お茶会にようこそ
"ピューゥン"
間の抜けた効果音にあわせて、その画面は唐突にワイプした。
ファンシーでキュートなカラーリングの画面には、ビクトリア朝風のアンティーク柄素材のテクスチャが貼られている。基本は女の子好みっぽいパーツの組み合わせなのに、なぜか所々に歯車や蒸気機関モチーフの図柄が入っていて、全体としてはちょっとばかりシュールなスチームパンクの雰囲気になっていた。
「とっつぜん、お邪魔しまー。三月ウサギでーす」
劇場風の赤いカーテンが左右に開いて現れたのは、安い3DCGモデルのアバターだった。
長い耳が生えた頭は、真ん丸なオレンジで、所々皮がスケルトンになって機械式の時計のような中身が露出していた。
「望むと望まざるとに関わらず、お茶会にようこそ。帽子屋のバベッジです」
大きなシルクハットを被ったアバターは、ガラス玉のような丸い目をしたモコモコの羊で、こちらもなぜか古いマンガのロボットみたいな顔筋がついていた。
「なんか私らごっつう変なキャラクターですけど、コレなんですのん?」
「外観は協力してくれたドードードジソンくんの趣味なので突っ込まないように」
「お茶会といいつつティーセットがないとか、テーブルがなんかただの黒い四角い箱で"でぃふぁれんすえんじん"って書いてあるとか、こんなんも全部?」
「ティーポットはモデリングが面倒って言ってた。階差機構はおれの趣味」
「あそ。どちらさんも、ほどよくイカれてるなぁ」
ウサギのキャラクターが笑うと、そのオレンジ色の頭の天辺から藁の束が生えた。ドジソン某はシュールなセンスの持ち主らしい。
「ほな始めていこかいなー、ということで。はい。テロップお願いします」
"ワイルドハント裏実況"
"真夏の夜のお茶会"
「なんで夜やねん。真っ昼間やん」
「白夜なんだろう」
「さっぶ。ムチャいうな」
ウサギは目の前に出たテロップをぽいっと画面外に投げ捨てた。
「ではでは早速、現在の状況を解説の帽子屋さんに伺ってみまひょ」
「はい。それではこちらをご覧ください」
帽子屋は値札のついた大きなシルクハットを持ち上げた。電気羊の額にはTVモニターっぽいものがついていた。帽子屋が額のモニターをタップすると、中継映像とグラフが映ったウィンドウが背景に表示された。帽子屋は三月ウサギを相手に解説を始めた。
「なんだコレ」
赤松ランは教室のモニターを見て首をかしげた。
蜜柑ウサギと羊紳士のロボットがおかしな実況放送をしている。
エフェクトのかかった小動物風の声を良く聞いてみると、内容は意外にしっかりしている。
「まだ知らないフェアリーさんもいるかもしれないので改めてハンター対策をおさらいするとですね」
シルクハットを被った羊は、背景に並んだ箇条書きを指しながら、解説した。
「まず、腕章を剥ぐ。これで相手は狩りの資格を失います」
「紙やから引っ張れば破れるって言うてたけど、そんでも多勢に無勢だとむつかしないか?」
「そういうときは中立地帯に逃げ込む。校内のここに中立地帯があります」
あちこちが緑に塗られた校内の見取り図が表示される。
「この校内図のプリントアウトは講堂のステージ脇にあります。講堂は中立地帯です。時間帯で主宰部が変わるエリアもあるので注意してください」
「でも、確か中立地帯は滞在時間の制限があるんとちゃうかったか?」
「その通り。だが、各エリアの主宰部が用意したチャレンジに参加すれば滞在時間は稼げます。さらに。チャレンジに成功すれば捕まった時に釈放されるキーアイテムを貰えます」
「金の鍵と銀の鍵やな」
「特に金の鍵は重要。渡してから一定時間、相手の行動を止められます」
「そら、便利やな」
「一度、中立地帯に入ったらまず金と銀の両方の入手を目指しましょう」
「チャレンジは面白いらしいし、そらやらんと損やねぇ」
ここで羊はちょっと口調を内緒の打ち明け話をするような感じに改めた。
「ところで、この金と銀の鍵。実はハンターにも美味しいアイテムなんだな」
「え、そうなん?なんに使うの」
「さっきのルール追加で、各部のベースからの確保者強奪が認められた訳だが、体力的に劣る場合、奪われても奪い返すのは難しい。まぁ、はっきり言って弱肉強食のクソルールで、事実先ほど実況したように被害者も出ている。ところが、鍵があるとこれをひっくり返すチャンスが生まれるんだ」
「どないするん?」
「運用は簡単。金の鍵を持って他所のベースに行って、開封する。一定時間相手の行動を止められるので、その間に捕まっているフェアリーを連れ出す。ただし、鍵1つにつき1人だからそこは守るように」
「銀の鍵はいまいちなんか?」
「いや、鍵1つに1人だから、金1枚と銀複数枚あわせて持っていけば、一度の足止めで複数人を安全に連れ出せる」
羊はかわいいイラストの模式図を指しながら、ひどいプランを提唱した。
「うわー。ずっる」
「中立地帯は中立って言うぐらいだから、別にハンターがチャレンジに参加して鍵の入手しに行くのはありだと思うよ」
「帽子屋はん、ルールの隙間好っきゃなぁ」
ウサギの頭頂部から藁が生えた。
「さらに。捕獲したフェアリーの護送ルールで、"ハンターと手を繋いでいるフェアリーを狩ってはいけない"というのがある。強奪の追加ルールは他所のベースから連れ出すケースしか定義していないので、実はこの護送ルールはとても重要になっている訳だ」
「というと?」
「実は他所のベースから連れ出したフェアリーと手を繋いで自ベース外にいる間は安全」
「はぁっ!?なんやて?」
「ではここで、事例を紹介。先ほど取材したこの子だが……映像出るかな」
羊は帽子を脱いで額のモニターをタップした。
画面には、部活ジャージ姿のショートカットの美人系女生徒が、フェアリーの子と手を繋いで映っていた。
"「はい。部室にいたら急に男子がたくさん襲ってきて、怖かったです。今から二人で猟犬部隊に通報しに行くところなんです」"
「ユリ!?」
赤松ランは親友の姿を見て飛び上がった。
「大変!すぐに戻らなきゃ」
ランはあわてて教室を飛び出した。




