらえますか?あれじゃなくても白くて飾りが派手なら、パレードや式典用の別のでもいいんで」
「は、はい。ただいまご用意いたします」
「俺が着れそうなサイズのを見繕ってください」
「精霊王様がお召しになるんですか?」
「ちょっとイベントで……訳あって戦闘用のこの鎧じゃなくて、ちょっと華やかなのが必要で……」
真面目な壮年の聖堂騎士団長に学校のイベントで使う話をするのは気が引けて川畑は言葉を濁した。
「それでしたら最上位礼装をご用意します。ただいま職人を……」
「いい、いい、そこまでしなくていい!とにかく急いでいるからすぐ用意できる簡単なのでいいよ」
「はっ」
「そんなにかしこまらなくても」
「はっ。恐縮です」
川畑が困ってパピシウスの方を見ると、ソルに無理やり跪かされていた彼は呑気に言った。
「無理ですよ、ハーゲンさん。自分のやったこと考えてみてください」
「あー、そうか。この世界を一通り再構築してるから俺、創造主ってことになってるのか」
それは聖堂関係者にかしこまるなと言っても無理である。
「へー、そんなこともしてたんですか」
「ああ。1回目はみんなとその場の勢いでやれたんだけど、結局、不具合があって後で修正する羽目になってなぁ。あれはキツかった。やっぱり世界創造って難しいよな」
川畑はキャプテンにさんざんダメ出しを食らったのを思い出して顔をしかめた。
「そりゃあそうですよ。バカだなぁ」
あっはっは、と明るく笑うパピシウスの後頭部をソルは盛大にひっぱたいた。
「創造主様をバカ呼ばわりするんじゃないっ、ド阿呆!」
周囲の騎士団員は恐れ多くて縮み上がりながら、「ソル、お前も御前でそれだけやれるのは同類」と思った。
『おーさま?』
『はじめまして。おめにかかれてこうえいです』
川畑がふと顔をあげると、淡く光る小妖精達がいた。
『お前達、無事に復活できたのか』
ラッパ水仙の妖精が川畑の手の上に舞い降りて膝をついた。
『おかえりをおまちしておりました』
小妖精は自分達は新生聖都妖精騎士団のメンバーだと名乗った。
『厄払いの樹はいるか』
『さいしょのナイツは、シャリーさまにおともして、ここをでました。いまのメンバーはほとんどおーさまにあったことがありません』
皆、精霊王に会えたらとても喜ぶだろうとプセウドは語った。
『なにかごようじがあるなら、おてつだいさせてください。ボクらもナイツとして、おーさまのオシゴトおてつだいしたい』
プセウドの後ろからおずおずと申し出たちっちゃな妖精の頼みに、川畑は昔のカップとキャップを思い出した。
「(あいつらも前はこんな感じだったな)」
ちょっと和んだ気分になった川畑は、みんなに召集をかけると息巻くプセウドに、後でまた来るからと約束した。名のみとはいえ一応、王と呼ばれる存在であるからには、それなりのことはしてやる必要があるだろう。
"おーさま"が"魔王様"だか"精霊王様"だかは知らないが、クッキーかキャンディぐらいは食わせてやろう、と川畑は小さな妖精達を見て思った。
久しぶりに登場した4章5章の面々について補足説明
・パピシウス
勇者の元お供。当時は女装させられていた。(パピ子)
白い鎧を貰ってからは美男騎士として人気が出た。
これでも現在は英雄相当のはず。
5章最終戦でソルと知り合って聖堂騎士団に来ている。
・ソル
聖堂騎士団の氷の騎士。男装の麗人。
川畑のせいで人生曲がった可哀想な人。
彼女関連の各話のタイトルが酷い……。
39 臆病者
58 薄情者
67 招かれざる者
・厄払いの樹の妖精
聖都妖精騎士団の設立時リーダー。
・ラッパ水仙の妖精
聖都妖精騎士団の設立時メンバー。なぜか忍者かぶれ。




