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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第8章 学校だけが世界のすべてだった日々

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見てみないフリされました

「いや、お前、なにやってんの?」

「なにって、週末は一緒に出掛けようって約束してただろう」

「そうだけどさ!」

佐藤は頭を抱えた。


「できたばかりの彼女ほっといて、友達と出掛けるのってどうなの?普通は付き合って初めての週末とかもっと浮かれてるもんでしょ」

「いや、だってさ」

川畑は佐藤と並んで、校門からのだらだら坂を下った。

「便宜上の仮の彼女より、友達との約束の方が優先順位は高いだろう」

「そ、そう……」

佐藤は、この心得違いを糾弾した方がいいとは思ったが、なんとなくくすぐったいような嬉しさを感じたので、口をつぐんだ。

「それに杏とは、日曜日に彼女の家に行く約束をしている。手土産なにがいいと思う?服屋も行きたいんだが」

「お前、実は思いっきり浮かれてやがんな!?」

佐藤は川畑を張り倒そうかと思った。


「なにそれ?おうちにおよばれって?展開早くない?手土産って家族に挨拶でもする気?まじで付き合ってるの君たち?」

「彼女のうちに行くのは、菓子の作り方を教えてもらうためだ」

「はぁ?」

「彼女、ものすごくクッキーとかケーキ作るのが上手いんだ。貰った奴がどれもめちゃめちゃ旨くてさ。どうやっているのか作り方のコツを教えてもらおうと思って」

「ツッコミどころが多すぎる!まずなにその貰ったクッキーとかケーキって」

「なんか差し入れだって言って、毎日いろいろくれる」

「聞いてないよ!ってか、なぜ建前の見せかけ彼氏に、こっそり手作り菓子貢いでんの、山桜桃さん!?」

「最初はお詫び兼お礼?だって言ってた。旨いって言ったら、以後、作るのが楽しくなったからって日替わりでいろいろと……」

「あまーい、聞くだけで甘ーい」

「甘さは控えめで調度いいぞ」

「そうじゃねぇよ!」

佐藤は川畑をはたいた。


「お菓子作りに行くのに、お菓子を手土産は変だよな。とすると消え物で、無難にどこの家でも消費する物で……サラダ油か洗剤かな?」

「お歳暮やお中元じゃねぇっ!どこの世界に初めて彼女の家に行くときサラダ油土産に持っていく奴がいるんだよ」

「じゃあ、砂糖……は、ただの材料提供か。催促みたいだから避けたいな」

「法事のお返し考えてんじゃないんだから、海苔も干し椎茸も鰹節も却下だぞ」

「それもダメなのか」

唸る川畑を、佐藤は哀れな珍獣を見る目付きで眺めた。

「お前、時々とてつもなくポンコツ化するよな」

とりあえず二人は、色々見てまわることにした。


「服屋ってどういう路線が希望?」

「どうだろう?普通の服屋にあるのか、そういう人用の専門店があるのかわからん」

「なんの服?まさか怪しげな奴とかか?」

初手からエロやコスプレはもちろん、身の程を知らないモード系も止めておけと忠告しそうになった佐藤の気も知らず、川畑はのんびり答えた。

「エプロン」

「え?彼女に自分の好みの可愛いエプロンつけさせて手作りケーキ作らせるの?引くわぁー」

「いや、お前のその発想に引いたぞ。買いたいのは俺のだよ、俺の」

