暗躍
「……ご覧の通り体育館のフリーフェアリー救出撃は失敗で幕を閉じました。以上、第2移動カメラより中継でした」
「惜しかったですねー。やはり、仲間フェアリーによる救出は難易度が高そうです。シオン先輩、どう思われますか?……シオン先輩、コメントお願いします。飽きて寝ちゃダメですよ」
「あー、だってオーディエンスのリアクションないし。これ誰がみてるの?」
「参加していない学内一般生徒向けです。イントラネットで生放送してます。各部室または参加チームのベースとして申請した場所では、校内タブレットの使用が認められていますから、ベースに戻っているハンターの皆さんも見てます。ちゃんとやってくださいよ」
「はいはい。それでなんだっけ?救出について?人数差があるから難しいよね。檻の周囲を複数のハンターで囲んで見張られちゃうと、手が出せない。ケイドロだと鬼が一人だから、鬼が他の子を探しにいっている間に残りで救出できるけれど、人数比が逆でフリーフェアリー同士が面識がなくて孤立しているこのゲームでは、ほとんど救出は成功しないんじゃないかな」
「そうですねー。フェアリーの大半が捕獲された現在、ここから救出がないとなると、ますます残りのフェアリーにハンターが集中することになりそうです」
「これ、制限時間までに終わるんじゃないの?」
「いえいえ、ワイルドハントはまだまだワイルドになりますよ」
「何かあるのかな」
「それはこの後、昼休憩を挟んだ午後の部に順次発表予定です。後半戦をお楽しみに」
「そういえば、話題のあの子もまだ捕まっていないんだっけ?」
「はい。中立地帯にいたという目撃情報がありましたが、その後の消息はありません。うまく逃げているようですね」
「ハンターがまだみんな必死で探し回っているのはそれでかぁ」
「はい。ワイルドハントまだまだ目が離せません」
「なんなの!?もー、なんなのよう!」
カレンは足をトントンと踏み鳴らした。
「まだ捕まえられないの。みんな無能すぎ」
ピンク色の頭のお嬢様は、腕をくんで頬を膨らませた。
いつも隣で同意してくれる葵はいない。体の弱い彼女は今日は病院に行く日なのだ。
「腹が立つわね」
カレンは思い通りにならない状況に苛立ち、爪を噛んだ。
Sプロの茅間兄弟はカレンが頼んだ通りに、植木実を追い詰めて捕らえる企画を計画してくれた。ただし、実際に実行された企画はカレンが思っていたよりもゲーム性が高く、お遊び要素が強かった。
もっとハンターによる一方的な蹂躙が見られると思っていたカレンは、肩透かしを食らった。生意気な植木は逃げ続け、ハンターは次々と腕章を剥がれて出戻って来た。ルール違反者は風紀の猟犬部隊が容赦なく連行するので、迂闊に不正もできない。
ハンターは部活単位で登録なので、自分の親衛隊を勢力として投入することもできず、カレンは腹立たしい思いをしていた。
「カレンちゃんも、ちょっと手伝って」
メインステージ脇のSプロの本部テントは、腕章の再発行を求めるハンターへの対応でてんやわんやだった。
「用意していた分の腕章が無くなっちゃったから、追加でコピーして来たんだ。これ点線のところで切って」
「はーい。あれぇ、でもこれ普通の白い紙ですけど、いいんですかぁ」
「黄色い紙がもうないんだ」
「ふぅん、そうなんだぁ」
カレンは普通のコピー用紙に刷られた腕章を手に取ると、こっそりほくそ笑んだ。
「午前になって、かなりハンターが優勢になってきたようです」
「ハンターが狩られるスピードが落ちたかな。午前中は時々ものすごい勢いで腕章剥がれてたよね」
「そうですね。そちらの"英雄の黄金の腕輪"の再配布が昼休みにようやく追い付いたようです」
「あれ?あの人の腕輪、白くない?」
「本当ですね。……え、はい。はい……なるほど、今入った情報によりますと、午後は新たにミスリル銀の腕輪が交付されているようです」
シオンは盛大に吹き出すと、大笑いした。
「ハハハ!黄金郷が黄金切れ!」
「シオン先輩、そういうこと言っちゃダメです」
「ふーん、でもさ。ただのコピー用紙だと色々まずくない?」
「コピー用紙じゃないです。ミスリル銀!」
「なんでもいいけどさ。猟犬部隊は大変だよね」
シオンは目を細めた。
移動カメラからの映像には、どこの部員か分かりにくいハンターが映っていた。
「教室のモニター電源?」
「そう。一つおきでいいからONしてってさ。実況放送流すらしいよ」
Sプロの下っぱスタッフは、スタッフ用インカムに入った指示に従って、各教室の視聴覚教材用モニターの電源を入れて回った。
「あれ?俺のインカムどこ行ったかな」
「どうしたんだ?」
「休憩中ここに置いておいたインカムがない」
「誰か別のスタッフが使ってんじゃないの?なんかバタバタしてるし」
「そうかな」
「今、どんな状況なんだろう」
講堂の第2ステージのスタッフはノートパソコンで、校内イントラネットの実況放送を確認した。
「お疲れさまです。Sプロさん、舞台のスクリーン使っていいですよ。演劇部のチャレンジでは使ってないから」
演劇部のちょっとかわいい女の子に声をかけられて、スタッフの二人は笑顔で答えた。
「いや、別にこの時間は使わないからいいよ」
「あれ?でも実況放送流すから使わせてくださいって、さっき言われましたよ」
「え?本当?なんかあるのかな」
「教室の方もモニターつけてるみたいですよぉ。さっき来たフェアリーさんがそんな事言ってました」
「やっば。休憩しに行ってて指示聞きそびれたかな」
Sプロの二人は顔を見合わせてから、プロジェクターのセットアップを始めた。
「こちら白の騎士、皇帝応答ください」
"「こちらレックス。お茶会の準備は完了だ」"
「俺は現在、ドードーの巣にいます。ドジソン達はいい仕事してくれましたよ」
"「上々だ。"薔薇"は"咲いている"か?」"
「トランプを手配済みです」
『こちらチェシャキャット。"庭園の薔薇は咲いた"繰り返します。"庭園の薔薇は咲いた"』
『のりこ。魔力同期で精霊語使うなら傍受不可能で、完全に俺とお前だけの会話だから符丁は要らないぞ』
『川畑くん……今は"植木実"』
『この方法で会話している時点でその建前忘れて良くないか?』
『ぶっちゃけたね』
『俺はそろそろ我慢せず"のりこ"って呼びたい……男の体型が見えないときは』
『うーん、わかった。でも、川畑くん達の悪巧み楽しそう。私もちょっとは一緒に男の子のスパイゴッコの雰囲気に混ざりたい。いいでしょ。ね、お願い』
『それはいいけど……チェシャキャット?』
『捕まえられないの。チェシャキャットは笑顔を残して消えるのよ』
「にゃーん」と甘えた声で鳴くノリコを思い出して、川畑は一瞬くらっとした。
『了解、チェシャキャット。俺もすぐにそちらに行く。グリフォンと連携して、派手に場を引っ掻き回してくれ』
『わかったニャ』
川畑は、リアクションを顔に出さなかった自分は褒めていいと思った。
「そろそろ庭園に薔薇が咲いた頃合いかと」
"「では始めようか」"
「了解。ニセウミガメ始動します。通話終了からカウントダウンシーケンスに入り、ティーパーティーを始めてください。オーバー」
川畑は数学部の部室で、パソコンに向かう数学部員達にGoサインを出した。




