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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第8章 学校だけが世界のすべてだった日々

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できるようになったことは良いこととは限らない

「("のりこ"って呼びたい、だって)」

植木はニマニマしながら上機嫌で廊下を駆け抜けた。もともと運動は得意だが、この男の子の偽体は実際の体よりも動きやすい。

「いたぞ」

「追え!」

「一人だ。チャンスだぞ」

「はーい。こっちですよー」

植木は階段の手摺を滑って一気に階下に降りた。本体のノリコが、通っているお嬢様学校でこんなことをやったら大目玉だ。

「どこ行った!?」

「くっそ、身軽だな」

「おーい、お前ら。事務局前で騒ぐなよー」

「すんませーん」

追っ手が事務員さんに注意されている声を聞きながら、植木はそっとトイレの窓を開けた。

「(事務局脇の来客用()()トイレって、学校行事でお母様方が来ていないときは利用者いないんだよね)」

窓から脱出という、コレまた本体なら絶対やれない手段にワクワクしながら、高めの位置の窓枠を乗り越えて、きれいに着地する。

校舎の裏手に脱出した植木は、中立地帯(セーフティエリア)である食堂裏を抜けてその場を立ち去った。




黒木ユリは部室で見張り役をしていた。仲間が捕まえてきた女子生徒と適当に雑談していればいい楽な役だ。ユリは興味のないこのゲームで走り回る気はさらさらなかった。

机の上のタブレットでは、Sプロの実況放送が、猟犬部隊(ハウンドドッグ)に捕まったルール違反者を保釈する追加ルールを説明している。

「違反者ってゾンビアタックしたハンターでしょ。そんなの復活させなくてもいいのに」

他の部の男子ゾンビアタッカーに逃げ道を防がれて捕まったフェアリーの子は憎々しげに文句を言った。

「救済方法なしで午後中暇ってのも嫌だって文句が出たんじゃないの?」

「こっちも暇なのは同じなんだけど」

「フェアリーは一応、救済方法とか脱出方法のルールはあるっぽいから」

「あるだけじゃん。わざわざ危険をおかして知らない相手を助けに来ないよ」

「そりゃまぁ、そうだよね」

特に見晴らしのいい運動場の脇にある運動系部室棟にわざわざ救出にやってくるフェアリーはいない。逃がしたところで、すぐに脚の速い運動部員に捕まって共倒れだ。


「ていうか、私スッゴク運動苦手なんだけど、ここにいて意味あるのかなぁ」

「全然興味も適正もないなら、解放してあげてもいいんだけどね。何のアイテムも助けもなしに解放できるルールがないんだよ」

「クソゲーだな。誰だ企画者は。……シオン様じゃないな」

「シオン様って、さっきまで実況してたユルい解説者?」

「そう。麗しいでしょ。スオウ様とシオン様の2ショットとかそれだけで目の保養よ。ああ、あの世代が引退しちゃったら淋しくなるわ」

「今、しゃべってるこいつらは?2年でしょ」

「あー、派手だけどいまいち?それに"ゲス小物"ってあだ名があるって言う噂だし」

「そうなんだ。それはやだね」

ユリは、口が悪い自分でも付けないような酷いあだ名だと思った。画面に映る双子の兄弟をみているとなんとなくその呼び名がしっくりくるのが、なおのこと酷い。

「(誰だか知らないけど、このあだ名考えた奴とは気が合いそう)」

ユリはぼんやりそんな事を考えた。




「隊長、お戻りください。追加ルールの適用希望者が来ています」

「追加ルール?」

風紀委員長の御形伊吹は、部下に呼ばれて武道場に設けられた猟犬部隊のベースに戻った。

捕まったルール違反者を保釈するための追加ルールは、以下のような内容だった。


[手順A]オルフェウス

1. Sプロ本部でチケットを購入する。

2. チケットを音楽/ダンス系部に渡し、1曲分披露してもらう。

3. "猟犬お休み券"を受けとる。

4. 猟犬部隊でお休み券を渡して、猟犬が寝ているうちに仲間1人を連れ出す。


[手順B]オリオン

1. Sプロ本部でチップを購入する。

2. 猟犬部隊でチップを渡す。

3. ダイスを振って出た目に応じて猟犬部隊長と勝負する。

4. 勝ったら、仲間1人を連れ出す。


御形は「勝負しろ!」と叫んでいるハンター達を見て首をひねった。

「何でこのルールで、俺に勝負しに来るんだ?オルフェウスの方が楽で確実だろう」

「どうもオルフェウス用のチケット代より、オリオンのチップ代のが安いらしいですよ」

「え?金取ってるのか」

「現金じゃなくて"部費譲渡券"らしいです。参加費とあわせて賞金に充てるそうです」

「ほぼほぼ黒なグレーだなぁ。そりゃ奴等も目の色が変わるわけだ」

御形は一抱えもある発泡スチロール製のダイスを受け取った。

ダイスの各面には"腕相撲"や"あっち向いてホイ"などの勝負方法が書いてある。

「最初は誰だ?」

「俺だぁ!」

御形よりも体の大きな柔道部の男が叫んだ。

「よし。ダイスを振れ」

ダイスはコロコロ転がって、"おまかせ"で止まった。

「柔道で勝負だ!」

「俺、コレ全部相手するのか?」

御形は順番待ちの列を見て顔をしかめた。




