赤の女王
川畑は両側から腕を捕まれて校舎1階の教室につれてこられた。
両手はハンターの1人が脱いだTシャツでぐるぐる巻かれている。どれくらいオカワリが出てくるか知りたくて、試しに腕章を剥ぎまくったので拘束されたのだ。
「何よ。こんなの連れてこいっていってないでしょ!」
カレンはツインテールにしたピンク色の髪を揺らして、足をトントンと踏み鳴らした。
「なんだ。誰の差し金かと思ったらあんたか」
「ちょっと、誰が口を利いていいって言ったかしら。お黙りなさい。この野蛮人」
「凄いな。まるっきりフィクションの女王様だ。根拠のない差別意識と裏付けのない選民思想で、よくそれだけ喋れるもんだな」
「みんな!この無礼者をぎったんぎったんにしちゃってちょうだい!」
カレンは金切り声をあげた。
「……ぎったんぎったん。女子高校生の語彙じゃないぞ。お前、何歳だ」
川畑は「きいいぃっ」と言ってヒステリーを起こす女を初めて見た。
「君ら、これのどこがいいの?」
真顔で尋ねた川畑に、煽る意図はなかったが、周囲はそう考えなかった。
「黙れ!」
殴りかかってきたので、Tシャツでくるまれた手で受け流す。
「動くなっ」
「捕まった相手ベース内にいる分には、行動に制限は課せられてない」
川畑は体をひねって、両側から腕を捕んでいた男二人の手を振り払った。ついでにバランスを崩した相手の足を軽く払って転がしておく。
ゲームに参加中の学生として、ルールの範囲で、できるだけ非暴力で動いている川畑だが、こいつらが植木に乱暴を働いたのを忘れたわけではなかった。
「こいつ」
「暴力沙汰は止めよう。ゲームの不正だけならまだしも、暴行や傷害は犯罪だから」
「どの口で抜かしやがる」
「俺はまだ手を出していないじゃないか」
川畑はぐるぐる巻きにされた両手を持ち上げて軽く振った。
「いいのか?この程度の女が原因の揉め事で、死んだり後遺症が残ったりするのは割りに合わないだろう」
「お前っ……挑発か牽制かわっかんねぇ煽りかたするんじゃねぇ」
「よくもカレンちゃんを"この程度の女"呼ばわりしやがったな」
「いや、そこは身内としては"この程度"は"揉め事"にかけてやるべきじゃないのか」
「てめぇ!」
「早くそいつがこれ以上無駄口きけないように叩きのめしちゃって!」
カレンが金切り声を上げて、取り巻きが川畑の胸ぐらをつかんで殴りかかろうとしたところで、教室の窓が派手な音を立てて開いた。
「そこまでだ!」
教室に飛び込んできたのは鬼の風紀委員長、御形伊吹だった。
全力疾走してきたのか、灰色の髪が乱れている。
「猟犬部隊遊撃隊長兼風紀委員長として、ゲームにおける不正容疑、及び暴行教唆の現行犯で事情聴取する。全員、そこ動くな!」
「伊吹先輩」
川畑は多少嬉しそうに見えなくもない顔で、御形の名を呼んだ。
「お忙しいところ、ご足労ありがとうございます」
「何をやってるんだ貴様は!」
「はぁ、ハンターに捕まったので相手ベースまで来たんです」
川畑は白々しくてむしろ呑気に聞こえる口調で事情を説明した。
「どうも様子がおかしいので捜査お願いします。ここはゲームの参加チームのベースとしては登録されていない空き教室ですし、ハンターは腕章を複数所持していて、剥いでも下がらずにその場で腕章をつけ直して襲ってきました。そこの机の上にコピーしたと思われる未裁断の用紙があります」
川畑に指摘されて、咄嗟に用紙を持って逃げようとした男子生徒は、御形に取り押さえられた。
「動くなといっただろう。その紙は証拠品として預からせてもらうぞ」
御形が紙の束を取り上げたところで、パニックを起こしたカレンが叫んだ。
「あれを渡しちゃダメ!取り上げて!!」
男達は御形に逆らうことを躊躇した。
「んもう!結局相手は1人でしょう!みんなで何とかして。そうだ!あなた、風紀だかなんだか知らないけどおとなしく下がりなさい。そうしないと私に暴行しようとしたって言って訴えるわよ」
カレンは優位に立ったと確信した顔で言った。
「ここには私に有利な証言をしてくれる証人がたくさんいるわ。婦女暴行で人生おしまいになりたくなかったら言うことをききなさい!」
鼻息荒く胸を張ったカレンを、御形は心底疎ましそうに見下げた。
「馬鹿げたことを言うな。俺が女に興味がないことは、俺の友人達は知ってる。そんな嘘を誰も信じるもんか」
「あら、痴漢や婦女暴行の容疑に、犯人の近い友人の証言なんて何の意味もないのよ。被害者の女性とその場の証人の証言が揃ってれば、大人はどっちの言うことを信じると思う?」
カレンは明らかに実例を知っている顔で、ツンと顎をそらした。背後の取り巻きのうちの何人かは顔色が悪い。この手ではめられて弱味を握られた奴がいるのかもしれなかった。
「お前……」
御形は険しい顔をした。
「思うに……」
川畑は、緊迫したその場に似つかわしくない落ち着いた声で言った。
「大人は現在録画中の現場映像を信じるんじゃないのかな?」
「録画!?」
川畑は振り返って、窓の外に視線を送った。そこには、小さなドローンがホバリングしていた。
「はあっ!?ナニあれ!」
その時、どやどやと黒いTシャツの猟犬軍団が息を切らせて教室にやって来た。ちゃんと廊下側の戸から入ってきたところを見ると、どうやらぐるりと昇降口から回ってきたらしい。
「隊長、俺達をおいて行かないでください」
「ああ、すまん。すまん。ちょうどいいところに来た。お前ら、ここにいる奴、全員、確保しろ」
「はっ」
「んじゃぁ、これはもう外していいか」
川畑は右手をスポンとTシャツの球から抜いた。
「あっ、お前」
「そんな、縛ってたのにって顔は、もうちょっとちゃんと縛っといてからしろよ」
川畑は隣にいたカレンの取り巻きの男にあきれたような声で言った。
「そうだよな……」
「伊吹先輩はコメントしないでください」
川畑は堅い声で、ろくでもないことを言いかけた御形の言葉を制した。
「それで先輩、全員確保ということは、俺もですか?」
「いや。お前の証言はさっき聞いたからもういい。詳しい話は後でじっくり聞かせてもらうが、今のところはゲームに戻ってかまわない」
「ありがとうございます。助かります。ドローンの画像が必要になったら言ってください。お渡しします」
川畑の合図で飛び去っていくドローンを見ながら、御形はため息をついた。
「お前さ、あれはちゃんと許可済みな奴なんだろうな」
「部活のデモンストレーションの名目で、学校には飛行申請が出てるって話ですよ。せっかく免許取ったから機会があれば飛ばしたくて仕方がないパイロットがそう言ってたらしいです」
「誰だ」
「それは本件終了後に、本人確認でき次第ご報告します」
御形は川畑をじろりと睨んだ。
「わかった。行け」
「あざっす」
1つ敬礼をして教室を出ていった川畑を、御形は複雑な顔で見送った。
「隊長。全員のクラスと氏名聞き取りました」
「俺はこれからSプロ本部に行く。誰か数人、あの嬢ちゃんとあと2人ほど連れてついてこい。残りは武道場に連れていけ。戻った奴はあちらの指示に従うように」
「はい」
いくつか指示を追加で出した御形は、腕章のコピーを持ってSプロの本部に向かった。




