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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第8章 学校だけが世界のすべてだった日々

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転校生は王子様

現れた転校生は、思っていたよりもノリコそのまんまな男の娘だった。

亜麻色の髪こそ小公子風のショートボブだったが、パッチリした(はしばみ)色の大きな目も、小造りで整った色白の顔も、すらりとした肢体も、ほぼ本人通り。ただし、女性らしいラインはすっきりなくなって、さらに華奢な印象になっていた。オーバーサイズ気味のブレザーの制服を着たその姿は、下手をすると普通の女の子の状態よりも、庇護欲をそそるヤバい見た目だった。

「(この偽体作った責任者誰だ!)」

こんなのを男子寮に放り込むなんて、時空監査局は穏便に研修をさせるつもりがないに違いないと、川畑は思った。

「(しかし、少なくとも男女共学な分、男子校ほど女子に飢えた見境ない奴はいないだろうから、まぁ、大丈夫か。彼女だっていう先入観なしで見れば、ただのひょろい奴な気もしてきたし)」

川畑は第一印象の衝撃をなんとか受け流して、校門の手前で立ち尽くしているノリコに近付いた。

「おはよう。ひょっとして、君が転校生の植木くん?」

「は、はい!そうですがなんでしょう!?」

飛び上がったノリコは裏返った声で答えた。本来のノリコの声よりは多少低いのだが、到底、高2男子には思えない。

「ああ、驚かせてすまん。俺は寮長から頼まれて来た案内係だ。この後は、寮と職員室どちらに先に行く?」

「はい。朝来たらまず事務室に行って、それから職員室に来るように言われています」

「そうか。では、まず事務室に案内しよう」

川畑はちょっと振り向いて、すぐ後ろにいる杏に声をかけた。

「俺は転校生を事務室と職員室に案内してから行くから、杏は先に教室に行っていてくれ」

「カバン持っていこうか?」

「重いからいいよ。ありがとう」

「それじゃ、先に行ってるね」

杏は川畑に小さく手を振ると、彼の背の陰からノリコに軽く会釈して立ち去った。




「(なにその圧倒的正妻ポジション!)」

ノリコは呆然と三つ編みの女の子を見送った。

「彼女は?」

「同じクラスの山桜桃(ゆすらうめ)さん。ちょっと内気だけど、親しくなればよく話してくれるし、親切でいい子だよ。後でちゃんと紹介する」

「(ということは、すでに親しいんですね!紹介するって、"俺の彼女です"って紹介ですか!?)」

心中で絶叫しながら、ノリコは無難な微笑みを浮かべた。

「ありがとう。君とは同じクラスかな?」

「どうだろう?クラスのことは聞いていない。俺は2Bだ。クラスが違えばそちらの学級委員か誰かが校内は案内してくれるかもしれないが、B組ならついでだから俺が校内も案内する」

「同じクラスがいいな」

ポロリと本音が口からでて、ノリコはあわてて取り繕った。

「あ、いや。その方が楽だから」

「そうだな」

川畑の目元がわずかに笑ったのにノリコは見惚れた。

「(この同級生のブレザー川畑くん、凄くいい。本人の学生服姿もカッコいいけど、なんだかこう、いかにもってデザインのここのブレザー着てると、少女マンガのキャラクターみたい)」

