屋上にて
スタートの合図でハンター達は一斉に走り指した。大半が目指すのは講堂方向だ。フリーフェアリー達はそこからスタートしているはずである。
「フェアリー組の運動やってない奴をまず狙え」
「ちょろい奴を片っ端から狩れ」
「参加費の元は取るぞ」
賞金狙いの大手運動部が、部員勧誘は二の次の作戦指示を飛ばす。
「運動部にペースを乱されるな。1人、1人でいいんだ!」
「我々に走って追う体力はない。隠れている奴を見つけるぞ」
文化系の中には、慎重に周囲に目を配ったり、逆張りで講堂の反対方向を目指す者もいた。
「カスは要らないわ!王子を探して!絶対に麗しの王子様メイドを手に入れるわよ」
女子陸上部の部長の檄に、赤松ランは苦笑した。焚き付けたのはランだが、まさかここまで本気になるとは思わなかった。捕まえたとしても、強制入部ではないため、せいぜい1週間の体験入部しかしてはもらえないはずだ。が、そんなことは頭から飛んでいるか、それでもかまわないと思っているのだろう。
「部長、どこから探します?さすがに植木くん達はもう講堂にはいないでしょ」
「そうね。隠れるところが多そうな中庭と校舎裏から探しましょう。あの大きいのが一緒にいるなら、そう簡単には隠れられないはずよ!」
仲間と一緒に中庭に移動しようとしたランは、ふと上を見上げて、あんぐりと口を開けた。
校舎の屋上ど真ん中。運動場から丸見えの場所に、二人の人影があった。頭に花飾りを着けた妖精のような王子様と、その隣で仁王立ちになっている大男だ。
「欲に濡れたハンターども!どこを探している?俺達はここにいるぞ!」
屋上から運動場に向かって大音声が響いた。
「欲するならばかかってこい!」
思いっきり挑発的なセリフを吐いたあげく、大男は隣の美少年の手を引いて姿を消した。
「スッゴいねぇ、彼。なにあれ、シナリオでも渡したの?」
竜胆紫苑はSプロの本部テント脇に座ってカラカラと笑った。薄い髪色の長髪に女顔だが、だらしなく気崩した制服の開いた胸元は平らだ。
「シオン、せっかく顔を出したなら、サボってないで働け」
「スオウも王様コスプレで笑えるねぇ。素で王様だから素王?」
Sプロのリーダーは男らしい整った顔をしかめた。シオンは中等部からの親友だが、高等部になってから急に素行が悪くなり、チャラチャラとだらしない態度をとるようになった。最近はSプロにもほとんど顔を出さず、今度の企画の準備中もたまに冷やかすように端で見ていただけだった。
「バカなことをいってないで、お前も実況を手伝ってこい」
「はいはーい。王様の命令なら仕方がないねー」
シオンは周りで働く後輩達にちょっかいをかけながら、実況ブースに向かった。
「という訳で、実況に参加させていただいちゃいます。あなたの恋人、竜胆シオンです。いやぁ、始まりましたねー、マイルドハンド」
「なんですかその手荒れ防止クリームみたいなのは。ワイルドハントです。ワイルドハント」
「校内大鬼ごっこだったっけ?みんな元気だね。夕方までずっと?」
「はい。制限時間いっぱいまで、本日は実況も頑張ってお伝えさせていただく予定です」
「わぁ、大変だ」
「棒読みで、他人事みたいに言わないでください。シオン先輩も最後までお付き合いお願いしますよ」
「えー?お付き合いして、最後までしたいって?ホントに?」
「変に色っぽい声でマイクにささやかないでください。では早速、現状の確認です。講堂の第2ステージさーん、そちらはどんな様子ですか?」
「はい、こちら講堂です。フリーフェアリーはスタート済みです。数人残っていたフェアリーさんも、やって来たハンターに早速捕まって、今はほぼ誰もいない状態です。時折、様子を見に来るハンターの姿が見えますが、無人の講堂を見てすぐに立ち去っていきます」
「ありがとうございました。講堂は思ったより混乱なく終わったようですね。では移動カメラを呼んでみましょう。第1移動カメラさーん」
「……はい。はい、こちら第1移動カメラ。現在、南校舎の東階段です。わぁ、すみません。押さないで」
「大丈夫ですかー?」
「大丈夫です。こちら階上に向かうハンターで混雑しています。危険なので一旦廊下側に出ます」
「なんだか殺気立ってますね」
「煽られたもんねー。屋上は東西の階段抑えたら終わりだから、あれは下手うったと思うよ。この人数で押されちゃおしまいでしょ」
