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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第8章 学校だけが世界のすべてだった日々

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後ろ楯

カレンにそそのかされて、双子の茅間兄弟は、Sプロのリーダーである海棠(かいどう)蘇芳(スオウ)に話を持ち込んだ。


「なるほど…」

スオウは、そのすらりとした長い脚を優雅に組んだ。

「スオウ、どうするつもりだ?」

スオウの右腕である冬青(とよご)(シュウ)は、トレードマークである銀縁眼鏡を中指で押し上げた。

見た目通りお堅いインテリの彼は、日頃は、双子のヨウとミキが騒ぐのを口うるさく説教する係だ。しかし、今回は単に双子の問題ではなく、彼の親友であるスオウ自身にも絡んだ無礼者関連の話だった。報道部の嘘報道で"やっかみから市井の小さな恋を権力で引き裂く悪の組織"呼ばわりされて、Sプロの名誉も傷つけられている。

「制裁を下すなら、プランを立てるぞ」

シュウは、静かに何事か考えている様子のスオウに話を向けた。

「さっすがシュウ先輩、話が早い」

「ひゅー、ひゅー。インテリ眼鏡悪賢カッコいー!」

「お前ら!またそんな態度で……」

あっという間に堪忍袋の緒が切れかけたシュウを、スオウが止めた。

「まぁ待て、シュウ」

スオウは男らしく整った顔に、いたずらっぽい笑みを浮かべた。

「Sプロとして動くなら、スペシャルにエンターテイメントなプロジェクトとして立案しなければダメだろう。我々は本校生徒諸君に大いなる娯楽を提供するのが使命だ」

「スオウ、学生主導型自主企画実行委員会の目的は、生徒の自主性を尊重し、企画運営の経験から計画性と実行力を育み、組織的に行動する機会を通じて協調精神を学ぶとかなんとかいうもので、エンターテイメント主眼ではないぞ」

