カレン ザ お嬢様
植木実が可愛いだけではなく、勉強はもちろん運動もできるスーパールーキーであることが判明して、部活勧誘合戦はさらに熱を帯びた。
報道部の転校生紹介特集は、橘による脚色てんこ盛りの記事と、カメラマン木村渾身のアイドルグラビア風写真満載で、異例の閲覧カウントを稼ぎ出した。
「報道部め、今度見つけたらただではすまさん」
「川畑、怖い。なんか黒いオーラ出てるぞ、お前」
体育倉庫裏で、佐藤は購買のパンの袋を川畑に差し出した。
「すまんな。こんなことさせて」
「ごめんなさい。佐藤さん」
「いいって。この状況じゃお前ら食堂も購買もいけないもんな」
昼休みや放課後には、部活勧誘の奴らが群がるので、植木と川畑はゆっくり昼食を食べることもできない有り様だった。
「なんかもう部活の勧誘じゃない奴も混ざってるしな」
「そうだね」
植木と佐藤はしみじみうなずいた。
「昨日の"お嬢様"は強烈だった」
「2Aのカレンちゃんかー」
「あれはびっくりしました」
植木はサンドイッチを食べながら、遠い目をした。
食堂で昼食のトレイを持って空いた席を探していた植木のところに、彼女はやって来た。
「あなたが転校生ね。ふーん、まぁまぁってところじゃない。そうね。私のファンクラブの会員にしてあげてもいいわ。今日から昼食は私達のテーブルに来なさい」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった植木は目を瞬いた。
「ええっと、すみません。どういうお話だかよくわからなかったのですが?」
「あら、あまりの幸運が信じられない?とにかくこの私がわざわざ誘いに来て上げたんだから、さっさと来なさい」
マンガみたいなピンク色のくるくるした髪をツインテールにした彼女は、ツンとすまして、踵を返した。
「あの、ごめんなさい。僕、友達があっちで席を取ってくれたから」
植木はあわてて彼女に声をかけたが、彼女は振り向かずに行ってしまった。
「なんか飯食ってたら、取り巻きぞろぞろ連れて突然やって来て、"無礼者!"だもんな」
川畑は久々の焼きそばパンを堪能しながら、植木にコーヒー牛乳を渡した。
「ありがとう。……やっぱり、誘われたのに断ったの、悪かったのかな」
「植木くん、誘われたのに全部OKしていたら体がいくつあっても足りないよ」
「でも、彼女すごく怒ってたし、あのあとどこだかに来いって言われたのも行かなかったのは、まずかったかなって」
取り巻きと一緒にやって来たカレンは、"彼女のテーブル"にやって来なかった植木をなじり、「今日中に謝罪の気持ちをちゃんと形にして来たら、考え直してあげてもいいわ!」といい放った。
植木はその場で、申し訳ないけれど、昼食は友人と食べるし、知らない子のファンクラブには入らないとの旨を丁寧に伝えたのだが、彼女の耳には全く入っていないような感じだった。
「あんなものいちいち取り合ってられないだろう。あの女いつもああなのか?」
「カレンちゃんは、お金持ちの家のお嬢様らしいよ。あの通り可愛いから、ファンも多くてさ。結構、有名」
「可愛いか?全然可愛いげはなかったぞ」
川畑はあんぱんを牛乳で流し込んだ。
「俺、地団駄踏む奴、初めて見た。機嫌が悪いと足を踏み鳴らすって、ストレスの溜まったウサギか」
植木に害を及ぼしそうな相手に、川畑は辛辣だった。
「子ウサギちゃんって呼ばれているのは聞いたことあるけど、多分そういう理由じゃないと思うな」
佐藤はクリームパンをかじりながら苦笑した。
植木は食べようとしていたミルクデニッシュを川畑に差し出した。
「川畑くん、パン3つじゃ足りなくない?これも食べる?」
「あ、それじゃあ一口もらう」
川畑はちょっとかがんで、差し出されたデニッシュをかじった。
「うまいな。明日、これ買おう。佐藤、明日は俺が購買に行くから、植木とここで待っていてくれ」
