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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第8章 学校だけが世界のすべてだった日々

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無理をさせてはいけません

金のチャレンジを終わったところで植木は演劇部の女子に囲まれた。

「かわいい」

「お姫様やらせたい」

「メイクと衣装似合いそう」

川畑はノリコのメイクアップ姿を知っているので内心でそうだろう、そうだろうと思いながら、植木に集る女子達に声をかけた。

「俺達、チャレンジ終わったからもうここを出ないと」

女の子達は標的を川畑に変えた。

「ねぇねぇ、騎士様」

「いや、俺は別に騎士では……」

「騎士ムーヴが板につきすぎでしょう。よっ、カマボコ騎士!」

「ボーナスチャレンジどお?賞品出すからさ」

「ん?」

「君、でっかいよねぇ。ちょっと壁ドンやってよ」

「壁ドン?パントマイムか?アパートの隣室がうるさいのに苛立つ男の」

「そっちじゃない。壁際で女子を追い詰める方。体格差があると見映えがするシチュエーションだから、君ぐらいおっきいとどんな感じか観てみたい。次回以降の公演の演出の参考に」

ふとみると、すぐそこの壁際にSプロの機材がおいてあった。休憩中なのか、人影はない。

「えーっと、じゃぁ、そこの壁でいいか」

「ちょっと、川畑くん!」

「銀の鍵を貰い損ねてるから、リベンジマッチだと思えばいいんじゃないか?演技の参考らしいし」


演劇部員相手に一通りリクエスト通りのセリフとシチュエーションを、川畑はやりきった。

「ほぼ無表情で棒読みの愛の囁きはときめかないのがよくわかった」

「自分のセリフにドン引きしている"俺様"はコメディすぎる」

「肘ドンは壁と壁に挟まれているような圧迫感だった」

「体格差がありすぎて、女子が見えない」

「怖い」

「総じて、やらされてる感を隠さない素直さは良かったよ」

「……お前ら、人にあんだけ色々やらせたあげくそれかよ」

壁際の機材の隅で川畑はがくりとうなだれた。


「まぁまぁ。賞品は出すからさ」

演劇部の副部長は川畑の背中を軽く叩いた。

「最後にもうちょっと本気だしてやってよ」

「えー」

渋る川畑を植木はつついた。

「川畑くん。おもいっきりやっちゃってください。なんかバカにされたままだと腹が立ちます。川畑くんはちゃんとカッコいいって見せつけてやってください」

「そんなこと言われてもなぁ」

川畑は花冠を乗っけた頭をボリボリ掻いた。この格好で寒いイケメンごっこをやらされるのはつらい。


その時、向こうで他のフェアリー達のチャレンジをやっていた部員が植木を呼びに来た。参加者のリクエストで相手をしてやって欲しいという。

「ちょっといってきます」と言ってそちらに向かった植木を見送って、川畑はため息を付いた。


「ほらほら、好きな子相手だと思ってやってみてよ。セリフは特に決めないからさ」

「好きな子ねぇ……」

「いるでしょ?」

川畑は副部長がいつぞや図書室で会った女子だと気づいた。

「あと1回だけだぞ。そこに立て」

川畑は翻訳さんにもろもろの設定変更をお願いした。


「おい」

乱暴に声をかけられて、副部長は目の前の川畑を見上げた。身長差がありすぎて、壁に置かれた片手は彼女の頭より上だ。腕が長いので正直、壁からのスペースは広い。逃げようと思えば横からいくらでも逃げられそうだ。

そう思って相手の顔に視線を戻したところで、彼女の動きは止まった。

「お前、貸し出し延長した奴だろ」

相手の雰囲気が先程までと変わっていた。値踏みするような視線で見下ろされて、警戒心が湧く。

「ちゃんと本は返したか?」

「い、いや……まだ……」

引け目と罪悪感で視線が泳ぐ。リアル側の話をふられたせいで、彼女は演技の架空の役柄の気分になり損ねた。

「悪い奴だな」

なじる声音にびくりと体が震えた。低く脅すような調子だが、どこかに少し獲物をなぶることを面白がるような響きがある。

「延長は一度だけで次はないぞと言っただろう」

一歩迫って、壁に肘まで着けられたせいで、相手との距離がぐっと近くなった。鎖骨から胸の辺りが目の前にくる。彼女は図書室で貸出延長をお願いしたときの彼のやたらセクシーだった姿をうっかり思い出してしまい狼狽した。

