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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第8章 学校だけが世界のすべてだった日々

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古典的だが極めて効果的な手法

「なんだ、まだ班が決まらんのか。じゃぁ、先生が適当に決めるぞ。そこは5人か。お前、ここに入れ。これで6人。そっちの2人はあの4人と組め。3人?あ、いたいた3人。そこセットな」

「先生、今日、欠席の小柳くんが……」

「欠席者か。おい、そこ。どっちが5人だ?よし、お前ら小柳入れろ」

解決!

思いっきり雑な決め方で、班が最小数になるように割り当てた魔術の教師は、パン!と手を打つと授業を始めた。


班ごとに別れて、テーマを選定しろと言われて、皆、大なり小なり戸惑いながら、机を寄せて向かい合った。

「なんか……気がついたらこのメンバーになってたね」

佐藤は呆然と呟いた。

「何?私達とじゃ嫌だった?」

赤松(ラン)は、ジロリと佐藤を睨んだ。

「いや、そういうわけでは……」

「よろしく。別に良いわよね。先生が勝手に決めちゃったことなんだから」

黒木百合(ユリ)は、早速、議事録の準備をしながら、班員達の顔を見もしないでそう言った。

「よろしくお願いします」

植木は山桜桃(ゆすらうめ)(アン)を見て、にっこり微笑んだ。

「僕は一緒の班になれて嬉しいよ」

山桜桃は赤くなって黙ってうつむいた。

「俺も異論はない。テーマ選定に入ろう。何か提案のあるものは?」

川畑は無愛想に淡々と議事を進行し出した。

植木は川畑の話すスピードに、わずかに照れが混ざっているのを感じて、微笑ましいような、腹のたつような、複雑な気持ちだった。

「(応援したい気持ちはあるけど、やっぱりちょっともやっとするな)」

このそっくりさんが、本物の川畑くんにそっくり過ぎるのが悪い!

ノリコは八つ当たり気味にそんなことを考えた。




授業が終わり、実習室から教室に戻って来たとき、山桜桃はこっそり佐藤に声をかけた。

「昨日、購買でたくさんパン買ってたみたいだけど、ひょっとして、今日もパン?」

「ええっと、その予定だけど……」

「その……渡したいものがあって」

消え入りそうな声で山桜桃はそういうと、結構大きめの包みをサブバックから取り出した。

「よかったら、皆さんで食べて」

佐藤は包みの重さに思わず取り落としそうになった。

「あ、ありがとう」

「それじゃ……」

逃げるように立ち去った山桜桃を、佐藤は呆然と見送った。




昼休み、昨日と同じ倉庫裏で3人は包みを開けた。

「手作り弁当」

「しかも三段重」

圧倒的女子力による胃袋へのダイレクトアタックに、佐藤と植木は絶句した。

川畑は家庭料理っぽいおかずがぎっしりつまったお重に感動して、しばし言葉を失っていたが、両手をあわせて弁当を拝んだ。

「ありがたくいただきます」

箸を手にとっておかずを一口食べた川畑は、しみじみと感慨に耽った。

「旨い。……そうかぁ、これが家庭の味かぁ」

川畑は、単なる"幸せそう"を越えた顔をしていた。

「愛されてるな……お前」

「愛……そうかぁ、これが愛の味かぁ」

これは!!

ノリコは、目前の川畑の様子に衝撃を受けた。

「(さては、川畑くん。日頃、他人の世話をしちゃいすぎるせいで、誰かから世話を焼かれるのにすごく弱いのでは!?)」

こういう時、自宅生はずるい!

ノリコは、男の子の植木の役を完全に忘れて、無性に悔しく思った。


「(いけない、いけない。"僕"は二人を応援するんだった)」

気を取り直した植木に、川畑はお重を差し出した。

「植木と佐藤も食べろよ。旨いぞ」

「いや、それは」

「皆さんでって渡されたのに、俺一人でばくばく食っちゃいかんだろ」

佐藤と植木は顔を見合わせて、遠慮がちに箸を取った。

「あ、美味しい」

「な、旨いだろ。こう、なんか食堂メニューともレストランメニューとも違う感じが良いよな」

煮物や和え物などの地味なおかずが多かったが、ちゃんと冷めても美味しく、食べごたえのある品揃えだった。

「根菜に味がよくしみてる。あー、こっちはゴマがいい風味だなぁ」

植木は、自分だったらつい自分の趣味で、見た目を可愛らしくし過ぎたり、洋風に走り過ぎたりしそうと思った。そういう意味では、山桜桃の弁当は、完全に川畑のニーズにフィットしているように思われた。

「(そういえば、野菜を型で抜いたり、ウインナーを飾り切りにするのって、幼稚園の子供向けのお弁当の発想だよね)」

反省しつつ、筑前煮を食べていた植木だったが、こんにゃくとゴボウとレンコンの下に隠れていたニンジンを見て箸が止まった。

「川畑くん。このニンジン食べて」

「なんだ。植木はニンジン嫌いか?」

「嫌いじゃないけど、これは食べられない」

そのニンジンは、1つだけ丁寧にハート型にされていた。


これだけの種類のおかずを作ろうと思ったら、明らかに昨日買い物に行って、前夜から仕込んだ上で、早朝から作っている。

「昨日の昼に、佐藤がパン買ってるの見ただけで、これだけしてくれたって、すごいなぁ……あ、このおにぎり、梅干しだ」

思わず、という感じで目を閉じた川畑に、佐藤は尋ねた。

「酸っぱいの苦手?」

「いや、好みの塩加減の梅干おにぎりって、久々に食べるとああこれだ!って感動するな。うめぇ。こっちは……昆布だ。小さいおにぎりって、1個は食いでがないけど、色々いっぱいあると、次々楽しめていいな」

川畑は自分が作ったときの半分サイズぐらいのおにぎりを、しみじみと眺めた。

「そうかぁ、杏は手が小さいから、おにぎりがこのサイズなんだな」

川畑は、あの手が1個1個これを握ってくれたのかと、彼女の手を思い出した。指先の細い、女の子らしい小さな手だった。

彼はうっかり彼女の手の感触を思い出して、一瞬動揺した。

「どうしたの?」

よりによってノリコに見咎められて、川畑はさらに焦った。

「別に……なんでもない」

「そお?」

見つめられて、川畑は少しだけ白状した。

「あー、ちょっと、先週末彼女の家に行ったときのことを思い出して」

「家に行ったの!?」

「こいつ、お菓子作り教えてもらうとかなんとか理由でっち上げて、彼女のうちに行ってるんだよ。意外に手が早いというかなんというか」

「こら、人聞きの悪い言い方をするな。俺は本当にちゃんとケーキを作りに行ったんだ。かなり上手に焼けて美味しかったぞ」

なぜか自慢そうに川畑は胸を張った。

「あそこんちのキッチン、広くて色々揃ってて使いやすかったなぁ。二人並んで立てるんだ。良いよなああいうの」

「ふぅーん……」

日曜日に、女の子の家のキッチンで並んで、仲良くケーキを作ったんですか。そうですか。それは美味しかったでしょうね。

浮かんだ気持ちを一言も漏らさずに、ノリコは微笑んだ。


何を間違えたのかはわからないが、不穏な気配を感じて、川畑はとりあえずおにぎりを植木にすすめてみた。

「シャケもあるよ。食べる?」

「いい。僕もうお腹いっぱい」

「そうか……じゃぁ、早いところ食べちゃおう」

川畑と佐藤は、ニコニコしている植木の横で、黙ってお弁当の残りを食べた。

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