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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第8章 学校だけが世界のすべてだった日々

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げに恐ろしきは女の直感

寮の部屋に荷物が届いた。

"植木(うえき)(ミノリ)"

宛名はそうなっていた。


適当に運び込んで、一息ついていると、帽子の男が現れた。

「あ、ちゃんと荷物、届いていますね」

「は?」

「お待たせしました。明日からよろしくお願いしますね」

「おい、まさかこの植木って」

「はい。座学兼異世界生活体験実習のノリコさんです」

「ちょっ、ここ男子寮だぞ!」

「はい。そうですね」

帽子の男は平然とそう言った。

「そうですね、じゃないだろう。男子寮に女子転入させてどうするんだよ」

「そこはそれ、緩い世界なので……というのはさすがに冗談です。ちゃんと男子ですよ。ミノリくん」

「は!?」

「だから。ミノリくんは中身はノリコさんですが、身体は男の子です」

川畑は黙って傘を取ってくると、帽子の男に向かってフルスイングした。

「ちょっと!止めてくださいよ。今の攻撃、物理無効の私が命の危険を感じましたよ!」

「キテレツなことにのりこを巻き込むな!バカたれ」

川畑はひそひそ声で怒鳴るという器用なことをした。

「異世界生活体験実習の仕様は私が決めた訳じゃないですよ。普段の自分と違う名前や身体で、異世界で正体を隠して生活できるかっていう実習なんですから」

「のりこの身体を弄ったのか」

「そんなに怖い顔しないでください。大丈夫です。男の子仕様の偽体を使用しているだけです」

「偽体は二度と使うなと言っただろう!」

「だから実習の仕様は私が決めた訳じゃないですってば。私はちょっと世界選択に手を入れたのと、川畑さんを同じところに転入する手続きをやっただけですって。ノリコさんがどこかの知らない男の子と二人部屋になるよりはいいでしょう?」

川畑は喉の奥で唸った。


「今回は、ノリコさんも試験なんで特殊な条件があるから、その辺りの注意事項を先にお知らせしに来たんです」

部屋の端っこに逃げて、ダンボールの後ろからこちらの様子を伺いながら、帽子の男は解説を始めた。

「今回、ノリコさんは植木実として転校してきます。こちらの世界の人間に異世界人の女の子だとバレたらアウト。実習は失敗です。川畑さんは、ノリコさんが無事に実習を終えられるようにサポートしてあげてください」

川畑は不機嫌極まりない顔ながら、重々しくうなずいた。

「ただし!」

帽子の男は、指を一本立てた。

「川畑さんがノリコさんの実習をサポートしているのは秘密にしてください。試験の採点官は、ここの生徒または教師の一人として潜入してます。私も誰が採点官だかは知らされていないです。逆に、その彼または彼女には、私が川畑さんをここに送り込んでいるのは知らせていません。もちろん、川畑さんとノリコさんが異世界での知り合いということもです。本来、実習は身内のサポートはNGですからね。内緒でやってくださいよ」

「おい、試験でインチキは不味いんじゃないのか?」

帽子の男は、意外そうな顔をした。

「真面目なコメントですね。ではノリコさんがトラブルに巻き込まれて困っていても平気だと?」

「ぐ……」

「ノリコさんが研修を受けるって聞いた瞬間に、乗り込むことしか考えてなかったでしょう」

「うぐぐ」

「どうせ乗り込んで介入したがるのが目に見えていたから、目立たずにサポートできる立場を用意したんですよ。わかりますか。この親切!」

「…ありがとう…ございます」

川畑は悔しそうに歯を食い縛りながら、帽子の男にお礼を言った。


「そうそう」

帽子の男は、ついでに思い出したといった様子で、ポンと手を打つジェスチャーをした。

「ノリコさんには、こっちの世界に、川畑さんの()()()()()()()()()って言ってありますから、そのつもりでよろしくお願いします」

「なんだと」

「ノリコさん自身には、真面目に研修を受けてもらいたいですからね。最初から川畑さんに頼られると、彼女のためになりません」

「ということは、なにか?」

「はい。ノリコさん本人にも、あなたがノリコさんの正体を知っている川畑さん本人だと、バレないように立ち回ってくださいね」

「マジか」

「私は表だって介入できないので、ひそかに応援していますね。フレー、フレー」

小旗を振るポーズを取った帽子の男の額の位置に、川畑は傘を突き刺した。




翌朝、川畑はいつもの時間に校門にいた。

「おはよう、川畑さん。……今朝はもう来てくれないと思ってました」

「おはよう、杏。あー、そのう。そのつもりだったんだけど、ついでがあったから、やっぱり来ようかなっと思って……ごめん。だから、今日は別の要件があるから、一緒に教室まではいけないんだ」

「いいよ。気にしないで。それで別の要件って?」

「転校生の案内を、寮長に頼まれたんだ」

「へぇ、転校生が来るんだ。どんな子だろう。待ち合わせ時間はもうすぐ?」

「いや……30分ぐらい後」

川畑は決まり悪げに小声で答えた。山桜桃(ゆすらうめ)(アン)は一瞬ポカンとしたが、すぐに小さく笑った。

「私もここで一緒に待っていていい?」

「俺に合わせなくてもいいぞ」

「転校生がどんな子だか興味があるの」

「それなら、まぁ」

杏は目を合わせない川畑の隣に並んで、ちらりと上目使いで見上げた。

「私、今日の夕方に図書室でフラれるまでは、一応、まだ"彼女"扱いなんでしょ?」

「……君はフラれる訳じゃないぞ」

「なら、問題ないよね」

複雑そうな顔の川畑に、杏は次に作りたいお菓子はなにか尋ねた。




ノリコは緊張しながら、学校に続く坂道を登っていた。

「(私は植木実。私は植木実……あ!違う。"僕"は植木実)」

知らない世界で、ひとりぼっちで、男の子のフリをするなんて、自分にできるのか不安でしょうがなかった。

「(川畑くんがいてくれたら平気なんだけどな)」

頼りになりすぎる想い人のことをつい考えて、ノリコは最初から弱気な自分を叱った。

「(今回は一人で頑張ってみよう!でなきゃ時空監査官になんてなれないし)」

川畑になったつもりで、しっかり前を向いて大股に坂を上がってみる。なれない身体になんだか力が湧いてくるような気がした。

「(そういえば、彼のそっくりさんがいるって帽子の人が言ってたっけ。何年生だろ?どこかで会えるといいな)」

少しわくわくしてきたノリコは、やっと見えてきた校門の所に、見慣れた人影を見つけて驚いた。

「(わ!川畑くんだ!やったぁ、一番最初に彼のそっくりさんに会えるなんて、なんてラッキー!)」

こちらから急に声をかけたら不自然だろうかなどと、ドキドキしながら近づいて行ったノリコは、川畑の隣に誰かがいるのに気がついた。

三つ編みの可愛い小柄な女の子だ。

川畑は隣にいる彼女と楽しそうに話している。

そう!あれは彼が結構楽しいと思っている時の顔だ!しかも、相手の女の子との距離が近い!

「(嘘でしょ?ここの川畑くん、もしかして彼女持ち!?)」

恐ろしい可能性にノリコは愕然とした。

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