それは知りたくなかった
「女が他の女の子を奨めてくる時は、ちょっかいだしてくる男を厄介払いしたがっている時だ」
ジャックは、身も蓋もないことをズバリと言い切った。
「そして、遠くで貴方を想っているわ……という女は、実際に近くで構ってやろうとすると、嫌な顔をする」
川畑は畳に突っ伏した。
「そういう言葉をストレートに受け取ると、痛い目見るから注意しろよ」
「経験者の言葉が重い……」
消灯時間も過ぎて、ノリコがスリーブモードに入った頃を見計らって、川畑はこっちの部屋に戻ってきていた。浮かない顔の彼から事情を聞き出したジャックは、経験豊富な大人の立場からアドバイスをした。
「だいたいお前は、グダグダ迷いすぎだ。そんなもん自分が今、目の前の相手を好きかどうかだろう?この先とか何年後とか考えるなよ」
星から星の運送業で、同じところに留まる生活をしてこなかったジャックは、非常に刹那的な恋愛感覚の持ち主だった。
「それより、せっかくこっちにこれたなら、風呂に湯をはってくれ。お前が居るなら湯船に浸かりたい」
川畑は風呂場で風呂桶に魔力で湯を出しながら、折れた心を立て直して、反論した。
「俺は、生涯の伴侶って関係が理想なんだ」
「重てぇ!お前の生涯っていつまでだよ。絶対、無理だろ」
「う……」
「お前日頃からさぁ。異種族はダメだの、異世界人は対象外だの、体組織が人間と違うと嫌だの、色々ワガママ言ってるが、そんな事いったら、お前の同族なんてダーリングさんぐらいなんだろ?」
「うぐっ」
川畑の繊細な心は粉砕された。
「根本的に自分がオンリーワンなんだから、相手を種族でふるい分けるな。"人間じゃない"で悩むな。"俺と違う"で退けるな」
ジャックは湯に浸かりながら、新しいタオルを持ってきた川畑に向かって、指先で湯を弾いた。
「俺なんか、ちょっと可愛いなと思ったら誰でもアタックするぞ」
「ジャック、それは俺には無理だ」
川畑はかけられたしぶきを、魔力に再変換して消して、棚にタオルを置いた。
「じゃあ、お前は変に悩まずに嫁を大事にしてろよ」
「俺の嫁だった記憶がなくなってるノリコに他の女の子奨められたから悩んでるんだよ!」
「知るか!お前、あんだけべったり惚れてたんだろう。だったらそのまんまもう一度押し倒せ」
「できるわけないだろう。相手は今は男だぞ」
風呂からあがったジャックに、川畑はタオルを投げつけた。
「難儀な話だな」
ジャックは投げつけられたタオルで頭を拭いた。
冷蔵庫の中身を物色しながら、ジャックは、「そういえば」と切り出した。
「昔、知り合いの宇宙船乗りに、幼なじみ同士で両思いだったけど、気が合いすぎて二人とも男に分化しちゃった奴らがいたんだが、そいつらは男同士でも気にしないことにしたっていってたぞ」
「そういう特殊な事例を言われても……男に分化って?」
ジャックが取り出したビールを取り上げて冷蔵庫に戻しながら、川畑は戯れ言として聞き流すには、気になる表現があったので尋ねた。
「性分化。ほら思春期に性別が確定するやつ」
「んんん?性別が未分化ってどういう状態なんだ?」
「なにいってんだ。ブルーロータスでお前や嫁と一緒にいた子は、あの頃は未分化だっただろ」
「えっ?」
「この前、近況の連絡くれたんだけど、ちょっと見ない間にすっかり女性型に分化して、美人になってたぞ」
「待った!基本的な知識に齟齬がある。お前の世界の人類って、生まれてから思春期まで、性別確定してないのか?」
ジャックは不思議そうに首をかしげた。
「そりゃそうだろう。動物じゃあるまいし」
「なんてこった。男女差がわりと類型的なのに、ジェンダーの意識が低い社会だと思ったら、そういうことか」
川畑は、ダーリングやエザキが女性に育っていた可能性を考えてゾッとした。
ジャックにレモネードを渡しながら、川畑は恐る恐る訊いてみた。
「ジャックも子供の頃は中性だったのか?」
「いや、俺は培養槽からロールアウトされたときには分化済みだったらしいんで、最初っから男。未分化時代の記憶はない」
ジャックは、グラスを受け取って、重たい過去を軽く語った。