「うまく風紀委員長を封じ込めたね。さすがシュウ。悪巧みが上手だ」

竜胆シオンに声をかけられて、冬青(とよご)シュウは、嫌な顔をした。

「シオン、人聞きが悪い言い様は止めてくれ。ちょっとしたバランス調整だよ」

「ハンターを圧倒的に有利にして、ここから何をするつもりなの」

Sプロのブレインは銀縁眼鏡を中指で押し上げる仕草をした。

「なあに、資源(リソース)が隠れていたままだと盛り上がらないからね。全部、場に出させたうえで、ハンター同士で奪い合いをさせる」

「荒れるよ」

「そのために犬をつないだんじゃないか」

シオンはあまり良い顔はしなかったが、特にコメントせず、続きを促した。"陰険眼鏡"の異名を持つ男は少し楽しそうにプランを披露した。

「Sプロからも介入を始める。楽園の外は危険がいっぱいって設定だからな。中立地帯に立て込もって隠れているフェアリー達は"モンスター"に襲われて、場に出てもらう」

「Sプロにフェアリー組のヘイトが集中するぞ」

「大丈夫さ。ちゃんとアメも用意する。十分にハンター達が対立して、フェアリーが疲弊したところで、オアシスを設定する。楽園への帰還ゲートだ。自発的に戻ってくるならば、もう争いには巻き込まれない」

「……おい、その場合のフェアリー確保の報酬は?」

「フェアリーが勝手に帰ってきたなら、払う必要はないだろう?」

何を当たり前のことを、といわんばかりの顔で、陰険眼鏡はしゃあしゃあと答えた。




「ええっ!?捕まっているフェアリーを別のハンターが横取り可能?」

「なにそれ。そんなのアリなの?」

実況放送で発表された追加ルールを聞いて、ユリとフェアリーの女生徒は顔を見合わせた。

"もし捕まった先で可哀想な目にあわされているフェアリーがいたら助けてあげてね!"なんて聞こえ良く説明されているが、要するに奪い合いにGoサインが出たということである。


「まずい。すぐにみんなに戻ってきてもらわないと」

ユリが立ち上がったとき、部室の入り口から数人の男子生徒が入ってきた。

「おー、いたいた。可哀想なフェアリーちゃん」

「今、助けてあげるからねー」

揃いのTシャツを着た男達は、評判の悪い男子運動部の部員だった。

「い、イヤ。……助けて」

「はいはい。助けてあげるから大人しくしようね」

怯えて逃げようとするフェアリーの子を男達は乱暴に捕まえた。

「ちょっと!やめなさいよ」

止めようとしたユリの体も後ろから男に捕まえられた。

「邪魔すんなよ。すっこんでろ」

ユリは壁に押し付けられた。

「くっ」

なんとか脚で蹴りあげようとしたが、別の奴に防がれて、足首を捕まれてしまった。

「ハハハ、すげぇカッコ。ひょっとして誘ってる?」

「誰が!」

ユリはぞっとした。噂以上にタチが悪い奴等のようだ。フェアリーの女の子は嫌がってもがいているが、男達は明らかにそれを楽しんでいる。

「どうする?こっちもお持ち帰りしちゃう?」

「良いんじゃね。騒がれても面倒だしさ。ちょっと仲良くして聞き分け良くなってもらおうよ」

「なっ」

口をタオルでふさがれて、頭の上から誰かのジャージを被せられる。

「嫌ーっ、離して!ああっ、そんなとこ触らないで。あぅ……」

視界がふさがれて様子は見えないが、フェアリーの子もかなり強引に黙らされたようだ。何か紐のようなもので手の自由を奪われる。無理やり連れていかれそうになって、恐ろしさで体がすくんだ。


その時、部室の入り口側から、涼やかでちょっと可愛らしい声がした。

「君たち、女の子にそういうことしちゃいけないよ」

「あっ、こいつ!」

「ついでだ。捕まえろ!」

乱暴に突き飛ばされて、よろけたユリは転んで壁にぶつかった。打った痛みで小さく呻いたものの、ユリはすぐに体を起こして、視界を塞いでいたジャージを振り落とした。

助けに現れた声の主は、植木実だった。

彼は的確に男達の攻撃をかわし、急所にカウンターを叩き込んでいた。ユリは手近な1人の足を引っ掻けて転ばせ、もう1人にタックルして加勢した。

「ユリちゃん、ありがと」

植木はにっこり笑って、たちまちのうちに男達を制圧した。


「ひどい目にあったね。大丈夫だった?」

「ふわぁぁぁ、ありがとうございます、王子」

感激で目を潤ませるフェアリーの子に微笑みかけながら、植木は異常に手際よく男達を拘束した。

「これでひとまず安心だよ。後で猟犬部隊に通報しよう」

「ありがとう。おかげで助かったけど、どうしてここへ?」

「まさか、私を助けに……」

「ごめん。助けることになったのは偶然。実はユリちゃんとランちゃんに協力して欲しいことがあってね」

「いいけど……。その前に1つ聞いていい?」

「なあに?」

ユリは床に適当に転がされた男達を見下ろして、恐る恐る尋ねた。

「植木くんって、人を縛る用の紐を常備してるの?」

「あー、これは……教育担当者に無理やり持たされた装備品です」

植木はちょっと顔を赤らめて目を泳がせた。


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― 新着の感想 ―
普通に犯罪案件だねぇ sなんたらも責任追及不可避やなぁ どうオトシマエつけるのかしら?
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