「本部のシオン先輩、こちら第1移動カメラです。お聞きください。なにやら階上で、大きな音と怒号が」
「これは屋上の戸を叩いてるのかな?」
「第1移動カメラも屋上に向かいます」
「気をつけてねー」
「参加者の皆さんには是非ルールを守って安全にゲームを楽しんでいただきたいですね」
「今回はどれぐらい無茶していいの?魔法OK?」
「各部活及び魔法専攻クラスでの規定に準拠です。ただし学校の敷地かつ屋外なら、競技・実習用のフィールド相当とされます。屋内はさすがに屋内用の規定が入りますが、魔法専攻組がかなり有利なことは間違いありません」
「あ、それならおしまいって訳でもないか」
シオンは椅子の背にもたれて、第1移動カメラの揺れる映像を眺めた。
「川畑くん、ここでどれぐらい粘ればいいかな」
「あまり早く逃げすぎると、全員が階段登ってくれないからなぁ。そこそこ引っ張っておきたい。いける?」
「はい」
植木は川畑と手を繋いだまま、はつらつと答えた。
「よし」
川畑は植木の手を引いて屋上の中央に立たせた。西側の階段の出入口正面だ。
「とりあえず5人ずつくらいから始めようか」
川畑は出入口からの死角に立った。
大きな足音と声が階段から響いてくる。
「いたぞ!」
「もらったぁっ!」
雪崩れ込んできた数人のハンターの後ろで、西階段の出入口の扉が閉まった。
植木に襲いかかろうとしていたサッカー部の男は、はっとして振り向いた。
「はい。お疲れさま」
男が左腕に巻いていた紙の腕章が破り取られた。
「なに!?」
「おっと。ハンター証がない奴は狩りに参加しちゃいけないんだぞ。チームにペナルティが入って本人強制退場になりたくなかったら、本部に戻って再発行してもらうんだな」
彼の腕章を破った大男は、そう言ってヒラヒラ手を振った。
「ただし、今はどんどん上がってくる人が優先なんで、君らはそっちの方で待っててくれる?」
「はぁっ?」
よくみると大男の向こうにはサッカー部の仲間が揃って腕章を破られて呆然としていた。
「次、入れるからそこどいて。危ないぞ」
川畑はサッカー部を端によらせると、出入口の扉を開けた。
「見つけた!」
「もう逃げられないぞ」
「はいはい。4名追加」
川畑が流れ作業で腕章を剥いでいると、植木が呼ぶ声がした。
「川畑くん、東階段のドアが壊れそうな音してる」
「ええ?開かないように相当しっかり固めたんだけど……」
「よっしゃ!捕まえたぞ!!」
「ああ、君ら今はそういうのできないから。あっちでサッカー部の人にルール聞いて。すみませーん。追加入りまーす」
「チキショー、きりがねーな!ってか、俺らに説明させんな、バカ野郎」
川畑が申し訳なさそうに会釈したところで、ガチガチに氷結されていた東階段の扉が吹っ飛んだ。
氷の粉と歪んだ鉄の扉が宙を舞い、日差しを反射してキラキラ輝いた。
「あ、いかんなぁ、器物破損は」
川畑は審判のようにホイッスルを高く吹いた。
怒声をあげながら、目を血走らせて雪崩れ込んできた筋肉質の男達は、ビクリとして一瞬動きを止めた。
「きっさまぁ~!」
バカにされたと思ったのか、ラグビー部らしき先頭の男が、凄い勢いで川畑にタックルしてきた。
川畑は交わし際に男の腕章を取った。
「はい、あちらに……って、おおっと」
ラグビー部の男は話をする余裕もなく再び飛びかかってきて、さらに東階段から後続が、どんどん屋上に上がってきた。
「川畑くん!」
とりあえず腕章を剥ぎながら、2、3人、床に転がして振り替えると、植木の方にも何人かまわっていた。植木は最初の2人ほどの手はうまくかわしていたが、3人目が背後から加勢に入ろうとしていた。
川畑は掴みかかってくるラグビー部の手をくぐり、ダン、ダンッっと2歩助走を付けてから大きく植木の方に跳躍した。
植木の脇を抜け、背後に迫っていた男を下敷きにするように巻き込んで着地する。回転して殺した勢いの残りで立ち上がって、すぐに残りの寄せ手との間に植木をかばうように立った。
「ありがとう」
「礼はこの辺りを全部片付けてからでいい」
「この野郎!」
頭に造花の花冠を載っけた大男に"この辺り"扱いされたハンター達は、皆、かっとなって一斉に襲いかかった。
「ありがとう?」
「きりがないから、屋上脱出してからにしようか」
川畑は律儀に剥いだ腕章を投げ捨てながら、植木を抱え上げた。
その時、先ほど川畑が鳴らしたのとよく似たホイッスルの音が響いた。




