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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第8章 学校だけが世界のすべてだった日々

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再認識

川畑は、愛だの恋だの苦手分野を考えるのをひとまず止めた。

「(彼は、クラスメイトでルームメイトの植木くん。よし、OK)」

諸々をきれいに棚上げして、彼はすっきりと朝を迎えた。


割りきってしまえば、やらなければならないことはシンプルなので、楽だった。要するに面倒見ることを頼まれているのだから、世話をすればいいのだ。

川畑は、寮生活に不馴れな植木のために、あれこれレクチャーし、必要そうな関係者に紹介し、過剰に群がる野次馬を牽制し、彼が新生活のタイムテーブルに従って円滑に行動できるようにサポートした。


「何から何までしてもらっちゃってごめん。ありがとう」

「別に気にすることはないぞ。大したことはしていない」

忙しくてわがままな王侯貴族相手の侍従職を務めるのに比べれば、学生の朝の支度なんて、多少手伝ったところでどうということもなかった。


「ネクタイぐらいは一人で締められるようになります」

遠慮しているのかうつむき気味な植木の顎を軽く親指で上げて、川畑は少しかがんでネクタイの加減を確認した。

「こんなもんかな。また後でゆっくり手順教えてやる」

「はい……お願いします」

目をそらせて、返事もそこそこに、逃げるようにカバンを取りに行ってしまった植木の態度に、川畑はちょっとへこんだ。しかし、些細なことで一喜一憂するのはやめようと心に誓って、自分も荷物を持って、部屋の戸締まりを確認した。

川畑は、自分の"面倒をみる"の判断基準がいささか世間とずれているのに気づかないまま、植木と登校した。



「えっ?同室なの?」

佐藤は、口をきくのがおそれ多いようなキラキラの転校生と、自分の地味仲間を見比べた。

「はい」

「じゃぁ、おはようからお休みまで、ずーっと一緒?」

「はい!」

嬉しそうにニコニコ笑顔を振り撒いている転校生の眩しさに、佐藤は目をやられるかと思った。

「川畑、寮でもあの調子?」

「……はい」

声を潜めた佐藤は、転校生がなにかを思い出した様子でちょっともじもじしたのに頭痛を覚えた。友人はとてつもない過保護大魔王と化しているらしい。


「デカいのがずっと側にいると鬱陶しくない?」

「佐藤が俺のことをそういう風に思っているとは知らなかった」

日直の日誌を取りに行っていた川畑は、日誌で佐藤の頭を軽く小突いた。

「いやいや我が親友殿を鬱陶しいだなんで思うわけないじゃないですか。時々、なに喰ってこんなに無駄にうすらでかくなりやがったんだ?とは思うけど……冗談です。思ってません。わー、川畑くん、背が高くてカッコいーなー」

「やめんか。鬱陶しい」

「君がそんな風に思っていたなんて、知らなか……すみません。死んでしまうので絞めないでください」

佐藤は首もとに回った太い腕をぺしぺし叩いて抗議した。

「仲いいね。羨ましいな」

「羨ましいなら代わって……ぐえ」

川畑にがっちりホールドされて、ギブギブと言いながらじたばたする佐藤を、植木は本気で羨ましそうに見た。


「なんかちょっとそういうの憧れる」

「植木にこういうことはしない」

「断固抗議して待遇格差の改善を要求する」

「うん。僕も佐藤さんみたいにしてほしい」

「えっ?そっち?植木くん変わってるなぁ。というか、無理でしょ。植木くんって粗雑な扱いをしちゃいけない感じがする」

植木は不満そうに可愛らしくむくれた。

「僕、男なんだし、あんまりそういうの気にしないで欲しいな」

佐藤と川畑は顔を見合わせた。


「えーと、それなら……替わる?」

佐藤は席をたって、困惑気味の川畑を代わりに座らせると、植木を手招きした。呼ばれるままにそちらにいった植木を、佐藤は川畑の上に座らせた。川畑の腕を植木の首に回したところで、佐藤はレフェリーのように「ファイッ」と掛け声をかけた。

