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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第8章 学校だけが世界のすべてだった日々

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裏切り者の騎士

「金のチャレンジは、即興寸劇をやっていただきます」

「急に演劇っぽいお題が来たな」

「難しそう」

金のチャレンジ担当の演劇部員は、そこは演劇部ですからと爽やかに笑った。

「台本は何パターンか用意してありますが、せっかくですからこれやってみてください」

渡された台本はセリフが数個しかないもので、空欄が入っていた。

「空欄①②部分はアドリブでお好きなセリフをいれてください。その役の背景や性格、気持ちなんかが伝わる演技やセリフがいいですね」

「この○○は人名?」

「はい。思い浮かばなかったら相手の実名で構いません。単に"騎士"とかでもいいですよ」

「えーと……」


チャレンジシナリオA[裏切り者の騎士]

王子:なぜ裏切ったのだ、○○!私は見たくなかった。お前の(①)な姿なんて……。

騎士:それは(②)。私はこの国を愛しております、殿下。我が心よりの忠誠を、我が心臓をあなたに捧げます。


「①で王子が罪状を糾弾して、②で騎士がそれに対する言い訳や弁明をして、最後に忠誠を示す流れです。入れるセリフは長くても短くてもいいです」

「配役は任意?」

「入れ換えで両方やっていただきます。ご希望なら演劇部員が相手でもいいですよ」

「いや、演劇部相手だと無茶振りされそうなんで、俺は植木相手がいいな。いいか、植木?」

「うん。僕も相手は川畑くんがいい」

「では、そちらにマントと王冠と剣がありますから、準備してください」

「花冠と王冠、両方乗るかなぁ」

「ジャージで剣帯着けても収まりが悪いが、こういうのは気分出しだから仕方ないか」

とりあえずそれっぽく装った二人は、審査員の演劇部員の前に並んだ。


偉いもので、赤いマントと金色の冠を着けた植木は、中がTシャツとジャージでもちゃんと王子様に見えた。また、川畑の方も模造剣とはいえ帯剣して、黒マントをつけていると、シルエットは騎士っぽくなった。

「それでは始めてください」

進行役の部員の合図で、川畑と植木は、審査員の前で一礼してから向かい合って立った。




チャレンジシナリオA[裏切り者の騎士]テイク1

王子:植木

騎士:川畑


「なぜ裏切ったのだ、我が近衛騎士長!私は見たくなかった。お前が異国の姫にいれあげる姿なんて……」

植木は恐ろしく冷たい視線で、蔑むように川畑を見下げた。

川畑は横っ面をぶん殴られたように息をのむと、青ざめてその場にひざまづいて頭を垂れた。

「それは……」


審査員一同はうろたえた川畑をニヤニヤ見た。

「(さぁ、騎士様、どう言い訳する?いきなり色ボケ売国奴呼ばわりされたぞ)」

「(なんかうろたえっぷりが、浮気が発覚した旦那みたいだな)」


川畑はほぼ無表情でうつむき、わずかに沈痛さを声に滲ませた。

「そのように見えたのならば我が身の不徳。どのような罰でも受けましょう」

「だが……」と語気を強めて川畑は顔を上げた。

「信じていただきたい。私が永遠を誓う真実の愛は、けして異国の姫などの元にはありません」

恐ろしく真剣に、彼はまっすぐ顔を上げて訴えた。王子役の植木は気圧されたようにわずかに身を引いたが、視線は捕らわれたかのようにかの騎士から外れなかった。

「私はあなたを……」

勢い込んでそこまで口に出したところで、しまった!という顔をして川畑は口をつぐんだ。それから前のめり気味だった背をまっすぐに正して落ち着いた声音で続けた。

「私はこの国を愛しております、殿下。我が心よりの忠誠を」

彼は真摯な騎士そのものといった様子でひざまづいたまま、腰の剣を捧げ持ち、くるりと回して、剣の柄を王子に、刃を自分の胸に向けた。その一連の動作は、いかにも儀礼的様式に従った正式な行いという感じでとても美しかった。

王子は、そんなお手本通りの忠国の騎士の姿に、唇を引き結んだ。捧げられた剣を受けることもせず、ただ黙ってその剣の柄に手をかけた。

剣の刃先が騎士の厚い胸に付いた。

王子の迷いが伝わるその切っ先を胸の真ん中に当てたまま、彼は柔らかな笑みを浮かべた。

「我が心臓をあなたに捧げます」

植木は弾かれたようにふいっと顔を反らした。


「あー、殿下。剣を受けるなら柄に口付けしてから返してもらわないとこのまま放置はとても困るんだが」

「うるさい。口付けとかできるわけないだろ!」

「いや、別に俺にしろって言ってるわけじゃないし」

「終わり!もうお芝居終わり!」

審査員席から植木の顔はよく見えなかったが、耳が少し赤くなっているのはわかった。


「(ツンデレ王子だ)」

「(これはどのくらい演技なんだろう?)」

とりあえず面白かったので合格ということになった。


「では、役割を交換して、今度はあなたが王子ですね」

「剣とかマントとかこのままでいいか?面倒だ」

「いいですが……それじゃぁ、マントに毛皮のつけ襟でも着けますしょうか。ちょっと王族っぽくなります」

「ではそれで」

植木は金の冠だけ外した。

「それでは始めてください」




チャレンジシナリオA[裏切り者の騎士]テイク2

王子:川畑

騎士:植木


「なぜ裏切ったのだ、我が義妹よ。私は見たくなかった。お前が騎士となりこの前線の基地に来た姿なんて……。お前は父上や母上と共に国元で平穏に暮らしていて欲しかった」

川畑はひざまづこうとした植木の手を取り引き寄せて、気遣わしそうにそう呟いた。

「それは!」

植木は一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに川畑を見上げて叫んだ。

「それは貴方が心配だったから!私は貴方をお守りしたかったのです、殿下」

取られていた手を両手で包むように握り返して、植木は川畑に一歩迫った。

「異国の地で、いつも危険に身をさらす殿下のお側で、少しでもお役にたちたかったのです。私はただ守られている姫ではいたくなかった。私はこの国を……」

堰を切ったように捲し立てていた植木は、驚いてこちらを見下ろしている川畑の様子に、一度言葉を切った。

植木は目を閉じて、今、自分が口にした言葉を否定するかのようにゆるやかに首を振った。そして両手で握りしめていた川畑の手を持ち上げると、祈りを捧げるように自分の額を押し当てた。

「愛しております、殿下」

川畑の喉がひゅっと鳴った。

植木はゆっくりと顔をあげた。

そして握っていた川畑の手を自分の胸元に当てた。

「我が心よりの忠誠を、我が心臓をあなたに捧げます」

恥ずかしそうに語尾がかすれる声でささやかれ、川畑は大きく仰け反った。


「待った!義妹!君は義妹の役だからな!?」

「義理ってことはお兄さんの妻の妹とかそういう関係でしょ?」

「しまった。似てなさすぎるから義理のにしたのが仇になったか」

「思いしれ!さっきはこっちがめちゃくちゃ恥ずかしかったんだからな」

「だからと言ってこれは肉を切らせて骨を断つどころじゃない自爆では」

「うっさい!一番やって後悔している人間に言うな!」


「(なんだこれ)」

「(なぜ男二人でデロ甘シナリオ……)」

「(男の娘による男装の麗人モノ?ジェンダーのアクロバットか!?)」

「(お腹いっぱいです。ご馳走様でした)」

何はともあれ。川畑達は金の鍵をもらった。

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