「どうやって償ってもらうとするかな」

顎を指先で持ち上げられ、無理やり顔を上げさせられる。額同士がつきそうになるほど顔を寄せて、彼は意地悪く「どうされたい?」と尋ねた。

「あ…や……」

彼女は思わず空いた側から逃げようとしてしまった。

2歩逃れたところで腕を捕まれ、引き戻されて、後ろから抱き込むように軽く腕を回された。

「逃げんな。誘ったのはお前だぞ」

「ひ……すみません。許してください」

「許さん」

後ろから肩越しに頭を寄せられて、耳元で低音でささやかれる。彼女は膝が震えて息が詰まった。


これはかなりヤバイのではないだろうか?

周囲の演劇部の女の子達は、止めるべきか迷いながら固唾をのんで見守った。

壁に押し付けられた副部長は退路がない状態だ。先ほどから耳元に口を寄せられてなにやら解放条件を提示されているが、演技でもなんでもなく小刻みに震えて、完全にヤバイ顔をしている。

「はい……はい、わかりました。お言いつけ通りにします」

「いい子だ」

川畑は寄せていた身体を離すと、彼女の頭をポンポンと軽く叩いた。

彼女はくたくたとその場に座り込んだ。


「お、おい、大丈夫か?」

川畑はあわてて彼女の隣に膝をついて、倒れかけた彼女の背を支えた。

「なんだ、体調悪かったのか。演技だと思ってた。無理させて悪かった」

川畑は彼女の背中と膝裏に手を回し、横抱きにして立ち上がった。

「すまん。彼女、貧血か何かみたいなんだが、どこか横になって休ませられるところはあるか?それとも保健室連れていった方がいいか?」

ナチュラルにお姫様抱っこされた副部長は、このままこの男に"横になれるところ"に運ばれたらと考えて身震いした。

「いいです!大丈夫だから下ろしてください!」

「そうか?無理するなよ」

優しく下ろされた後も、副部長は動悸が収まるまでしばらくかかった。




壁ドン、肘ドン、顎クイ、おでこコツン、腕ゴールからのなろ抱きに頭ポンポン。ちょい悪俺様系で強引に。

「お前らのリクエストフルコンボしてやったんだが、不味かったか」

「はい。スミマセン。無理なお願いをしたこちらが悪うございました。ご協力ありがとうございました」

副部長は賞品の"鍵"の封筒を両手で差し出した。

「川畑くーん、こっちは終わったよ」

「おう。こっちもOKだ」

植木に軽く手を振った川畑は、別れ際に副部長の額を人差し指で軽くついた。

「言いつけは守れよ」

「……はい」

副部長はびくりと体を震わせて、小さく返事をした。


もちろん川畑達が立ち去った後で、彼女は他の女子部員から目一杯冷やかされた。

セクハラ魔人

本人は気づいていませんが、普段ONしている人畜無害フィルターを外すと、実は魔力格差が激しすぎて、一般の眷属キャラクターにとっては、相当なパワハラも発生します。(魔王と村娘レベル)

今回は翻訳さんの忖度で、魔王に捕まった村娘ほどの恐怖は与えていませんが、素でヤクザと渡り合える強面がごりごり脅迫してくるという罰ゲーム仕様になっています。


躾のいいっぽい大型犬がいるので、もふらせてもらって遊んでいたら、飼い主が首輪と口輪を外してから離席したという酷い展開。飼い主さん、あんたのコレ狼ですよ。一般人にけしかけちゃいけません。


翻訳さんに"美化"は禁止しているためロマンチックにはなるまいと本人はたかをくくっていますが、問題はそこじゃない。

被害者の副部長さん、名前を付けたら山桜桃化しそうなので名無しのままです……。

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