急いで支度しろ
『のりこ、そっちはどんな調子だ』
体育館を抜け出した川畑は、魔力同期による精霊語の通話でノリコに連絡を取った。
『みんな無事に食堂まで来れたよ。これから家庭科部のテーブルマナー講座でお茶とクッキーいただくところ』
『いいな。クッキー1枚とっといて、俺も食いたい』
『川畑くん用にって、一包み貰ったから』
『やった。気が利くな……おっと、追っ手が』
『大丈夫?』
『ああ、俺一人ならどうとでもなる』
川畑は、ピロティ脇にあった衝立の影に隠れた。どこかの部が出し物の控え室に使っているらしい。衣装らしきベストや帽子がある。
川畑は帽子を1つ被ると、そこにしゃがんで、なぜかたくさん床に置いてある竹竿を片付けているふりをした。追っ手の一人はちらりと衝立のこちらを覗いていったが、フェアリーの花冠が見えないせいか、そのまま別のところを探しに行った。
翻訳さんの印象操作が入っているので、明確にターゲットとして認識されなければ、かなり雑なカモフラージュでも十分身が隠せる。
『そっちは?』
『こっちはこの後が大変だと思う。時間が稼げるチャレンジにはしてくれたけど、それでも食堂を出るところを狙われたら、かなりの人数が捕まる』
『わかった。なにか方法を考える。のりこは講堂に行ってくれ。演劇部さんにまたナレーションを頼みたい』
『わかった。向こうについたら声かけるね。"声"じゃないけど』
精霊語による音のない会話で、ノリコがくすりと笑った気配がした。
『気をつけて行けよ。ピンチになったらすぐに呼べ』
『あ、猟犬部隊のホイッスル?』
『俺を呼べよ』
『はい。了解です、ホワイトナイト様。チェシャキャット、いってきますにゃ』
川畑は余計な内心の叫びが漏れないように、あわててノリコとの魔力同期の通話を終わらせた。
「(危ないところだった)」
川畑は立ち上がって、衝立の向こうを覗いた。
「あれ?君、ひょっとして入部希望?」
「えっ?いや……」
「ああ、焦らなくていいよ。うちは今回ショーの参加だけで、ハンティングには参加してないから」
温和そうな3年生は、ニコニコしながら衝立の内側にやって来た。
「ずっと追いかけ回されて、大変だよね。もう少し隠れてっていいよ。次のショー前に部員が集まったらどさくさに紛れて逃げな」
「ありがとうございます」
「本当はショーを見ていってほしいけど、そうもいかないよね。あ、動画あるけど見る?」
断れる雰囲気でもなく、川畑は差し出されたタブレットを覗き込んだ。
軽快な音楽と共に、結構な人数の部員が楽しいダンスを踊る動画だった。
「ああ、これか!」
「えっ!?知ってる?」
「古い映画で見たことが」
「いいよね、あれ!うちの部はあのダンスを完コピすることを目標に発足したんだ」
それはまた酔狂な……と川畑は思ったが、口には出さなかった。
「もしかして部長さんですか」
「僕は古竹。曲名が自己紹介と一緒なんでこいつにハマったんだ」
「なるほど」
「どう?せっかくだから一緒に踊ってみる?映画見たなら知ってるだろうけど、シチュエーション的には完璧だよね。追っ手から逃げてる最中にダンスに紛れ込んで一緒に踊るってさ」
「たしかにそうだが……ダンス……」
「苦手?」
「経験はない。タイミングを合わせて決められた型で動くだけならやったことはあるけど」
「やってみなよ。間違えても、いい加減でも、みんなでフォローするから。一緒に踊っている間は仲間だから、ハンターには捕まえさせないよ」
「一緒に踊っていれば仲間か……。わかった。やらせてもらいます。その代わりと言ってはなんなんですが、ちょっと協力してもらっていいですか」
「なんだい?」
川畑は思い付いた計画を古竹に説明した。
「いいね、それ。面白い。すぐに社交ダンス部とかに声かけてくるよ」
「お願いします」
「君はその間にできるだけ振り付け覚えておいて。参考動画は原典がコレ。うちの練習用個別振り付け動画がコレ。パートの動きの詳細解説資料がこのフォルダ」
「……フォルダ名が主役の名前なんだけど、ひょっとして俺、センター?」
「追っ手から逃げてきたならその役しかないでしょ。君は身長揃わないし、それが一番動きを揃えなくてよくて簡単だから」
「あ、はい。了解です」
「歌詞と台詞はコレね。基本は原語だけど台詞部分は客受け考えて一部訳してるから。暗記得意かな?多少のアレンジはしていいよ。カンペ用意させようか」
「覚えます」
面倒なたのみ事をした手前、いい加減なことはできないなと思い、川畑は真剣に資料を頭に叩き込んだ。
『川畑くん、講堂に着いたよ』
『1、2、3、4と、5と6と7でヤー!』
『な、何?』
『すまん。ダンスの練習中で』
『ダンス!?』
『飛び入りでショーに出ることになって……』
『何それ。見たい!』
