二次会は身内で
「ここはいったんお開きで、この後は身内の二次会なんだけど、お前らどうする?」
「のりこは大分疲れただろう。今日はこの辺りでお暇しようか」
「彼女を送ったらお前は戻ってこいよ。俺だけでは難儀なおっさんをさばききれん」
「えっ、まさかエザキさん来るのか?」
「チッピーが例の場所で勝った鳥だってのは、知ってる奴は知ってるからな。報復だのなんだのややこしい奴が来たら捕まえるって、このレースは万全の警備体制敷いてたらしいぞ。ここ数日ずっと気を張って詰めてたうさをはらしにくる気満々みたいだ」
「うわっ、めんどくせぇ。……対抗策にダーリングさん召喚するか」
「お前、あの人を便利な魔神かなにかと思ってないか?」
「あの……お世話になった方々がいらっしゃるならご挨拶ぐらいは……」
「いや、どう考えても場が荒れるとしか思えないから、のりこは二次会は来ない方がいい。カップとキャップも今日はこれで上がりなさい。これ以上お酒が入ると、ジャックもただの見境のないスケベ親父になるから」
「こら!なに人聞きの悪いことを」
「でもまだ僕たち、マスターのケーキ食べてないよ」
「うん。優勝したのに約束のお祝いのケーキもらってない」
「あ、そうか」
川畑はバンケットスタッフを呼ぶと、小さめの部屋を一部屋用意させた。
「二次会が始まるまでには、移動や着替えの時間が多目にとってあるんだろう?その間に俺たちだけでケーキでお祝いしよう」
「わあい!」
「やったー」
用意されたのは、こじんまりした少人数用のパーティールームで、可愛らしい内装だった。
みんなでデザート用のティーセットが用意されたテーブルを囲むと、川畑は用意してもらった銀色のワゴンを押して部屋に入ってきた。
「のりこ、手伝ってくれ」
「はい」
川畑とノリコはワゴンに載っていた大きな花束を、それぞれカップとキャップに手渡した。
「わあ」
「きれい」
妖精達はお花を抱えてニコニコしながら、ジャックの両隣に座った。
川畑はケーキの皿をテーブルの中央に置いた。ケーキの上には小さな星がキラキラ瞬くエフェクトがかかっていた。
「あらためて優勝おめでとう!」
みんなでお祝いを言うと、ケーキの上の星がパチパチはじけた。
「ジャックのお誕生日パーティーみたいだね」
ジャックはなんだか泣きそうな顔をした。
「やべぇ、俺、なんかこういうの、初めてで……すげぇ嬉しい」
「ケーキの上のチョコ板は、ジャックにあげよう」
川畑は赤金鳥と"優勝おめでとう"の文字が書かれたチョコ板をジャックの皿に置いてから、ケーキを切り分けた。
「お前、これ。俺が優勝しなかったらどうするつもりだったの」
ジャックは嬉しそうにチョコ板をつまみ上げた。
「そしたら家で残念会をやって、ボードゲームで優勝した奴にあげればいいかなと思ってた」
「ははは、ボードゲームの優勝商品じゃなくて良かった」
みんなで食べたケーキはとても美味しかった。
「ジャックさん、いい人ね」
「だろう?」
上機嫌でノリコを抱えて歩いていた川畑は、ふとなにかに気づいたかのように窓の外を見た。
「なに?」
「面倒だな」
川畑はポツリと言った。次の瞬間、ノリコは自分達が最初のホテルの部屋にいるのに気がついた。
「のりこ、自分の服に着替えて。すぐに君に部屋に送るよ」
「うん。わかった……急がなきゃいけないことが何かあったの?」
「大したことじゃないから気にしなくていい。ごめんな。急かしたみたいで」
「本当に大したことじゃないの?」
「ああ、火星総督が滞在中の棟辺りで閃光が見えたから、テロか何かあったかもしれないだけだよ。ここは離れているからもう大丈夫」
それは十分に大したことです。
ノリコは返す言葉がすぐに見つからなかった。そんな彼女を川畑は気遣った。
「どうした?ドレスの脱ぎ方がわからないのか?手伝おうか」
例によって気遣いの方向性は完全に間違っていた。
「いいよ!それは」
「でも、そのドレス、後ろ開きだし、ファスナーでもホックでもボタンでもないけど一人でできるか?」
「ええっと……」
ノリコはしばらく悪戦苦闘した結果、降参した。
「こう、向かい合ってさ。俺が目をつぶっているのを君が確認できる状態で、俺が君の背中に手をまわして、開けるっていうのはどうだろう?それなら、絶対見てないのがわかるだろ」