「川畑も勧誘のマーク激しいだろ。大丈夫か?」
「俺一人ならあの程度の追っ手はまける」
「スパイものみたいなコメントだな」
川畑と佐藤が他愛のない会話をしている隣で、植木は川畑のかじったあとが丸くついたミルクデニッシュを手に激しく葛藤していた。
「(これって間接キス?でも男同士だから普通のことでノーカウント?彼はそっくりだけど本物の川畑くんじゃなくて、私も本当の体じゃないから、えーと……)」
植木はノリコとしての焦悩を、全部ぶん投げる結論を出した。
「川畑くん、気に入ったなら全部食べていいよ」
「いいのか?無理に譲らなくていいぞ」
「僕、サンドイッチで足りたから」
川畑は、偽体の維持には食事は関係なかったことを思い出して、そういうものかと納得した。実は彼自身もその気になれば代謝系はどうとでもごまかせるので、食べても食べなくてもよかったのだが、せっかくノリコがくれたものなので、ありがたくいただいた。
川畑は横着して、飲みかけの牛乳パックとゴミ袋を持ったまま、差し出されたパンの残りに食いついた。川畑が受け取ってくれないので、植木はやむを得ず、彼が食べやすいようにパンをささえ続けた。
「(飼育員と大型動物)」
佐藤は豆乳を飲みながら、なんとなくそう思った。
「なんなの!?もー、なんなのよう!」
カレンは足をトントンと踏み鳴らした。
報道部のページには、"王子様、勘違い女を一蹴"と見出しが踊っていた。写真のカレンは、許しがたいほど不細工に写っており、どう見ても悪役である。
「ひどーい。カレン、なんにも悪くないのにぃ。ねぇ、葵ちゃんもそう思うでしょ?」
「ええ、そうね」
カレンの隣の大人しそうな少女は、同意を求められて静かにうなずいた。カレンはこのなんでも賛成してくれるお人形のようなお友達が大好きだった。
「もー、許せなーい。どうしたらいいと思う?葵ちゃん」
「カレンちゃんはどうしたいの?」
日本人形のような綺麗な少女は、小首を傾げてカレンに尋ねた。彼女はいつもそうやってカレンの意見を聴いてくれるので、カレンは彼女と話すといいアイディアが浮かぶのだ。
「思いっきりひどい目にあわせてやりたい!泣いて後悔して二度と私に生意気なこと言わないって誓わせたい」
カレンは鼻息荒く言い切った。
「そしたら下僕ぐらいにはしてあげてもいいわ」
カレンの崇拝者達はそっと目配せしあってうなずいた。
「でも、大丈夫?」
葵はそんなカレン達を心配そうに眺めた。
「この転校生には、なんだか強そうな人が側についているんでしょう?」
カレンは見るだけで腹のたつ写真をもう一度見た。そういわれればたしかに、転校生の隣にうすらでかい男子生徒がいる。
「カレンちゃんやお友達の皆さんだけでは、危ない目に会わないか、私、心配だわ」
「うーん。そうだわ!こちらにもっと強力な味方がいればいいのよ!」
「お兄様方みたいな?」
「そうよ!Sプロのお兄ちゃん達は最強だもの!!それに絶対カレンの味方をしてくれるわ!」
カレンは目をキラキラさせて、自分のアイディアの素晴らしさにうっとりした。
報道部や一部の生徒は、転校生のことを"王子様"なんて持ち上げているが、所詮はぽっと出の大したことのないお子様だ。本当に格好いい美形揃いのSプロ最高幹部の先輩とは比べものにもならない。それにカレンは最近、Sプロの特別室にも出入りが許されるほど彼らには気に入られているのだ。
本物の正義の王様と騎士団が、大事なお姫様のカレンのために、偽物の王子もどきをやっつけてくれるイメージを思い浮かべて、カレンはほくそえんだ。
「カレンちゃん。茅間兄弟に相談するつもりなら、ちょうど今、戻ってきたところよ。今、声をかけるの?」
「もちろんそのつもりよ!」
カレンは意気揚々と、同じクラスの双子の兄弟に話をしに行った。