冷静にツッコミを入れた眼鏡男をスオウは笑い飛ばした。

「それでも、"楽しくなければSプロではない"。そうだろう?」

カリスマSプロリーダーは、日頃から掲げているスローガンを繰り返した。

「ちょうどいい機会だ。ミキ、ヨウ。お前達、プロジェクトを立案しろ」

「ええっ!?」

「俺達3年は後期には引退する。秋の学祭準備が本格的に始まる前に、2年のお前ら主導で突発小企画成功させてみろ」

「そんな!」

「なあに、大丈夫。俺達がちゃんとサポートはしてやる。なぁ、シュウ」

「スオウがそういうなら、仕方がない。俺も付き合ってやる。ミキ、ヨウ。とりあえず原案作って出せ。期限は明日でいいな」

「急に明日なんて言われてもムリだよ!」

「それなら明後日だ」

「突発企画は話題性と鮮度が命だぞ。校内のニーズと嗜好を読んでド派手にぶちかませ」

スオウは男でもはっとするような魅力的で自信に溢れた笑みを浮かべて、プロジェクトの立案を双子に命じた。




「寮にいる間は勧誘行動は禁止したから安心しろ」

風紀委員長で寮長の御形(ごぎょう)伊吹(イブキ)は、氷の入ったアイスティのグラスをカラカラいわせながら、保証した。

「違反者は俺が直々に厳罰を下すことになっている」

この恐い男の抑止力は相当らしく、彼がその旨を寮の掲示板に出したとたんに、植木と川畑へのしつこい勧誘は、寮内では収まった。

「部屋に押し掛けてくる奴がほぼいなくなったのは、ありがたいです」

「ありがとうございます」

川畑と植木は頭を下げた。のべつまくなしの訪問攻勢には、参っていたのだ。


「ところで、伊吹先輩。何だかんだで毎日来てますね。そんなにお茶が気に入ってるんですか?」

御形は悪びれもせずに笑った。

「いいじゃないか。旨いんだよ、お前の煎れた茶」

「まぁ、警備員立寄り所の札より効果はありそうですけど」

川畑は御形のグラスにおかわりを注いだ。


その時、ノックの音がした。

「はい」

川畑が戸を開けると、多分3年生の見知らぬゴツイ男達が並んでいた。

「おお、貴様が川畑か」

「たしかに見所がありそうだ」

「ぜひ我々と……げっ!御形!?」

「何でここに?」

鬼寮長は険しい形相で、違反者どもを睨み付けた。

「ひぃいっ」

バタバタ走り去る足音を聞きながら、植木はほっとした。

「すごいんですね。イブキ先輩」

植木に尊敬の眼差しで見つめられて、御形はまんざらでもない顔をした。

「何かあったらいつでも相談に来い。ただし、俺はお前をひいきしているわけじゃないからな。お前が違反したら容赦なくとっちめるから、騒ぎを起こすなよ、転校生」

「はい」

真剣な顔で良い返事をした植木に一つうなずくと、御形は川畑の肩を叩いた。

「んじゃ、さっきの奴らに言いきかせに行ってくる」

「いってらっしゃいませ」

「また、気が向いたら来るから」

「いつでもお越しください」

「……二人っきりだと思って、あいつを襲っちゃいかんぞ」

「誰がやるか!バカ野郎!!さっさと行きゃあがれ!」

川畑は御形を部屋から蹴り出した。

御形は笑いながら悠々と廊下を去っていった。




「川畑くん、お世話になってる先輩にああいう態度はダメだよ」

「俺はああいう冗談は好かん」

川畑は仏頂面でグラスを片付けた。

「それに伊吹先輩は、どうも俺にタメ口をきいてもらいたがっている節がある。だんだん変なちょっかいをかけてくるようになった」

「気に入られてるんだね」

「いい人なんだがなぁ」

川畑は片付けたテーブルにノートパソコンを置いた。


「それで、部活はどうする?」

「こういう状況だと迂闊に見学も行けないか……何か比較的冷静な口コミ情報ってある?」

「そうだな。この人のサイトはかなりためになるぞ」

川畑は手慣れた操作でどこかのサイトを表示した。

「今、何か最初に数字がいっぱい表示されてたのは何?」

「ウェルカムクイズだよ。このサイトの管理人のインテグラさんって、サービス精神あってさ。アクセスすると毎回ランダムでクイズ出してくれるんだ。ほどよい難易度の良問を色々パターンを変えて出題してくれるんで、面白いよ」

それはサービスではなくて、閲覧者の選別用ではないかな?と植木はほんのり思った。

「(こういう感覚がどこか変なところまでそっくりなの面白いなぁ)」

植木は川畑が表示を出してくれた画面に目を通した。

「へぇ、活動実績とかかなり詳しいね。意外に好成績出してる部活多いんだ」

「植木はどれくらい真剣にやりたいんだ?」

「全国大会を目指して毎日猛特訓は避けたいかな?かといってあまり実態のないところは入っても仕方がないし。チーム戦のところは今から入部して和を乱すのも申し訳ないから難しいよね」

「個人競技というと、水泳とか陸上か」

「あまり体型の出るのはちょっと」

そういえば男子更衣室自体がNGか、と川畑は察した。

「俺も運動系よりは文科系がいいな」

汗臭い男子運動部の更衣室にノリコを入れるのは無しだと判断した川畑は、文科系の部活一覧を表示した。

「吹奏楽とは別にオーケストラ部があるのか。同好会に軽音もあったよな」

「川畑くん、楽器得意なの?」

「鍵盤ものを少しかじった程度。この辺りの部に高2で参加できるレベルじゃない。美術や文芸はもっとだめだけどな」

「楽譜が読めるなら合唱は?川畑くん、とっても良い声してるから」

「それほど人前で歌う気にならないな。あと、合唱の時に並ぶと俺一人だけ背が高くて変になるんだ」

「ああー」

川畑はなにやら苦い実体験があるような顔をした。植木は音楽系から話を変えた。

「ディベート部なんていうのもあるよ」

「二人で論戦の腕磨く?」

二人はお互いに、せっかく一緒に部活動ができる機会で、それはしなくていいと結論付けた。


「もうちょっと楽しい感じの部がなにかないかな」

「鉄道研究会と模型部は植木興味ないだろ」

「数学部とスーパーサイエンス部?は、川畑くんのレベルについていけなさそう」

「しかし、むやみにいっぱいあるな。マジックやジャグリングあたりはまだしも、バンブーダンス同好会ってニッチ過ぎるだろ」

「運動部で社交ダンスとブレイクダンスは別にあったよ」

「さすが一学年の人数が多い中高一貫マンモス校としか言いようがない」

選択肢が多過ぎて、話はさっぱりまとまらなかった。


「ここのロックを外すと各部の不祥事履歴が出てくるぞ」

なぜロックが外せるのかは聞かずに、植木はそのページを読んだ。

「"検挙はされていないが慣習的に行われている。要体制改善"とか、"この件は実際はやむを得ぬ事情があり情状酌量の余地あり"って、何でこの人こんなに各部の内部事情に詳しいんだろう」

「すごいだろう、インテグラさん。3年生の誰かだと思うんだけど、収集されれている情報が広範すぎて、誰だか特定できない」

「このあたりのコラムとか、辛口だけど読ませる文章書く人だなぁ」

「だろう?一度会って話がしてみたい」

「川畑くんと話が合いそう」

植木はメニューに並んだコンテンツを見ながら、この人も川畑ほどではないが、ちょっと変わった趣味の人だと思った。


「(私は、そこまで川畑くんの趣味についていける訳じゃないんだけど……)」

それでも、二人でこうして、これから一緒に過ごす時間についてあれこれ相談しながら、ゆっくりできるのは嬉しいな。

ノリコは、相手が本物だとか偽物だとかはとりあえずぶん投げて、こっそり今の時間を楽しんだ。

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