助けに来たよ
武道場に行こうとした赤松ランは、横合いから急に腕を引かれて進路相談室に引っ張り込まれた。
「ランちゃん、みーつけた」
「植木!?」
「しー、静かに」
植木は唇に人差し指をあてて、ちょっといたずらっぽく笑った。
「お願いがあるんだけどいいかな?」
ランは圧倒的美少年と小部屋に二人きりという現状にドキドキした。
「だ、ダメだ。私はユリのところに行かないと……」
「ユリちゃんなら、大丈夫。悪い奴等はもう猟犬部隊に引き渡したし、今は僕に協力して動いてもらってて、この後合流予定」
「ええっ?」
「だから、ランちゃんも協力して。ね、お願い」
植木は、両手をあわせて、可愛く上目遣いで頼んできた。
「(これは反則)」
ランはしかたがないので、クラスメイトの頼みを聞いてあげることにした。
「うーんもぉ!まだ捕まえられないの?」
カレンは頬を膨らませた。
「植木、発見!運動場です」
「えー、どこどこ?」
見ると、カレンが下僕にしたい王子様は、陸上部の女子と仲良く手を繋いで運動場を歩いていた。
「やった。アレ捕まえてきてよ」
「だめです。すでに他の部に捕まっています」
「えー、だって奪い合いOKなんでしょ。相手は女子1人じゃん。みんなで囲んでぶんどっちゃって」
カレンの取り巻きの面々は顔を見合わせた。
「それありだっけ?」
「どうだろう……」
「いまは邪魔な犬も見当たらないしやっちゃって。別に違反でも本部からチケットかお休み券の予備もらってコピーしてこればいいんだから」
「えええ」
「大丈夫よ。だって私はお兄ちゃん達のお気に入りでSプロのメンバーみたいなものだもん。あんた達の腕章だって都合してあげたでしょ。それとも何か文句あるの」
「いえ、行ってまいります!」
カレンの取り巻き達は、植木を捕らえに向かった。
ランと運動場を歩きながら、植木は繋いだ手をきゅっと握りしめた。ランは緊張でわずかに体をこわばらせた。
「手を繋いでいると走りにくい?」
「う…うん。ちょっとね」
「じゃぁ、時々離すのはありっていうことで。行くよ、ランちゃん」
「わかった」
植木はきれいな笑顔をランに向けると、走り出した。
「フェアリーのみんな!助けに来たよ」
「あっ、植木」
「きゃぁ!王子様」
「助けるってお前も捕まってるじゃないか。フリーじゃないフェアリーに救助権はないぞ」
一度痛い目にあってルールを再確認していたサッカー部員は、陸上部の女子と手を繋いでいる植木に叫んだ。屋上でドジったせいで、彼は暇な留守番をやらされていたのだ。
「だから、はい"銀の鍵"。君、封筒の封が開いたらすぐにベースラインから出て。他の子はベースラインギリギリで手を出してて」
「何!?鍵で出せるのは1人だぞ」
サッカー部員はあわてて封を開けながら叫んだ。
「解放されたフリーフェアリーが他の子を救うのはありだろ。はい、全員タッチして」
「はぁっ!?」
封筒を開けたサッカー部員はあっけにとられた。
「みんな、彼の腕章剥いで!」
自由になったフェアリーは、一斉に可哀想なサッカー部員に襲いかかって、その腕章を剥いだ。
「よし!次は野球部行くよ。みんなでフェアリーを解放しよう」
「おー!」
野球部の留守番は、走ってくる植木に気をとられたところでベースの反対側から他のフリーフェアリーにタッチされて鍵なしでフェアリーを逃がしてしまった。
多対一が逆転すると、体育会系相手でもなんとか腕章を剥ぐぐらいはできることに気を良くしたフリーフェアリー達は徒党を組んで留守番の少ない体育会系のベースを急襲し、仲間を助けた。
テニス部を襲撃し終わったところで植木は助けたフェアリー達に言った。
「みんな、テニスコートのあっちの出口から駐車場に出て、武道場に向かって、あそこの2階を占拠する」
「お前は?」
「僕はここで追っ手を牽制する」
「そんな!」
「大丈夫。僕は捕まらないから。さぁ、早く行って」
「王子、ご無事で」
何かロールのスイッチが入っちゃったテンションのフリーフェアリー達を逃がすと、植木はランと一緒にテニスコートの運動場側の入り口に立った。
「植木!もう逃げられんぞ!」
運動場の逆サイドから走ってきたラグビー部が大声で叫んだ。
「残念。僕もう捕まっているんだ」
「ならば、そこをどけぃ!」
「お断りします。お帰りください」
植木はニコニコしながらテニスコートの入り口のフェンスの扉を閉めた。
「そんなもの!」
「ああっ、ラグビー部って屋上で器物破損やってるでしょ。再犯は不味くない?」
「ぐっ」
「乱暴はなしでいこうよ」
「くそう、覚えてろ!皆、あちらから回るぞ!逃げた奴らを追え」
運動場側の追っ手が減ったところを見計らって、植木とランはテニスコートを出た。
「次はどうするの?」
「部室棟か校舎のベースを回ってみようか。留守番が少なそうなところがあればいいけど」
テニスコートのフェンス沿いに歩きながらランと相談していると、フェンスが終わった先で、不意に卒業記念品の石碑の裏から複数人のハンターが現れた。
「ちょっと!僕はもう捕まっているから狩りの対象外だよ!」
「うるさい。知ったことか」
ランと繋いだ手を見せても、そのハンター達は気にせずに襲いかかってきた。
「きゃぁっ」
襲撃者達はランにも抱きつき、ランは日頃の男勝りな感じからは考えられない悲鳴をあげた。
「こら!止めろ!」
植木は繋いだ手を離すまいと必死に伸ばしたが、自身も複数の襲撃者に捕らわれて、無理やり引き離されてしまった。
「いいぞ。このままそっちの木の影を通って連れていこう」
「ランちゃんは関係ないだろ。乱暴するな!」
「どうする?」
「手を離して反撃されても面倒だ。お前ら二人でその辺の物陰でしばらく取り押さえておけよ」
「へーい」
「やだ、嘘でしょ。ちょっと」
「陸上部の女子って鍛えてるって脚してるね」
部活用のノースリーブのレーシングシャツとレーシングパンツ姿だったランは、背後から素足を撫でられてぞっとした。
「止めろ!彼女を離せ」
襲撃者達に腕を後ろ手にひねりあげられた植木は、クラスメイトのピンチにパニックになった。頭に血が上って、習ったはずの拘束の抜け方が咄嗟に思い出せない。
己の不甲斐なさに涙が出そうになったとき、唐突に背後からの拘束が緩んだ。
「貴様ら、どこのもんだ」
ひんやりした殺気をまとって現れた川畑は、植木を拘束していた男二人をまとめて地面に転がした。
「川畑くん!」
川畑は植木を背後に庇うように一歩前に出ると、ランを捕まえている二人に、うっそりと「そっちの子も離せ」と不機嫌そうに声をかけた。
「うちのに手ぇ出して、ただですむと思うなよ」
「(うわあ、ヤクザだ)」
助けてもらう身ながら、ランはドン引きした。