『いや、のりこは今から言う話を演劇部の人とレックスさんに伝えて、取りまとめてほしい』
『うう……わかった。でもショーの場所と時間は教えて。グリフォンさんにカメラ回してもらう』
川畑はあの小型ドローンの解像度ならいいかと思って、ノリコにショーの場所と時間を教え、それから今後の計画と準備する内容を説明した。
「それはまた大人数を巻き込む計画だな。あいつは騒ぎを拡大する天才か」
レックスこと黐木は、植木からの通信で計画を聞いてあきれた。
「それで今、本人は?」
"「この後、ピロティステージのダンスショーに出演するそうです」"
「なにやってんだ」
"「後で見たいので、カメラ向かわせて録画お願いします」"
「何時からだ?」
"「もうすぐです」"
植木が時間を伝えると、黐木はいささか悪い笑顔を浮かべた。
「ちょうどいい。派手に宣伝して中継して、ハンターとSプロの目を惹き付けてもらおう。その間に食堂組の移動をやるとしようか」
"「手配を急がないと。案内役がいります。運動場の使用許可は社交ダンス部さんがとってくださるそうですが」"
「武道場組に動いてもらう。君は演劇部とそっちのプランを進めてくれ」
"「レックスさんはもうシナリオ書かないんですか?」"
「ファンタジーは向いていないことがよくわかった。キラキラ星がコウモリの歌になるくらい詩的な才能がない」
"「それで帽子屋さんなんですね」"
「シナリオの詳細と台詞は演劇部に任せる。それっぽくキラキラに盛り上げてくれ」
"「はい。そう伝えます」"
黐木は通信を切って、隣室に戻った。一人実況で適当なことをしゃべっている報道部の橘にメモを見せる。
OKとハンドサインを返した橘は、自分のタブレットから、カメラマンの木村に指示を出した。
「(そうか。俺もここのパソコンから自分のパソコンにリモートで入れば、普通に知り合いに連絡がとれるな)」
幸い川畑に教えられてこもっているこの潜伏場所には必要な各種機器は揃っている。黐木は司令塔のようにあちこちに指示を出し始めた。
「ああっ、くそっ!なんでこんなに次々、ハンター章の再発行依頼者がくるんだ」
Sプロ本部で茅間ミキは机に拳を叩きつけた。
「とにかくフェアリー同盟の勢いがすごくて。どんどんハンターが狩られているんです」
「どうしますか?猟犬部隊から不正ができないように、腕章の発行方法を見直せって言われてますよ。改善方法ができるまで再発行を止めてハンターを待たせ続けると、運営の不備だっていって、うちに不満が集中します」
「ああ、もう!裏実況の奴らもまだ捕まえられないのに。シュウ先輩!なんかいい知恵ない!?」
冬青シュウは銀縁眼鏡を押し上げながら、クールに答えた。
「それなら猟犬部隊に働いてもらおう。捕まった違反者の釈放条件と同じ条件で、ハンター章の再発行権を設定しろ。オルフェウスでもオリオンでも、条件達成にはそれなりに時間はかかる。それで行列をうちじゃないところに分散させて、時間を稼げ」
「は、はいっ!すぐにそうします」
「腕章の偽造防止方法のあては?」
「今、あっちで受付スタッフが検討中です。巻いたあと継ぎ目にSプロのスタンプ押すか、柄つきのカラーテープ巻こうって言ってました」
「テープの方が目立つが、量が足りるか心配だな……」
冬青シュウが受付スタッフと相談に行くと言って立ち去ったところで、茅間達に声をかけてきた生徒があった。
「あのう……お取り込み中、スミマセン」
「なんだ!」
「この後、出し物を予定していた体育館が使える状態じゃなくて……」
「今、忙しいんだ。後にしてくれ」
「えーっと、それじゃぁ会場を運動場にして演目を事前申告と少し変えてもいいですか」
「いいからその辺はそっちで適当に調整してくれ。あっちのタイムテーブルのあたりに進行係がいるから変更伝えといて」
「はーい。お邪魔しましたー」
一礼して去っていた生徒には目も向けずに、茅間ミキはスタッフを叱り飛ばしながら、イベントの進行を調整しようと奮闘した。
「ヨウ!このままではハンターが減りすぎてゲームが成り立たなくなる。モンスター組を増強してフリーフェアリーの数を減らそう」
「中立地帯から追い出すだけじゃなくて、捕まえるのか?」
「一時捕獲だ。例のオアシス帰還イベントの発生に合わせて、そこのフェアリーをオアシスに逃がすストーリーにしよう」
「そうか!それなら手っ取り早いな。モンスターが捕まえた獲物はどこに集める?」
「第1ステージ前でいいんじゃないか?エンディングまで使わないし。オアシス帰還イベントのとき、スクリーンに映像出たら見やすいだろう」
「よし。それで行こう!ミキ、お前もモンスター役やらないか。一緒にフェアリー狩りしようぜ」
「それはいいな。角と尻尾の予備まだあるか」
双子はワイワイ騒ぎながら、スタッフを集めてモンスター役を大増員し始めた。