佐藤は一瞬、目の前にいる金剛力士がフリフリエプロン着ている姿を想像して噴いた。

「ゴメン。今すごいもの想像したけど違うな。あれだ!ビストロの人とかがしてる黒とか紺色の奴な!OK。理解、理解……あー、びっくりした」

「あまり勝手に愉快な妄想はせんでくれよ」

仏頂面になった友人の機嫌をとりながら、佐藤はその手のおしゃれ雑貨を扱っていそうな店に向かった。


「これで良くね?」

「うーん、デザインはいいんだが……胸の部分が明らかに足らない」

「ああ、うん。焼き海苔1枚張ったデカお握りみたい」

「たとえが酷い」

「カッコいいなと思うと、丈が微妙なんだよな。お前、縮め」

「無茶言うな」

あれこれ探した挙げ句、佐藤がネをあげた。

「もう、なくてもいいんじゃないか?腰にタオル下げとけよ」

「……ううむ」

「じゃあ、あとは山桜桃さんに相談しろ。めんどい!」

「わかった」

川畑は渋々、断念した。

こいつさては、形から入ってカッコつけたかった口だな?と佐藤は思ったが、友情に免じてそこは突っ込まなかった。


「せっかく来たんだし、一通り見ていこうか」

佐藤はチマチマした可愛い小物が並んだ店内を見回した。おしゃれでカラフルな空間に、佐藤と川畑の地味な二人組は似合わなかったが、二人ともそこは気にしないことにした。

「携帯用のソーイングセットって、こんなに色々あるのか。お、これいいな」

「手芸コーナー真剣に物色すな」

「ボタンぐらいつけられたら便利かなと思って」

「菓子作りだの、ボタン付けだのなに女子力あげようとしてんだよ。嫁に行く気か」

「そういうつもりはないんだが……杏が、昨日の帰り際に、当たり前みたいにその場でさっとボタン付けてくれたのが、カッコ良かったんだよ。緊急対応力が高いのって憧れないか?」

「昨日?お前、倉庫の片付けがあるから図書室いかなかったんじゃないの?」

「終わった後で遅れて行ったんだ。そしたら……」

川畑は昨日の一件を簡単に佐藤に説明した。佐藤は川畑が揉めた相手を聞いて顔色を変えた。


茅間(かやま)(ミキ)(ヨウ)の双子だけでもまずいのに、海棠(かいどう)蘇芳(スオウ)にまでケンカ売ったの!?」

「売ったつもりはないんだが……なんだか売ったみたいになってた気はする」

「ヤバイよ。2Aの茅間兄弟ってSプロっていうのの実行委員の幹部でさ。そこのリーダーの海棠先輩と仲良いんだよ。Sプロのメンバーは団結力というか仲間意識がすごいから、あそこと揉めると面倒だよ。特に海棠先輩は校内にファンクラブがあるほどの人気者だもの。敵対したなんて噂が広まったら、どこの誰から何されるかわかったもんじゃないよ」

佐藤は心配そうに川畑を見上げた。

「川畑はちょっかいかけられてもわりとなんとかなるかも知れないけどさ。山桜桃さんになんかあったらいけないから、早めに謝りに行った方がいいよ。今日、帰ったらすぐ行ったら?寮長の御形先輩にお願いすれば、部屋教えてもらえると思う」

「うーん……詫びをいれるのに、手土産っているか?」

「サラダ油はダメだよ」

二人はないセンスを絞って、買い物を済ませ、寮に帰った。




その日の夕方、山桜桃杏は川畑から会って話がしたいと連絡をもらって家を出た。

「(なんだろう。明日のことかな?でもわざわざ会って直接話したいって……もしかして!)」

本当にプロポーズされたらどうしようと考えた直後に、どうするもへったくれもないことに気がついて、杏は一人で照れた。ドキドキしながら待ち合わせ場所に急ぐと、川畑が待っていた。