「あ、でもこの前、ゲートキーパーだっけ?あの変なやつに、身体改造されたからな。厳密には体に関しては中性?というか両性?なのかな今は」
「あん?どういう意味だ?」
「好きになった相手が男だったら、孕めるらしいぞ」
「ぶっ!」
「本気になった相手に、生殖能力がなかったり、産む機能がない場合、俺の方が産めるように体が変化するって言われた。たしかにそれなら異種族対応もパーフェクトだけど無茶苦茶だよな。普通の綺麗なおねーちゃんが好みだから、そんなことする予定はないけど」
ジャックは、空いたグラスを川畑に返しながら、キテレツな現在も軽く語った。
「昔、世話になった整備士がさ。"俺は若い清純派が好き!"って力説してたのに、一度お店にいったらプロのお姉ちゃんの色気にはまっちゃってな。結局、そのまんまそのそこそこいい年のお姉ちゃんとくっついたんだよなぁ。人間、どこでどう誰に惚れるかなんてわからんから、明らかに無駄機能だけど、この見境なしの仕様はありがたいっちゃありがたいのかなぁ……いや、男相手は全然考えたことないし、その気もないから、そんなものすごい顔すんな」
ジャックは苦笑しながら、歯を磨きにいった。
「だからさ、俺も昔は色々悩んだりもしたけどよ。もうこうなっちゃうと気楽なもんでさ。とりあえず気になったら声かけて、好きになったら付き合って、本気で愛して子供が欲しくなったらつくればいっかって感じだなぁ。その時の自分の気持ちが本物なら、相手が実は思ってたのと違ったり、変わっちゃったり、居なくなっちゃったりしても、それは間違いじゃあないと思うし」
川畑は黙々と布団を敷きながらかぶりを振った。
「すまない。良いこと言っているのかもしれないけど、その前の情報があまりに衝撃的すぎて、全然頭に入ってこない」
ジャックは肩をすくめた。
「気にすんな。俺は俺だよ」
「そうだけど!」
「身体がそういう仕様になったってだけで、別に前と変わった訳じゃない。変わったってんなら、お前とここに住むようになったせいで変わった部分のが多いぞ、俺は」
パジャマ姿のジャックは、敷かれた布団の上であぐらをかいた。彼はこれまでパイロットシートで仮眠を取るか、宇宙港近隣の安宿に泊まるかだけで一人で生きてきた男だった。彼にとっては、この椅子のない不思議な部屋で、床にマットを敷いて座ったり寝たりする異文化の生活が、実質初めての"我が家での暮らし"だったのだ。ジャックは妖精達や、世話焼きの同居人と一緒に過ごすこの奇妙で快適な生活に適応しきって、取り返しがつかないくらい堕落している自覚があった。
ジャックは部屋の隅に置かれた妖精用のベッドの籠を眺めた。
「お前の妖精が言うにはさ。好きと、愛してると、抱きたいを混ぜて考えるからややこしくなるんだってさ。お前が嫁を愛してるなら、それはそれでいいんだよ。愛してて、かつ、抱きたいが、愛してるけど、抱きたくはない、になってるだけだから。別にもう愛していないになった訳じゃないんだろ?」
川畑は座り込んでうなだれた。
「よく考えたら、抱きたかっただけで愛してなかったなら、すっぱり見切りをつければいいんだよ。その学校のなんとかちゃんっていう子のがいいなら、そっちと付き合っちゃえばいい。どうせその世界に長くいる訳じゃないんだろ。後腐れもないしいいじゃないか」
「良くない。全然良くない」
川畑はしかめっ面で、ジャックをにらんだ。
「自分の中で答えが決まってるなら、さっさと風呂はいって、歯磨いて、寝ろ」
ジャックはニヤニヤ笑って、ここぞとばかりに日頃言われていることを言い返した。
「ジャック、冷蔵庫のビール飲んでいいか?」
「ダメ。あれは俺の」
恨めしげな川畑に「おやすみ」とひと声かけて、ジャックはそういえばこの部屋にはいっぱい俺のものがあるなと思いながら、自分の布団にもぐった。
6章、7章の世界の人間は、実はけっこう異種族ですという話。
101話「ここだけの話」でダーリングさんが悲鳴をあげてた理由。
こんなタイミングでばらすことじゃないですね。
分化は、本人のメンタルに強く左右されます。
フラム・ロシェが女性化したのは、ノリコが羨ましかったから。
では、皆様よいお年を。