「佐藤…バカだろう、お前」

川畑は仕方がないので、とりあえず植木をぎゅうぎゅう抱きしめながら、あきれて友人に文句を言った。

「別に植木もこんなことしたいわけでは……」

「あ、まずい。お前、それ、植木くん息できてないぞ」

川畑の腕で鼻と口をふさがれる格好になっていた植木は、真っ赤になって弱々しくもがいていた。

「わ!すまん。大丈夫か」

あわてて腕を緩めた川畑は、涙目で息を荒くした植木を、背後から覗き込みながら謝った。植木はよほど苦しかったのか息も絶え絶えで、真っ赤な顔のまま、ろくに返事もできずに口をパクパクさせていた。

「(やっておいてなんだけど、絵面が酷いな)」

佐藤は二人を見てクラスの女子が一部ざわついているのに気づいて、申し訳なく思った。




「男子は何をまたバカなことやってるの?」

購買に消しゴムを買いに行っていた赤松(ラン)は、友人達に声をかけた。

「ベアハッグから抜けられるかマッチらしいです」

「なにそれ?」

ランは、あらためて騒いでいる奴らの真ん中を見た。なるほど、たしかに絞め技を食らっている奴がじたばたもがいている。

「アンの彼氏、熊?」

「……違います」

山桜桃(ゆすらうめ)(アン)は小さな声で抗議した。川畑はもちろん熊ではないし、強調したくはないがもう彼女の彼氏でもない。

「あ、梅田もギブアップか」

黒木百合(ユリ)はクールに呟いた。彼女は、切れ長の目をした美人顔なので、そういう切って捨てるような口調がよく似合う。

そのなんとかマッチは、どうやらあの辺りに居る男子が順番にチャレンジしているらしい。次のチャレンジャーが絞められて暴れ出したが、絞めている側は、びくともしていない。

「竹本も全然じゃん。やるね、あいつ」

「なんか背が高いのが居るなくらいの印象しかなかったけど、あいつ単に大きいだけじゃなくて力あるね。今のところ他の男子全敗だよ」

「情けないなぁ……。でも、アンとしては、嬉しいか。惚れ直した?」

「……そういうこと言われても困ります」

彼女は小柄な体をさらに縮めた。

おおざっぱな性格のランは、ニシシと笑いながら、内気な友人をつついていたが、ふと男子達の方を見て、顔をしかめた。

「わ、杉が絡みにいった。面倒くさ」

(レン)太郎は生徒会も務める優秀な奴だが、正義感か強過ぎて物言いがきついのだ。

「あれ?杉もチャレンジするのか」

「あいつなんだかんだ言って負けず嫌いだから……」

「なんかすごい顔して頑張ってる」

杉は顔を真っ赤にして「うおお」だの「ふぐぉお」だの謎の雄叫びをあげながら、脚ばかりをじたばたさせていた。

「相変わらず、暑苦しい」

「すごい汗。これは川畑に同情する……あ、離した」

陸に打ち上げられた魚のようにのたうち回っていた杉は、急に手を離されて床に落っこちた。川畑はなにやらおざなりに謝罪していたようだが、杉はパッと立ち上がって、高らかに勝利宣言をした。

