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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第8章 学校だけが世界のすべてだった日々

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逡巡と露呈と迷走

土曜日

ノリコは本来の自分の世界の、自分の部屋で反省していた。

「私、なにやってんだろ」

山桜桃の家に行く川畑を見たくなくて、ノリコは「週末は自宅に帰るから」と早々に外泊許可を取った。

向こうの世界の自宅として指定された場所に偽体を預けてしまえば、変に気を揉むこともない。

あの時はそう思ったのだが、その決断をした翌日の本体は、やっぱりあれこれ考えてしまう羽目になるのだ。

「自分が二人で、2つの世界に住んでるのってままならないな」

自分の部屋で一人で冷静に考えれば、向こうの自分がした失敗がよく分かる。でも、それが伝えられるのは、1日遅れだし、隣にそっくりさんとはいえ川畑がいるとどうにも冷静でいられないのだ。


「本物の川畑くんに会いたいな」

机の上の写真立てを手に取る。

友人に撮ってもらったなんちゃってツーショット写真の川畑は、ノリコに気づいていない。見知らぬ他人として小さく写っているだけなのが、とても淋しかった。

「川畑くんにとって、私ってなんなんだろう?」

今の魔法学校にいるそっくりさんにとっては、自分はただ面倒をかけるだけのルームメイトだろう。友人としては佐藤や御行の方が近しい間柄にみえる。

では、本物にとってはどうなのか。

「やっぱり迷惑かけて面倒みてもらってるだけな気がする」

彼はとても一生懸命にノリコを助けに来てくれるが、責任感の強い人なので、自分が巻き込んだと負い目に思っているだけなのかもしれない。


豪華客船の時は本当に付き合っているみたいに接してくれたが、あれも"新婚さん"の役で周囲を納得させるために無理をしていたのかもしれない。最初にノリコが向こうに行った時に、彼は相当驚いて困っている様子だった。あの時は偽体の不調で結局、ほんの2、3日だけしか一緒に過ごせていないし、その後、音沙汰もない。

考えてみれば、彼はいつでもノリコに会いに来れるはずなのに、一度も自分から望んでノリコに会いに来てはくれていないのだ。

「考えてると落ち込んできた」

ノリコは写真立てを胸に抱えた。


「好きですってちゃんと言えたあの子は偉いなぁ」

図書室での山桜桃を思い出す。

あの子は川畑に守ってもらうだけじゃなくて、自分の想いをちゃんと伝えて、その上で好きな気持ちを形にして川畑を喜ばせることができているのだ。

「(あのニンジンは強い)」

控えめに他の具の奥に隠されて、それでもしっかり気持ちを主張していたあのニンジンは、彼女の性格をよく表していた。ああやって彼にちゃんと自分を伝えて、彼女は彼と両思いの関係を育てていくのだろう。


「いいなぁ……」

今頃……といってもあちらとこちらで時間の関係がどうなっているのかはわからなかったが、とにかくこの週末に二人は彼女の家で、二人っきりで仲良く過ごしているのに違いない。

「場所さえあれば、お菓子作りなら私だって教えてあげられ……ないか」

ノリコは、昔、友人に「あんたの教え方は、感覚的過ぎて、できない素人には意味不明だから」と言われたことがあるのだ。どうやら、"足らないかな?と思ったら少し足す"とか、"このくらいだなと思ったらできあがり"とか、"レシピ通りの材料が手に入らなかったら、家にあるもので適当に"というのはNGらしい。