帽子の男が聞いたら「少女マンガにこんなヌリカベ仁王は出ません」と切って捨てるような発想だったが、いかんせん乙女の脳内のことなので、誰も止める者はいなかった。


「クラスがどこになるにせよ、寮は同室になる。よろしくな」

「はい。よろしくお願いしま……同室?個室じゃなくて?」

「二人部屋だ。事前に聞いてなかったのか?」

「聞いてないです」

「どうしても嫌なら掛け合ってみてもいいが、普通は2年生は4人部屋だから個室は難しいと思う」

ノリコはこのブレザー川畑くんと2人部屋で同居という新事実に、目眩がした。

「(だ、大丈夫。新婚旅行の設定でスイートルームに押し込まれるのに比べたら、全然、問題ないはず)」

うっかり豪華客船ブルーロータス号でのあれこれを思い出して、ノリコは頭の中が沸騰した。

「大丈夫か?」

「だいじょうぶです。りょうかいです。がんばります」

「そこが昇降口だけど、下駄箱わからないから事務室用の出入口から上がろう。スリッパ持ってる?じゃぁ、この客用使えばいいよ。はい」

いっぱいいっぱいになっている間に、流れるように案内されて、気がつけばノリコは、事務室での手続きと、職員室でのあれやこれやを完了していた。


「いろいろしてもらっちゃってごめんなさい。荷物までいっぱい持たせちゃって」

「気にしないでくれ。同じクラスで良かったな」

ノリコが持ち上げられなかった教科書一式の入ったダンボールを、特に苦にする様子もなく持った川畑は、担任の後に続いて、教室に向かった。

「川畑、それはひとまず教室の後ろに置いておけ。植木、後で教科書に落丁がないか確認しておけよ。あれば昼休みに申し出ること」

「はい」

川畑が教科書のダンボールを抱えて教室の後ろから入った後、担任に連れられてノリコが入って行くと、教室内にどよめきが上がった。




最初と2回目の休み時間は、ノリコは群がったクラスメイトに質問攻めにされた。時々、答えにくい質問をされることもあったが、ノリコはにっこり笑って誤魔化して、おおむね無難に乗りきった。

3時限目が終わった時、川畑がダンボールをノリコの机に置いた。

「話してるとこ悪いな。植木、教科書の落丁チェックしろ。大丈夫なら名前書け。はい、ペン」

「ありがとう!そういえばやらなきゃいけなかった。ごめんね、みんな。これ昼までに確認しておけって先生に言われてたんだ」

そろそろ無遠慮な詮索をかわし続けるのがつらくなってきたところだったので、少しほっとして、ノリコは教科書を手に取った。

「あと、タブレット貸せ。初期設定終わってないだろ」

「うん。授業中どうしていいかわからなくて困ってたんだ」

ノリコは、本物と同じで頼りになるなぁと思いながら、この同姓同名のそっくりさんに、タブレットを渡した。

「お願いしてもいい?」

「ああ。パスワードだけは何回か入力してもらうが、それ以外は今日の授業で困らない程度には一通り設定しておく」

「わかった。おまかせする」

休み時間が終わって、ノリコの手元に戻って来たとき、タブレットはすっかり至れり尽くせりな状態に成り果てていた。

「(あ、ここの川畑くんも、すっごく川畑くんだ)」

ノリコは納得するような呆れるような気持ちで、ワンタッチで昼食の献立表を表示した。




昼休み。転校生の美少年を誰が昼食に誘うかで、チャイムと同時にクラス内に緊張が走った。密かに交わされた鋭い駆け引きの視線をぶったぎるように、麗しの転校生はパッと立ち上がった。

「川畑くん!お昼行こ」

晴れ晴れと顔を輝かせて、ちまちま駆け寄る姿には、一片の迷いもなかった。


仔犬……いや、ヒヨコ?

なついとる。いつの間に!

あいつ、そういえば朝からこまごまと世話を。

刷り込みか!?カルガモなのか?


あっという間に、大型犬とカルガモの雛の画像が、クラス内で共有された。

もともと川畑は山桜桃の一件で、クラスの女子の間では"騎士様"と揶揄されていたため、女子の間では「これはまさに王子様と騎士」とささやかれた。


川畑が植木を食堂に案内するために、他のクラスからの野次馬を捌く姿を見るに及んで、クラスメイト達の認識はおおむね一致した。

"転校生は護衛(SP)付き王子様"

2年生の間に広まった噂は、いくらでも尾ひれが付けられる面白ネタだった。

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