「あいつ、つええな……心臓が」

ランの言葉にユリも同意した。




「だいたい、最初からホールドされた状態からでは不公平だ!君も立ちたまえ!」

杉は川畑に指を突きつけた。

川畑は正直、もう勘弁してほしかったが、仕方がないので席を立った。

「そら、後ろの机のないところに行くぞ。さぁ、構えろ!」

「何をすればいいんだ?」

「勝負だ!相手を取り押さえた方が勝ちだ」

「ああ、そういうルールなら……」

「行くぞ!」

有無を言わさず飛びかかってきたクラスメイトを、川畑はとりあえず転がして、上から押さえた。

「な!は?貴様、今、何をした!?」

「取り押さえたから、勝負終わりでいいか」

「いいわけあるか!まだ俺は負けたわけではないぞ!ふぐっ、くそぉっ……重いっ」

「あ、すまん。そんなに体重かけたつもりじゃなかったんだが」

川畑はちょっと膝を浮かせた。

「ふっ、油断したな。今だ!……おおっ?あれ?動けん」

「力はいれてないけど、この体勢だと動けないと思うぞ」

「魔術か?授業外での教室での使用は禁止だぞ!」

「いや、魔法は使ってない」

「川畑、お前、柔道かなんかやってたの?」

周りのクラスメイトに尋ねられて、川畑は「そういうのは習ってない」と答えた。

「ただ、昔、知り合いのじいさんに護身術を習ったことがあるだけだ」

「なんかカンフーキッズみたいな話だな」

「じいさんの我流らしいから、カンフーじゃないぞ」

「怪しすぎて、笑う」

「一子相伝の拳法を伝授してくれる近所のじいさんとか、俺も欲しかった」

「数日習っただけだから、別に免許皆伝とかされてないぞ」

「でも、かっこいいなー。川畑くん」

植木は目をキラキラさせながら、川畑を褒め称えた。

「体格差だ!これだけ基本の体格に差があれば、押さえつけられて動ける訳がないだろう」

いまだに悪戦苦闘していた杉は、往生際の悪い文句を言った。

「別にそういうわけでもないぞ。この状態なら植木でも抑えられる」

川畑は植木を手招きした。

「ええっ、さすがに無理じゃない?」

それでも教えられるままに、植木は膝や手を置いて、杉を取り押さえた。

「これでいいの?」

「そうそう。杉、動いてみてくれ」

川畑は少し離れてそう促した。

「バカにするな。さすがに植木実には……おお?」

「あ、すごいね。僕でもできた」

華奢な植木に取り押さえられた杉を見て、ギャラリーはわいた。

「いやいや、杉、それはないだろう」

「わざとやってないか」

「お前、楽しんでるだろう」

「誰がこんなことを楽しむか!」

「植木、もう降りてやれ。杉、すまなかったな。実験台にして」

川畑は植木の手をとって、杉の上から降ろしてやると、杉の両脇を抱えて立ち上がらせた。

「まぁ、そういうわけで魔法でもなんでもなくて、ちょっとした護身術だから、力とか関係ないんだ。植木、良ければ教えてやろうか」

「はい!お願いします!」

「それなら俺も教えて欲しいな」

「俺も俺も」

名乗りを上げたクラスメイトに、川畑は、それなら放課後にといいかけて、はたとあることに気づいた。

「お前ら、部活あるよな。放課後に時間ないだろ」

「ああ。そうだけど。お前は部活ないのか?」

「俺はどこにも入っていないから」

「はあっ!?」

「勿体なっ!何で?」

「別に特に興味なかったし、誘われもしなかったから」

「ちょっ!?ええ?一年生の時に部活紹介とか勧誘とかあっただろ?」

「俺は今年転入したから」

そうだった!とクラスメイト達は今さらながら、川畑が転校生だったことを思い出した。新学期2日目という変な時期に転入してきた彼は、全然、転校生という印象がなかった。もっと言うなら、その特徴的な体格にも関わらずとても印象が薄かったので、これまでほとんど話したこともなく、ろくに名前も覚えていなかったほどなので、彼が部活をやっているのかどうか、誰も関心を持っていなかった。

もちろん、その不自然な無関心は翻訳さんの印象操作のせいだった。しかし、植木実という嫌でも目を引く存在と一緒にいることで、視界に入って認識されるようになってしまえば、さすがにそこまでの無関心は維持できなかった。


「川畑くん、部活やってないの?」

「ああ、ここでは勉強に専念しようと思って」

「じゃぁ、僕もそうしようかな」

もったいない!とその場にいたほぼ全員が思った。

「別に植木は無理に俺に合わせる必要はないぞ。せっかくの機会だ。やりたいことがあれば、やっておくといい」

「うーん。それなら、川畑くんも一緒に部活に入ろうよ。ね?」

今、1つ勧誘すると、もう1つが自動的に付いてくる!?

そこにいるだけで眼福なマスコットと、即戦力間違いなしの男のセット販売に、運動部は色めきだち、弱小文化部も2名増員の可能性にざわついた。そして、男子部員が少ない部の女子達も、麗しの王子様と力仕事を一手に引き受けてくれそうなお付きのセットは、喉から手が出るほど欲しかった。


こうして、転校生の部活勧誘合戦の火蓋が切っておとされた。

あいもかわらず、ろくでもない進行ですが

今後ともよろしくお願いいたします。

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