ケイドロ?ドロケイ?いやハンターです
「ルールは鬼ごっこというよりもケイドロだな」
「ケイドロ?」
「"刑事と泥棒"の略だ。"ドロケイ"ともいう。小さい頃、やったことないか?」
鬼ごっこの鬼が"刑事"で、逃げた"泥棒"を捕まえる遊びである。刑事チームが泥棒チームを全員捕まえたら終了。捕まった泥棒は、指定された"牢屋"エリアに入っていなければならないが、仲間が助けに来たら、逃げることができるルールだ。
「今回の場合、新人を獲得したい各部の部員が刑事、未入部の新人が泥棒役だ」
「ケイドロと言っていないのはイメージが悪いからか」
「捕まえる側はハンターって呼ぶみたいだね」
「タイトルの"ワイルドハント"って、西洋版百鬼夜行のことだろ?」
「そうだったと思うよ。呪われた狩猟の王と悪霊のハンターの群れで、捕まると狩りの一員にされてしまうっていう感じの伝承」
「諸説あるか、元ネタは気にしてないみたいだぞ」
御行は"ストーリー"と書かれたページを示した。
"自由気ままな妖精たちが逃げ出した!楽園の王は英雄達を集めて、逃げ出した妖精を全員連れ戻して欲しいと頼んだ。英雄達は妖精を捕まえることができるのか!?"
「なんというか……きれいにハンター側を正当化して心理的抵抗を下げてきてるな」
「しかも狩られる側を妖精って呼んで、人間じゃないものにすることで、"狩り"という行為を本来の意味に取りやすくしている」
「"異端狩り"の類いだな。とんだ精霊狩りだ」
「成功報酬は、"名誉と黄金"。捕まった新人への入部勧誘優先権と、金一封……じゃなくて食堂・購買共通のプリペイドカード。こんなの、部員が要らなくても、賞金目当てに参加する人が出るよ」
「総取りすれば、かなりいい金額だな。大所帯の部でも打ち上げはできそうだし、弱小なら年間予算と比べてもいい額だ」
「賞金稼ぎでもあるのか。これは荒れるぞ」
川畑は眉根を寄せ、御行も険しい顔をした。
「参加条件がえぐいな。部員側は希望者だが、新人側は自薦または他薦って、本人の意思関係なく参加させる気だぞ」
「一応、他薦の場合は15名以上の署名が必要ってなってるよ。悪ふざけでは集めにくい人数なんじゃない?」
「それで学校側には通したんだろうが……完全にお前らをターゲットにした企画だな」
「ルール詳細がでないからなんとも言えないが、恐らくSプロの奴ら、ゲームにかこつけて、俺たちをなぶって遊ぶ気だぞ」
「図書室の一件?あの程度でこんなことするの?」
「わからん。私怨は一部で、便乗してお祭り騒ぎがしたいだけの奴が煽ったのかもしれない」
「なんにしても、加熱すれば危険なことになる可能性が高いな。よし、風紀でも少し動いてみる」
「止められるのか?」
「そんな権限はない。だが、Sプロの企画開催時には毎回、風紀のメンバーが客の行列整理や、落とし物・迷子案内係なんかで協力している。今回も運営側で介入できないかやってみよう」
「できればハンター側の暴走が起こらないよう抑止力になってもらいたいたかったんだが、そういう裏方では無理か」
「Sプロは、外部からの規制や管理を嫌うからな」
腕組みして唸る大男二人の間で、植木はポップで華やかな案内ページをじっと見詰めた。
「ねぇ、それなら、このストーリーに乗っかっちゃえばいいんじゃない?」
植木は細い指で、"ワイルドハント"のロゴを指差した。
「お祭りを盛り上げるフレーバーとして提案すれば、規制とは思わずに取り入れてもらえるかも知れないよ」
「なにかアイディアがあるんだな」
「例えば……イブキ先輩。いつも黒ジャージとそんな感じのTシャツ着てますけど、それは風紀委員のイメージとして、校内で知名度ありますか?」
「これか?どうだろう?」
御行は自分の黒いTシャツを詰まんで、首を捻った。
「俺個人のイメージぐらいはあるかもな」
「たしかにいつも伊吹先輩、そんな黒T着てますね」
"綱紀粛正"、"因果応報"、"悪即斬"……"お前の罪を数えろ"もあったっけ?と、川畑は「そんなのどこで売ってるの?」と聞きたくなる御行のTシャツの記憶をたどった。
「だったら、こんなのはどうでしょう?」
植木のアイディアをベースに、3人は作戦会議を開いた。
寮の自習室で、赤松ランは黒木ユリと二人で、研修実習の参考資料を調べていたが、タブレットの表示は勉強とは関係ないページになりがちだった。
「あ、Sプロの新企画が告知されてる。へー、学校全部使って鬼ごっこか。面白そう」
「どれどれ……なんだ転校生の取り合いか」
「植木が女子だったら、うちの女子陸上部でもらうのに」
「彼、足早かったものね」
「あの顔なら、大会でも女子で通ると思うんだけど」
「何を無茶言ってるの」
「マネージャーでもいいな。可愛いマネージャーにお疲れ様って言ってもらうの、ちょっとよくない?」
「発想がおっさんね」
「王子様をメイドにしてこきつかうおとぎ話ってなかったっけ?」
「何が混ざってるの、あなたの頭」
「あーあ、部長そそのかしたら、参加しないかなー。賞金でおやつ買おうって言ったらいけるかなぁ」
ランは研修実習の参考資料を放り出した。
「ひどい動機過ぎない?」
ユリは資料を拾ってパラパラめくると、付箋紙を貼った。
「それにしてもこの企画、無所属の生徒にとってはいい迷惑ね。逃げ切ったら貰える賞金と労力が見合わない」
ユリに資料を手渡され、ランは嫌々受け取った。
「たしかに、逃げて隠れる方は大変そうかも」
「私なら捕まる先と事前取引して、開始直後にそこに捕まって終わりにするかな」
さりげなく2冊目もついでにランに渡しながら、ユリは自分のタブレットで引用文献を検索した。
「ナイスアイデア!それってWin Winでいいじゃん。一度、退部してそれやって、即入部ってどうだろう?やってみない?」
付箋紙がついた2冊の資料に顎を乗せて、ランはユリを誘った。
「やらない」
ユリはにべもなく答えた。
「きっとSプロもその辺は対策してくるはず。出場資格の詳細ルールが出てない時点で動くのは危険過ぎる」
「そっかー。単純に面白そうだけど」
「そりゃあ、ランは体力バカだから」
「誰がバカよ」
「ほら、サボってないで使えそうなところ書き出して」
「レポートめんどくさい」
「頭脳労働できない運動能力特化型は、体力バカって言われても仕方ないって知ってる?」
「むぅ」
ランはしぶしぶ頭脳労働に従事した。




