バンブーダンス
あんな不調法な男がダンスショーの客演なんて、なんの間違いだか……。
御行は意外に沢山集まっている観客の後ろから、ピロティステージの様子を見た。
案の定、キョロキョロしながら出てきた川畑は、一糸乱れぬ部員達の間でうろうろした。周囲をハンターに囲まれ逃げるわけにもいかず、行き掛かり上やむ無しといったようにセンターに収まった彼は、踊り始めた。……一人だけ、完全にワンテンポ振り付けが遅れた状態だった。
「(うわぁ、なにやってんだ!)」
御行は観ていられなくてハラハラした。
「(すごい!冒頭の挙動から映画を完コピしてきた!リハもやってないのにタイミングバッチリだ)」
古竹はステージ脇で興奮に手に汗を握っていた。
「(あの振り付け、周りとずらすところ揃えるの、意外に難易度高いのに)」
普段は自身が務めるセンターを素人に任せて、若干不安を感じていた古竹だったが、「これはいけるかも」と期待に胸を踊らせた。
「(ここからソロで台詞入りだ)」
ステージ上手前方に来たあたりで、それまでおたおたしていた川畑の様子が変わった。そこからは完全に主役が彼で、周囲はバックダンサーと化した。観客に視線を飛ばし、半屋外でマイクなしなのに通る声で台詞をコミカルに入れて、歌いながら愛嬌のあるダイナミックなダンスをこなした。翻訳さんによる"目立たない"補正が外れた状態の川畑は、元々の声質と体格のせいで、とても舞台映えした。
恥ずかしいという概念を心の棚に放りあげて開き直った川畑は、元の映画のダンスシーンを完全再現することに集中していた。
「(賢者にジーン・ケリーやらされたのに比べれば楽!)」
身長ほどの竹竿を取り回し、帽子を脱いだり被ったりしてシーケンスをこなす。部員が4人で組んで並べた竹竿をタイミングを合わせて飛び、みんなと息を揃えて、竹竿をくるくる回す。
「(よっしゃ!首の回りを回すの上手にできた)」
自分の訓練用時空に戻ってまで練習した部分が上手くできて、川畑は手応えを感じた。高くジャンプしながら靴底を打ち合わせて鳴らすのにも成功する。
「(前半終了。ここでいったんはける)」
下手にはけたところで、興奮気味の古竹に肩をどやされた。
「凄いじゃないか!完璧だよ」
「後半ステップ難しいんでがんばります」
「期待してるよ」
ひそひそ声でやり取りしたところで、川畑は観客の中に御行がいるのに気づいた。
なぜかものすごい顔でこっちを見ていたので笑顔で手を振ると、口をパクパクさせて頬をひきつらせた。
「(あれ?いまいち受けが悪い?)」
後半頑張ろうと思ったところで、出番が来た。
「また出てきた」
飛び入りの大男は、並んだ竹竿を次々と飛び越えながら出てきただけで観客の目を引いた。竹を持っている部員がほぼ屈んでいないので、実はかなり高い位置に渡されているはずの竹を、まったくそうと感じさせないジャンプで軽々と越していく。
当たり前にセンターにやって来た彼は、ソロパートで難易度の高いステップを軽やかにこなした。
「(プロかっ!?)」
「(これが飛び入りってウソだろ)」
「(絶対、仕込みじゃん)」
「(まさかのバンブーダンス部入部希望??)」
左右に展開した部員達が、同じステップをだんだん人数を増やしながら繰り返す。最後に全員が揃ってくそ難しいステップを魅せるのは、見応えがあった。
「(っていうか、バンブーダンス、カッコいいーなぁ、おい)」
軽快な音楽に合わせて飛び交う竹竿の間をきれいに走り抜け、群舞をこなし、川畑は圧巻のできでクライマックスを歌って踊りきった。
音楽が終わると同時に、川畑は大喜びのメンバーに揉みくちゃにされた。どさくさ紛れに彼を捕まえようとステージに上がってきたハンターを撃退して、御行に投げ渡すと、川畑は古竹からマイクを受け取った。
「皆様、本日はご来場ありがとうございました。素人の飛び入りを温かく迎えてくださったバンブーダンス部の皆さんに感謝いたします。また、素晴らしい音楽で盛り上げてくださった吹奏楽部の皆さま方、ありがとうございます。そして、これらの最高のメンバーの中に、こんな素人が入っていても、ブーイングも出さずに観てくださった沢山の皆々様に心からの感謝を」
川畑はステージから観客に一礼すると、振りかえって後ろの公演メンバーを紹介するように手を伸ばした。
「バンブーダンス部と吹奏楽部の皆さんに拍手を!」
観客は公演の熱気と勢いそのままに拍手喝采した。
「ありがとうございます。授業カリキュラム以外でのダンスは初めての体験でしたが、なかなか面白かったです。バンブーダンス部は本公演が秋の文化祭であるそうです。ここからまだまだパワーアップしてお届けすると部長さんもおっしゃっていたのでお楽しみに。残念ながら本日はこれでバンブーダンスの公演は終了ですが、この後、運動場で社交ダンス部主催のダンスパーティーがあります。運動場のトラック内全面を一時的に中立地帯にして実施しますので、ハンターもフェアリーも関係なく皆さん一緒に楽しく踊りましょう。参加は自由です」
川畑はカメラマンの木村を発見して、カメラ目線でメッセージを付け加えた。
「寮などでこのイベントをご覧の皆様もダンスパーティーは参加可能とのことですので、お誘いあわせの上、ぜひお越し下さい。ご来場お待ちしています。……さぁ、ではお名残惜しいですがそろそろお時間となって参りました」
流れるようにマイクで喋りながら、川畑はステージ脇からバケツを持ってきた。
ステージの中央奥にバケツを置く。
何事かと見守るバンブーダンス部のメンバーと観客を見渡して、川畑はマイクを隣に渡して、ポケットから小瓶を取り出した。
「それでは、皆さん。またどこかでお会いしましょう!」
川畑は小瓶の中身をバケツの水の中に落とした。
「オー、バンブー!」
掛け声と共に爆発的に白煙が上がった。
煙が晴れたとき、ステージ上に川畑の姿はなく、衣装のベストと帽子がバケツの脇に置いてあるだけだった。
「だぁああっ、逃げられた!」
「探せ!まだ遠くには行ってないぞ」
「何が"またどこかで"だあの野郎」
「運動場だ!"お待ちしています"ってことは運動場に来るぞ」
大騒動のハンター達をよそに吹奏楽部は古竹のリクエストで、バンブーダンスの出典の映画のメインテーマを演奏し始めた。
魔改造されて空を飛ぶ夢のスーパーカーのにぎやかなテーマ曲をエンディングに、ピロティステージの実況は幕を閉じた。