友人には「それで美味しくでき上がるのは、あんただけだ」と断言された。


「難しいなぁ」

お菓子や料理の加減みたいに、恋愛の加減もわかればいいのに。

ノリコは写真立てを元の位置に戻して、もう一度、思い人の姿を眺め、ため息をついた。




「こんにちは」

いつも通り唐突に現れた帽子の男は、ノリコに睨まれて、目をぱちくりした。

「どーしました?ご機嫌斜めですね?研修でなにか支障がありましたか」

「そういうのではないのだけれど……川畑くんが彼女とイチャイチャしてるのみてるのツラい」

「え?なにやってんだ、あの人」

「え?」

「ノリコさんが心配だって言って人に手配させておいて、そんな……ああっ!」

帽子の男はノリコの顔を見て、あわてて口を押さえた。

「どういうことですか?」

綺麗な微笑みを浮かべて丁寧に問いかけたノリコに、帽子の男は土下座した。


「本物?」

「はい。定義はちょっと難しいですが、ノリコさんがよくご存じの彼本人かという意味でなら、その通りです」

「なんでまた、"そっくりさん"だなんて嘘を?」

帽子の男はちらりと顔をあげた。

「だって、ノリコさん。川畑さんと一緒だったら、絶対頼るでしょう」

ノリコは言葉につまった。今でさえほとんど彼に頼りきりなのだ。相手が本物の川畑だと最初から知っていたら、100パーセント依存していただろうと容易に想像できる。

「それに、ルームメイトが川畑さんだったら、お部屋でずーっと女の子で過ごすでしょう」

「そ、それは、まぁ……そうかも」

好きな人の前では、女の子でいたいのに決まっている。

「それでは、研修にならないでしょう」

「おっしゃる通りです」

床に正座した高さに浮かんでいる帽子の男の正面に、ノリコは正座した。

「ご配慮ありがとうございました」

しゅんとした彼女に、帽子の男は軽く応えた。

「いえいえ、お分かりいただければいいんですよ。ノリコさん、頑張ってらっしゃいますし、期待の新人ですからね。是非とも研修は無事終了していただきたいです」

「あのう……ということは?」

帽子の男は笑顔になった。

「これまで通りお願いします。川畑さんが本物だとノリコさんが知っていることは、川畑さんには内緒で」

「ええっ」

「川畑さんも以前からの知り合いだという素振りも、ノリコさんが実は女の子だと知っている素振りも見せないように頑張ってますから、ノリコさんもこれまで通りただの男の子で通してください」

「そんな……」

帽子の男は人差し指を立てて左右に振った。

「試験官がどこでどう観ているかわかりませんからね。馴れ合いは禁物です」

「……はい」

しょんぼりしたノリコに同情したのか、帽子の男は明るい声で提案した。

「ノリコさん、なにか今、不便だとか、できなくて困ってることとかありますか?私のできる範囲なら、お助けしますよ」

ノリコは正座したまま、上目遣いで帽子の男の顔を見た。

「この世界のものって、あっちの世界に持ち込める?」

「物と量によりますが、できますよ。非生物で手荷物サイズで複雑な電子機器じゃないならまずOKです」

「それじゃあ、夜にまたここに来てくれる?」

「はい。おまかせください。では、また今夜」

帽子の男が消えた部屋で、ノリコはしばらく正座して壁を見詰めていた。

「ぃようしっ!やるぞ!」

ほっぺたをパンッと両手で叩いて、ノリコは立ち上がった。




「すみません、川畑さん。ばれました!」

現れるなり、そう謝った帽子の男の頭に川畑はハイキックを食らわせた。当然、足は彼の半透明な体をすり抜けたので、川畑は何事もなかったかのように、椅子に座った。

「それで?誰に何がばれたって?」

「はい。ノリコさんに、川畑さんが本物だってばれました」

川畑は一声呻いて、片手で顔をおおった。

「川畑さん、これでもう"よく似た子だとは思ってたけど、男の子だから別人だと思ってた"なんて言い訳はできませんよ」

「いや、そんな言い訳はする気なかったけど、そうかぁ、ばれたか……」

「これで、なんだかんだ理由を付けて触ったり、半裸で部屋をうろうろしたりして、男同士だしいいよね?というのはNGですからね」

「ぐっ」

「やってたんですね?」

「やってないつもり……だけど自信がない」

「川畑さん、わりと無造作にセクハラする癖がありますよ。気づいてます?」

「ううう……気を付けます」

「あと、他の女の子にチャラチャラしてるそうですけど、それも全部遡って、川畑さん本人の行動としてカウントされますから」

「あぐっ」

「……そんな事してたんですか?」

「わざとじゃないんだ」

帽子の男は、不信感丸出しの目で川畑を見た。

有罪(ギルティ)

川畑は頭を抱えた。


「とにかく、これまで通りお願いします。川畑さんが本物だとノリコさんが知っていることは、川畑さんには内緒になっていることにしてありますから」

「は?」

「つまり、川畑さんが本物だとノリコさんは知っているけど知らないふりしますから、川畑さんもノリコさんがノリコさんだとは知らないし、ノリコさんに自分が本人だとばれていることも知らないふりしてください」

「これ以上状況を複雑にしないでくれ!」

「だって、川畑さん。ノリコさんとお互いに正体ばらしたら、馴れ合いであれこれするでしょう」

川畑は言葉に詰まった。

「それでは、研修にならないです」

「おっしゃる通りです」

「試験官がどこでどう観ているかわかりませんからね。馴れ合いは禁物です」

「わかった。うまくやる」

帽子の男は、疑わしそうに川畑を見たが、とりあえずそれ以上はなにも言わなかった。

「じゃあ、よろしくお願いしますよ」

帽子の男が消えた部屋で、川畑は「マジかぁ」と呟いた。

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