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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第8章 学校だけが世界のすべてだった日々

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HAND TO HAND

(水滴の落ちる澄んだ音が響き、真っ黒な画面に光の波紋が広がった。

思わず意識を向けてしまう一呼吸の後で、良く通る舞台演劇風の朗々とした声が響いた……。)


天と地の狭間に隠れし妖精達よ。

孤独に震える魂よ。

闇に怯える時は終わった。

今!我ら力合わせ、共に自由のために戦おう。

真夜中の太陽が輝き、反撃の刻は来た。


(……暗い画面の中央にポツンと1つ光が灯った。)


死せども満たせぬ欲のために、暗い死の淵から蘇ってくるアンデットどもよ。

我らを汝らの欲望で汚すなかれ。我らを汝らの律で縛るなかれ。

我らは自由を愛し、自らの内に楽園を見いだすものなり。


黄金の楽土の光が落とす陰よりいでし怪物どもよ。地上をさ迷い、平安の地を乱すおぞましき化け物よ。

疾く深淵に還れ。

真夜中の太陽は、汝の呪われた異形を焼き滅ぼすであろう。


(画面中央の白い光が急速に広がって、周囲の闇に蠢く異形の影を消し去った。)


さぁ、妖精よ。声をあげよ。

手を差し出し、互いにその手を取ろう。

檻から出て、地上の善き人々と一緒に翔けよう。

白く輝く真夏の夜(ミッドサマーナイト)の主人公は我々だ!


(真っ白になった画面に、透明感のある水色の線で描かれた白い薔薇が次々と花開いた。画面が花びらで埋め尽くされたとき、下からピョコンとかわいらしい女の子のアバターが飛び出した。白いエプロンドレス付きの水色のワンピースに、足元は白タイツに黒いリボンの靴。金髪にはカチューシャ。いかにもな造形の萌えキャラだ。ややデフォルメされた低い等身のその女の子アバターは、きゅっと拳を握って、画面のこちら側に向かって呼び掛けた。)


"「みんなー、迎えに行くよ!手を伸ばしてね。この手で自由を!」"


美少女アバターが、大きく開いた手を高く挙げたところで、茅間ミキは机を叩いた。

「なんなんだコレは!」

Sプロの本部にいたミキは、双子の兄弟のヨウに教えられて裏実況を確認しようと教室に来ていた。

そのタイミングでちょうど速報として流されたのが、自由妖精同盟とやらの"解放宣言"だった。

「誰だこんなものを流している奴は!」

「こんなの僕らのプロジェクトのシナリオにはないぞ」

完全に悪役扱いされて双子はキレた。

「でも、良くできてるよね」

「あのアリスかわいい」

「コレ、自分がフェアリーだったらテンション上がるかも……」

ひそひそ話すSプロの新米スタッフを怒鳴り付けて、双子は急いで放送室に向かった。


「おいおい、すごい格好だな、Sプロ。イベントご苦労さん。職員室は立ち入り禁止だぞ。週明けからテスト週間で問題作成始まっているからな」

「すいません。放送室に用が……」

「音響機材は一式貸し出しているだろう?なにか忘れ物ならとってきてやるが、入室は禁止だ」

「僕ら以外も誰も入っていないんですか?」

「もちろん生徒は例外なく立ち入り禁止だ」

「……ありがとうございました」

職員室で門前払いをくらった双子がSプロ本部に戻ると、状況は大変なことになっていた。




「来たぞ!転校生だ」

「囲めーっ」

校舎北側のハンドボールコートを駆けながら、植木はゴール内にいるフェアリーに向かって叫んだ。

「逃げたいなら手を伸ばして!」

つまらなさそうな顔でぐったり座り込んでいた男子生徒は、面食らった様子だったが、あわてて起き上がって手を伸ばした。

「させるか」

ハンドボール部員達は、ゴール前に立ちふさがり、あるいは捕まえようと植木の方に走って来た。

しかし、植木の行く手を阻もうとした者は、ことごとくその護衛役に凪ぎ払われた。

「だああああぁっ!?」

「今、何をやったぁっ???」

いなされたり、転がされたり、単純に体当たりされたりして、気がつけば前に出た者は全員、腕章を破られていた。

「止めろ、止めろ、止めろ」

守りを固めたところに、低い前傾姿勢で川畑が突っ込んだ。

身の危険を感じて、真ん中の二人は思わず左右に避けた。

踏み込んだ足で突進の勢いを全部横方向に変換して、川畑は向かって左の男達をなぎ倒した。本人はくるりと回転しながらすぐに立ち上がる。驚いて咄嗟に動きが止まっていた残りの男達はガードしようと思ったときには、飛び込んできた川畑に腕章を破られていた。

混乱の隙をついて、植木はゴールのフェアリーが差し出した手にタッチした。

「さぁ、行こう!」

輝くような笑顔でそう言った植木につられるように、捕らわれていたフェアリーも笑顔になった。

彼らは一緒にハンドボールコートを脱出した。




「なんだあれ。瞬間90度旋回する暴走ダンプカーって、冗談だろ。あんなの受けられるわけねーわ」

教室のモニターで、解像度が今一つな空撮映像を見ながらジャグリング部の男は、スーパーサイエンス部の友人とラムネを食べた。

「良かったな。うちはフェアリー1人も捕まえられていないから、平気だぞ」

「ちがいない」

あっはっは、と仲良く笑った2人は、隣にいつの間にか3人めがいるのに気づいてぎょっとした。

「よう」

廊下側の窓から身を乗り出していた川畑は、軽く手を挙げて挨拶した。

「出た~!」

「人を幽霊みたいに言うなよ」

「何のご用でしょう?」

腕章を抑えて2人は身を引いた。川畑は窓枠を乗り越えて教室内に入ると、2人に手を差し出した。

「一時休戦というか、共闘しないか?報酬の欲目抜きでフェアリーと組んでゲームを楽しんでくれる相手を募集中なんだ」

2人は差し出された手と、川畑の顔を数回見直した。

「どうせなら、アリスたんに来てもらいたかった」

「アリス……たん?」

教室のモニターに、"しばらくお待ち下さい"の文字と、水色のエプロンドレスを着たちっちゃな女の子のキャラクターが映った。

「あれ、中の人やってるの転校生だろ?」

「実は男ですなんて、夢を壊すような発言はできない。中身はちゃんと女の子だと思ってくれ」

「君は夢というものをわかっていない。それはそれで非実在としてはいいんだよ」

スーパーサイエンス部の男は立てた人差し指をワイパーのように左右に振った。

「うーん。よくわからんな。俺はどちらかというとスーパーサイエンス部特性煙幕とかの方に夢を感じる。あれの在庫ってもっとあるか?」

「あるとも」

スーパーサイエンス部の男は、川畑の手をとってしっかり握手した。

「ナトリウム片と粉末アルミニウムの用意もあるんだが、使いどころはあるかな?」

「わからんがこの後、体育館にいるフェアリーを救出しに行く。使えそうなものがあれば用意を頼む。備えあれば憂いなしというから」

「希カプサイシン水風船とか?」

友人のいつもの悪い癖のスイッチが入ったのを感じて、ジャグリング部の男は肩を落とした。

「お前の備えのラインナップには憂いしか感じないが……危険物の取り回しは慣れてる。俺も手を貸すよ」

それでも彼は、川畑と握手している友人の手の上に、自分の手を重ねた。

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