喰らえ
「体育館が落ちた?」
「バカな!あそこはバスケやバレーなど強豪がひしめく激戦区だろう?むざむざフェアリーを逃がすなんてあり得ない」
「それが……」
報告に来たSプロの1年生は、口ごもった。
現場は白煙と閃光の地獄絵図だった。
「襲撃だあ!」
「フェアリーを逃がすな!」
「奴らを捕まえろ」
煙幕をついて現れたのは、奇抜なデザインの全身タイツ姿の男だった。ミラータイプのシューティンググラスで目元は見えないが、口元は三日月のような笑みを浮かべていた。
男は指の間にトランプを1枚挟んで、顔を半分隠すようにしてポーズをとった。
「残念。俺はジョーカーだ」
トランプの表面に魔方陣が浮かび上がる。パチンと指を鳴らすようにして、男はトランプを投げた。
トランプはハンター達の足元で、激しい閃光と爆音を放った。
「うわぁああ!」
思わず飛び退いて、顔を覆ったり背けたりしたハンター達の間を、怪しいタイツ男の仲間のフェアリー達が駆け抜けた。
「なにかあっちで爆発したぞ!?」
「くそっ、煙でなにも見えない」
狼狽するハンターの声が近づいてくる方を見て、ひょろっとしたタイツ男はニヤニヤ笑いながらトランプを扇のように広げた。
「爆発するトランプを投げる全身タイツの怪人……一種のロマンではあるな。あのぐらい本人の個性にマッチしていると」
川畑はどさくさに紛れて体育館の倉庫に入った。
「冷静にいってる場合か。光も音も目眩ましのこけおどしだ。威力がないとばれればすぐに建て直されるぞ」
スーパーサイエンス部の男は、煙幕発生用の仕掛けをもう1つ設置しながら、川畑を急かせた。
「こういう状況では、なかなかすぐには冷静になれるものではないさ」
ボール入れを引き出した川畑は、バレーボールを1つ手に取った。
「見えないところから一方的に狙撃されると、特に」
彼はサーブするようにバレーボールを無造作に打ち込んだ。
「あだっ!」
「なんだ!?」
白煙の向こうで悲鳴が上がる。
「どんどん行こうか」
川畑は次々とバレーボールをアタックした。
「顔面とか、味方に当たると不味くないか」
「ちゃんと狙ってるから」
「見えてないだろ」
「いやまぁ、そこはそれ……」
一撃ごとに悲鳴が上がる。前後の罵声から察すると、確かにハンターを狙い打ちしているようだ。
「竜巻レシーブ!!」
バレー部員の声がして、そちらの方で白煙が渦を巻いた。
「あっちから打ってきているぞ!」
「取り押さえろ」
声と共に数人がこちらに来る足音がした。
「あ、そこのモップ持ってきて」
川畑はスーパーサイエンス部の連れにそう頼むと、バスケットボール入れの籠をひっくり返した。
「卓球部直伝。鮮烈バスケットボールシャワー……からの、バスケダッシュ」
籠から転がり出たボールを、さらにモップでハンター達の方に押し込む。
「どぁああっ!ボールがっ」
「どこがバスケのダッシュだ!?」
「たしかに」
川畑はモップを持ったまま、ハンターに詰め寄ると、モップの柄を相手の胸元に放った。
「はい。パス」
思わず受け取ったハンターの腕章を破ると、ついでにバスケットボールを1つ拾って遠くに投げた。
「シュート」
ボールは向こうの壁側にあるバスケットゴールに入って、ゴールの真下でフェアリーを無理やり取り押さえようとしていたハンターの頭に当たった。
ハンターが呻いて頭を抱えた隙に、フェアリーは助けに来た仲間と手をつないでその場を逃げ出した。
実のところ、視界が制限された状況で、飛び道具持ちの川畑に襲撃されるハンター達は、不幸としか言いようがなかった。足音もなく忍び寄る悪辣な大男という悪夢のような存在相手に、体育館のハンターは一人また一人と無力化されていった。
「みんなー、こっちだよー」
植木は、体育館から出てきたフェアリー達に手を振った。
「ひとまず食堂へ」
目ざとく見つけて寄ってきたり、体育館から追って出てきたハンターを、竹水鉄砲と水風船爆弾でなんとか迎撃して、フェアリー達は中立地帯である食堂へ逃げ込んだ。
「植木さん、大丈夫だった?」
「うん。ありがとう。山桜桃さん」
「家庭科部の部長さんやみんなには話を通してあるから大丈夫。フェアリーの皆さんには、紙ナプキンのおいてある席についてもらって。これから皆さんには、家庭科部のチャレンジを受けてもらうことにしてあるから」
「わかった」
植木は仲間のフェアリー達に着席を呼び掛けた。
「チャレンジって何をするの?」
「皆さん、お疲れでしょ。だから、お茶会のテーブルマナー基礎講座よ。大丈夫。ナプキンのカッコいい折り方が上手にできたら合格だから。どうぞ暖かいお茶を飲んでゆっくりしていってください。甘いクッキーも焼いたの。お楽しみにね」
「ありが…とう……」
かわいいエプロンと三角巾を着けて、笑顔で歓迎してくれる山桜桃を見て、ノリコは動揺した。
「(この世界の川畑くんが偽物だと思ってたから応援するって言っちゃったけど……山桜桃さん、可愛すぎる。どうしよう彼女が恋敵って、私に勝ち目がない」
「あの……川畑さんは?」
もじもじとあたりを見回していた山桜桃は、小さな声で植木に尋ねた。
「まだ体育館だと思うよ。牽制と誘導係だからここには来ないはず」
「……そうなんだ」
山桜桃はちょっと落胆したようにうつむいたが、気を取り直したらしく、小さな包みをエプロンのポケットから取り出した。
「なら、これをあの人に渡してもらいたいの。お願いしてもいいですか」
セロファンの包みの中身はクッキーだった。アルファベットのAやEの形の小さなクッキーが5枚ほど入っている。
「美味しそうだね。きっと喜ぶよ」
「植木さんは、ここで食べていって。今、お茶を用意するわ」
包みを大事そうに両手で渡すと、山桜桃は、家庭科部の友人達とお茶の用意をしに行った。
「裏実況があれだからか」
5枚ということはクッキーの文字はおそらく原作準拠なのだろう。
"EAT ME"(私を食べて)
手の中の小さなクッキーの包みは、植木にはいささか重かった。