「ごめんなさい。お待たせしました」

「こちらこそ、急に呼び出してすまん」

どこか落ち着いて話せそうなところへ行こうと言われて、杏は川畑を近所の公園に案内した。土手沿いの遊水地にある公園は、特に遊具もなく人通りもほとんどない。


かろうじておかれていたベンチに、二人は並んで座った。

「それで、話って?」

「ああ……実は昨日の件で、3年の先輩と少し揉めたので、今日、謝りに行ったんだ」

「え?」

杏は予想外な話の運びに固まった。

「そしたら、その先輩から、杏に謝罪して二度と近付くなと言われてな」

杏は声が出なかった。

昨日のことで川畑が謝らなくてはいけないのも、どこかの3年生に杏と川畑の付き合いを禁止されるのも、意味がわからない。

「……なんで?」

「無理強いは良くないと言われた」

「どういうこと?川畑さんは私をかばってくれたのに」

川畑は苦笑した。

「少し誤解があるんだよ。……でも、俺が君を無理に付き合わせているってのはある意味、正しいからな。もうやめにしようと思って謝りにきた」

「止めって……」

「変な茶番に巻き込んですまなかった。これ以上噂が広まると、君に迷惑がかかり過ぎる。いいきっかけだから、先輩の言うとおりにしよう。それなら君も変な演技をしなくていい」

「そんな。でもそれじゃぁ、研究実習は?」

杏は、一緒にいるための建前にすがり付いた。

「正式な班割りは来週だから、君がやりづらいなら別の誰かと班を組むよ。佐藤は俺が説得する」

あっさりと希望を砕かれて、杏は呆然とした。

「本当に勝手なことばかり言って振り回してすまん」

本当に勝手な言いぐさだった。杏は頭の中が真っ白になった。

川畑は立ち上がると、ベンチに座った杏の前に立って、深々と頭を下げた。

杏は思わず平手を振り上げて、目の前の頭を叩きかけたが、その手はギリギリのところで力なく減速した。

下げられたままの川畑の頭を、両手で包むように持って、杏はその短い黒髪に額を押し当てた。

「……急に言われても…」

「ごめん」

身動きがとれなくなった川畑は、腰を深く折ったきつい姿勢のまま、しばらくそうしていた。彼女の圧し殺していた吐息が緩んだタイミングで、顔を少し上げたら、彼女の手が逃がしてくれなくて、額と鼻がお互いに触れあった。

「杏……?」

「私の眼鏡取って」

川畑は両手でそっと杏の眼鏡を外した。杏はしっかりと川畑を見つめた。

「私、そんな都合のいい女の子になってあげない」

杏は小さな声で宣言した。

「付き合ったフリをしてとか、別れたフリをしてとか、そんなに器用にできない」

杏は川畑の頭をぐっと抱き寄せた。杏の眼鏡で両手がふさがっていた川畑は、その変な体勢のまま、杏に頭を抱え込まれてしまった。

「ぅぐ……はな…し……」

胸元に顔が沈んで息を詰まらせた川畑の耳に口を付けるようにして、杏はささやいた。

「離してあげない」

「…ぁ…ん」

男の子の言うとおり、何でも聞いてあげて、泣いてあきらめたりしない!

杏が力を込めて抱き締めたとき、ぐきっと嫌な音がした。

「ぉぐぅっ」

「え?ちょ、あれ?やだ!大丈夫?ごめんなさい」

体勢を崩した川畑を支えながら、杏はわたわたと焦った。




「アホらし。なにいちゃついとんねん」

「橘、あれも撮る?」

「いらん。さっきの謝罪現場まででええわ。うちはゴシップは扱うけど、熱愛中継はノーサンキューや」

公園の植え込みの奥で、報道部の橘とカメラマンの木村は並んで座って頬杖をついた。

「なんだかなぁ。どうみてもあれ、女の方がメロメロやん。話が違うで」

「彼女、表情がいい。夕焼けに染まる頬の発色、上手く出るかな……」

「ビックネームと絡んで、おもろなったと思たら、変なことになったな。"図書館の番犬が狂犬化して少女を毒牙に"、"そこに現れたヒーローが正義の裁きを"路線でいこかと思ってたけどなんかこれは違うなぁ」

「むしろ"美女と野獣"だろ。紙一重で"サロメ"だけど」

「木村くん、ときどき格調高いなぁ」

木村は山桜桃が、川畑の首を抱えて口付けしようとしているように見える画像を"お蔵入り"フォルダに入れた。

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