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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第8章 学校だけが世界のすべてだった日々

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狩りの始まり

小鳥が歌い、花咲き乱れる永遠の楽園、エルドラクド。

ある夏至の日。この平和で穏やかな日々に退屈した妖精達が、楽園から飛び出して地上に遊びに行ってしまった。

地上は危険がいっぱいだ。このままでは妖精達が危ない!エルドラクドの王、スオウは世界の英雄を集めた。

「英雄達よ。どうか妖精達を無事に保護して、この楽園に連れ帰って来てほしい」

今、英雄達による妖精救出作戦が始まる。


"ワイルドハント"のタイトルロゴが、講堂のステージ上のスクリーンに写し出された。


「我が願いに応えてくれたものには妖精一人につきその靴一杯の黄金を授けよう」

エルドラクドの王に扮したSプロのリーダーの声とともに、スクリーンに今大会の副賞が表示される。

可愛い赤い長靴型の入れ物に入ったコインチョコだ。長靴には購買・食堂共通プリペイドカードが張り付けてある。


「オープニング凝ってるね」

「短期間で作ったにしてはいいできだ。ノウハウがあるのか、こういうの強いやつがいるんだろうな」

「伝承がごちゃ混ぜなのはわざとかな?真夏の夜の夢と北欧神話と……黄金郷(エルドラード)?」

「El de 楽土じゃないか?スペイン語の文法上は変だけど」

講堂でオープニングの小芝居を見ながら、川畑と植木は小声で気楽に雑談をしていた。


「さらに今回、最もたくさんの妖精を保護してくれた英雄には、楽園の一角を与えよう」

王の宣言にあわせて、部室共用棟の一室が写し出される。

"今期、部員減少にともない、同好会になる部の部室を1室確保しました"のテロップが入っている。

部室の扉のネームプレートにはモザイクが入っていたが、川畑はそれが報道部の部室であることに気づいた。

「(あいつら意外に崖っぷちの部活だったんだな)」

あのやり口ならさもありなんと思いながら、川畑は周囲を見回した。

講堂にはそれほど人数はいない。ハンター側は運動場に集合しているはずだ。あちらは今頃ざわついているだろう。部室はどこの部も余分にあって困るものではない。溜まりがちな備品を突っ込んでおく物置としてでも、単なる雑談部屋としてでも、とりあえず欲しいはずだ。

「(これは、欲しい部員以上に狩らせるためのエサだな)」

川畑は配布されたルール詳細にもう一度目を通した。

ハンターは捕まえた妖精を、チーム毎に事前に申告した自陣に確保する。しかし捕まった妖精は、妖精の仲間が体の一部を触った状態なら、そこから出ることができる。

「(仕込みか交渉次第でどうとでもできるやつだ)」

川畑はルール全文を頭に叩き込んだ。


「はい。フリーフェアリーの皆さんは、ただいまお配りした花冠をつけてください。出場者である目印なので、逃走中にわざと外すとペナルティとなります。しっかり留めてくださいね。追加でヘアピンやゴムが必要な方は前まで取りに来てください」

100均の造花とおぼしき"花冠"を渡されて、川畑は苦い顔をした。こんなものをつけていたら遠くからでも明らかにターゲットだと丸わかりだ。それに……。

「川畑くん、どう?こんな感じかな」

「うん。似合ってるよ」

花冠をカチューシャ風に着けた植木はまさに妖精という感じで、めちゃめちゃ可愛かった。自分の場合はそうはならないことを、川畑はよくわかっていた。

追加でヘアピンとゴムを貰ってきて、植木の花冠をきちんと留めてやる。それから自分の分もしぶしぶ着けていると、1つ空けた隣に座っていた男子生徒と目があった。相手も川畑と同じく実年齢より老けて見えるおっさん顔のタイプで、花冠に困惑していた。

「どうやってつけりゃいいんだ」

上背はそこそこでやや胴回りが太い彼は、人の良いお父さんといった雰囲気だった。

「手伝いましょうか」

慣れないヘアアクセサリに悪戦苦闘している姿がかわいそうで、川畑はつい声をかけた。

「あ、すみません。お願いします」

「こういうの困りますよね。女子ならともかく、俺らじゃ似合わない」

「まったくだ」

"幼稚園の娘から花冠をプレゼントされたパパ"みたいな状態になった相手を見て、川畑は自分もかなり無惨な見栄えになっているんだろうなと思った。

「着きましたよ。どうですか」

「ありがとう」

彼は何度か頭を振って、花冠がしっかり着いているか確認した。

「なかなか嫌なルールですよね」

「ああ。運営の悪意が透けてみえる。しかも奴ら、ここから時間経過でさらに追加ルールを入れて煽ってくるぞ」

「小さな文字で注釈が入ってましたね。"運営からのお知らせを随時ご確認ください"って。個人の携帯端末持ち込み禁止にした上で、かくれんぼの最中に、ルール変更はえぐい」

その黒縁眼鏡の"お父さん"と、川畑は顔を見合わせた。

黐木(もちのき)だ」

「川畑です。こっちは植木」

「よろしく」

「よろしくお願いします」

川畑の隣で会釈する植木にうなずきかえすと、黐木は「組むか」と持ちかけた。

「ご迷惑でなければ是非」

「俺は今さら部活はする気はないんだが、なぜか担ぎ出された。君ら、目当ての部活はあるのか?」

「特には決めていません。が、こういうやり方で賞品扱いされるのはいささか腹に据えかねるところがあるので、時間いっぱい逃げ切ってやるつもりです」

「わかった。協力しよう」

ただし……と黐木はことわった。

「俺は運動能力はさっぱりだ。君は見たところかなりできる方だろう。一緒に逃げれば足を引っ張ることになる。別行動の方が望ましいが、通信手段は確保できるか?」

「ゲーム開始後に備品を入手するのは禁止されていないので」

川畑は実習備品の貸し出し許可証を取り出して黐木に渡した。

「開始直後に俺たちでハンターの注意を引き付けます。その間に備品室から借りてきてください」

「受け渡しは?」

「なにかそちらの立ち回り上、都合が良い場所がありますか?」

「俺の知り合いに預けるというのはどうだ。華茶道部だ。今回は中立地帯(セーフティエリア)として参加している。茶室は実習棟1階の西の端だ」

「了解」

頭に花を載っけた男二人が打ち合わせを始めたのを隣で聞きながら、男の子ってこういうの楽しそうだなと植木は思った。




「ハンター諸君の健闘を祈る!英雄の証たる黄金の腕輪を身につけた諸君に栄光があらんことを」

楽園の王の衣装を着た海棠スオウは、運動場の特設ステージの上で声を張った。参加証である黄色い紙製の腕章を着けた各部のハンター達がときの声をあげる。

皆、それぞれの部活にちなんだ衣装や小道具を身に付けることという規定が出されているため、見た目は賑やかだ。大抵はユニフォームや揃いのTシャツなどで各競技用の道具を多少持っている程度だが、中には凝った被り物や、ファンタジックなコスプレにアレンジした衣装を着ている者もいた。

「講堂のフリーフェアリー組は予定通りスタートしたそうです」

「OK、音楽入れて。スオウどうぞ」


Sプロのリーダーは、マントをはねあげて大きく手を上げた。

「さぁ、狩りを始めよう!」

盛り上がる音楽にあわせて、ワイルドハントのロゴとスタートの文字がスクリーンに表示された。

妖精狩りという名目のマンハントが始まった。

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