「ううう……じゃぁ、それでお願いします」
向かい合って、目を瞑った川畑を間近に見上げたところで、ノリコは自分がとんでもない選択をしたことに気がついた。
しっかり腰を抱き寄せられた状態で、首筋から背骨に沿ってゆっくりと指でなぞられて、ドレスを脱がされるという憂き目にあっているとき、目の前の彼が目を閉じているかどうかなんて、ほぼどうでもいいレベルの問題でしかなかった。
「これで開いたと思うけど」
彼の指先が腰骨より下まで下がったところで、ドレスは一気に脱げて足元まで落ちた。
ノリコの膝から力が抜けた。
「お、おい、大丈夫か」
何をどうしてどうなったのか、もはやわからなかったが、ノリコはなんとかかんとか着替え終わった。
「お疲れさまでした」
「疲れました……」
「本当にごめん。すぐに家まで送るから」
「これ、帰ったらまだ日曜日の朝なの?」
「ああ。早朝だから、少し寝ればいいよ」
「いろいろ夢に見そう」
「いつもは偽体の記憶で強制的に夢を見てるんだから、今日ぐらい自由に夢を見ればいいんじゃないか」
ノリコは横抱きに抱き上げられた。
「川畑くん」
彼女は転移に備えて彼の首に腕を回した。
「私……」
その時、ホテルの窓から見える夜景の一角が火を吹いた。
「パーティー会場の方だ」
「大変!ジャックさんが」
川畑は腕の中のノリコに優しく微笑んだ。
「それじゃあ、俺、行ってくるから。今日は楽しかった。一緒に来てくれてありがとう。また明日学校で」
「あ……」
川畑はノリコを彼女の部屋のベッドにそっと寝かせた。
「おやすみ」
川畑はついいつものおやすみの挨拶をしてから、ノリコの前から姿を消した。
ノリコはその日一日使い物にならなかった。
「ダーリングさん、ありがとうございました!」
「言いたいことは山ほどあるが、とりあえずツラかせ」
「やだなぁ、ガラ悪くなってますよ。銀河連邦宇宙軍上級将校様」
保安局の護送車が離陸し、仏頂面のエザキがコートの襟を直しながら、こっちにやって来た。
「言いたいことは山ほどあるが、とりあえずツラかせ」
「その言い回し、流行っているんですか?」
銀河連邦保安局の特捜であるエザキは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「もうちょっと穏便に事態を収める方法はなかったのか」
「エザキさんが目一杯、炎上させた後だったんでこうなっただけです」
「そこに軍の特殊部隊を投入するのは火に油を注ぐ以外の何物でもないぞ」
「いいじゃないですか。鎮火はしましたし」
川畑は一面の焦土を見回した。
「破壊消防ですが」
「伝統ある火星の保養地が……」
「テロリストってろくなことしないですね」
「まったくだ」
他人事のようにうなずき合う川畑とダーリングの隣で、エザキはガックリと肩を落とした。
「おーい、いたいた」
真っ赤な二足歩行の巨大な鳥に乗ったジャックが、瓦礫を器用に飛びわたりながらやって来た。
「チッピーとじぃさんは無事だったぞ」
鞍の後ろには、気を失った老飼育員が荷物のように乗せられていた。
「チッピーがちゃんとじぃさんを連れて逃げてくれていた」
「ぐわっき!」
「賢いなぁ、チッピー」
「ぐぐるぅ」
「これ優勝鳥の"レッドシフト"か。頭でかいな」
「ぐわっ」
「赤金鳥って人語を解するのか?それともお前が何か翻訳してるのか?」
チッピーに頭頂部をつつかれて悲鳴をあげるエザキを見ながら、ダーリングは川畑に尋ねた。
「俺は通訳はやってない。チッピーは特別だよ。いい鳥だ」
「これからどうする?」
ジャックはチッピーをなだめながら、陽気に言った。
「どうせだからどっかで飲み直さないか?二次会無くなっちゃったし」
「ダーリングさん、時間大丈夫?」
「お前がこの後仕事を手伝うなら多少はなんとかなる」
「無理させちゃ悪いな」
「どのみち今ここにいる時点で、お前を働かせることはすでに決定している」
「そーですか。じゃぁ、二次会の会場手配しますね」
「俺も飲むぞ。やってられっか」
ボサボサにされた髪を撫で付けながらエザキは叫んだ。
平均年齢高めの男ばかりの二次会で、川畑はさんざん酔っぱらいに絡まれた。




