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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第8章 学校だけが世界のすべてだった日々

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図書室ではお静かに

山桜桃(ゆすらうめ)(アン)は久しぶりに一人で図書室に来た気がした。今日は授業後に川畑に用事ができたらしく、一緒にいけないと伝言をもらっていたのだ。

実際は、川畑と一緒に来るようになったのはまだほんの数日だったが、二人で過ごすのがなぜかとても心地よくて、気がつくとそれが当たり前に感じていた。

川畑は控えめで、とても杏のことを気遣ってくれた。杏がクラスの女子と過ごす昼休みなどの時間は、邪魔をしては悪いからと、声をかけたりはして来なかったが、放課後はちゃんと待っていてくれて、一緒に図書室に行き、家の近くまで送ってくれた。朝も迎えに来ようかと言われたが、さすがにそれは気が引けたので、時間を合わせて校門の近くで待ち合わせることにしていた。

杏はおしゃべりは苦手だったが、川畑といるときは、自分でも驚くほど色々と話して、それが楽しかった。

彼は杏が作るお菓子を絶賛してくれたし、彼女が思い付いたとりとめもないことを、面白がって聞いてくれた。

最初はあまりよくわからなかった表情の違いが、一緒にいるうちにだんだんわかってきて、自分と目があったときには、少し優しい顔になるのに気づいたときは、杏は恥ずかしくてしばらくまともに川畑の顔が見れなかった。


いつもの席に座っても、なんだか落ち着かなくて、杏は読みかけの本から顔を上げた。1つ空けて隣のいつもの場所に彼がいないのが、無性に寂しかった。

「(やだ……いま一緒に居てくれるのって、誤解が原因のただの"付き合ってるフリ"なのに)」

期限が終わったら、この関係もなくなってしまうのだと思ったら、なんだか一瞬、胸が痛くなった。


「えー?どこどこ?誰もいないじゃん、ミキ」

「知らないよぉ、僕も、図書室なんて来たことないの、ヨウだって知ってるだろ」

騒がしい声に入り口の方を見ると、派手な黄緑色に髪を染めた双子が、入ってくるところだった。

「あ、あの子かな?一番奥の席の三つ編みちゃん」

杏はドキリとした。双子は明らかに彼女の方にやってくる。二人ともカッコよくてモテる学内の有名人で、彼らのようなタイプの生徒が、自分になんの用があるのか、杏には全くわからなかった。

「ねぇねぇ、君が今、噂の子?」

「どうしたの?彼氏、いないじゃん」

「こんなところで一人にされて可哀想。ねぇ、僕らと遊びに行こうよ」

「いいね、それ。そうしよう!どこ行く?」

「バスケしようよ」

「ばっか、それお前がやりたいだけじゃん」

「えー?ダメぇー?いいよね、バスケ?僕のカッコいいところ魅せたげる。惚れちゃうよ」

「それ、思いきって告白したばっかりの彼氏に悪いじゃん。でも、君が僕らに惚れちゃったら仕方ないよね。どう?彼氏チェンジしちゃう?」

勝手にべらべら話す双子の勢いに、杏の中に湧いた言い返したい言葉が押し流される。


ここは"こんなところ"じゃなくて、私のお気に入りの場所です。

私は可哀想なんかじゃないです。

あなた達なんて全然カッコよくないです。

私の"彼氏"は……。


本当の意味では"彼氏"と呼べないことが、胸を締め付ける。それでも、杏の内側から、熱いものが込み上げた。


川畑さんの方がもっとずっとカッコいいし、優しいし、素敵だし、頭いいし、頼りになるし、私のことわかってくれるし、大好きだもん!誰が取り替えるか、ボケーっ!!


溢れた思いは、言葉にならずに、涙になって目からこぼれた。

「……っ」

「あれ?嬉しくて泣いちゃった?」

「そんなに感激かぁ。それじゃぁ、大サービスでハグしたげよっか」

「ほら、立って、立って!幸運な君にチャンスターイム」

「お姫様、お手をどうぞ。……なーんちゃって」

うつむいて座っていた杏は、無理やり手を引っ張られて、立ち上がらさせられた。

「……や…」

杏が座っていた椅子が倒れて、大きな音が響いた。


「図書室ではお静かに願います」


ドスの効いた低音が響いた。

入り口から真っ直ぐに、杏のところにやって来た川畑は、倒れた椅子を起こすと、机の上の本を閉じて、杏に差し出した。

「読み終わった本は、本棚に返してください」

「……は、はい」

杏は、本を受け取ろうとしたが、まだ双子の一人に腕を捕まれたままだったので、貸し出し禁止の大判図書は持てなかった。

「あの……離して…ください」

「えー?いいじゃん。なにお前?正義の人?」

「俺は、図書委員だ」

川畑は、杏の腕を掴んだままの双子の方に向き直って一歩近づいた。

「彼女の手を離してください」

「なんでー、僕らが女の子と仲良くするの、君にどうこういわれる筋合いないよー」

双子のもう一人が、間に入って川畑をバカにするようにからかった。

「この子はこれから僕らと楽しいことしに行くの。関係ない図書委員は引っ込んでてよ」

「読み終わった本は、本棚に返していただいております」

地を這うような低い声で、川畑はそういうと、大判図書を片手で杏に差し出すと、もう片方の手で彼女の荷物をまとめて持った。

「それは準備室の本に戻す本なので、図書準備室の奥の棚に戻してください。こちらです」

「あ、はい」

川畑は杏を見て小さく1つ頷いた。杏は彼の意図を察して、双子に捕まれた手を引っ張った。

「手を離してください。本を返さないといけないんです」

自分で出せると思わなかったほど、しっかり言葉が出た。

「そんなのこいつに返してもらっとけばいいじゃん。ねー、図書委員なんでしょ」

「読んだ本人が返すと言っています。邪魔をしないでください」

「あーそーですか。ちぇ、うっぜぇなぁ」

手が緩んだ隙に、杏は急いで本を受けとると、川畑の後ろに隠れるように双子から離れた。

「こちらです。どうぞ」

川畑は杏を庇うようにして、カウンターの奥の準備室の扉に向かった。

杏を準備室に入れると、川畑は付いてきた双子の方に向き直り、後ろ手で準備室の扉を閉めた。

「お帰りはあちらです」

川畑は双子に図書室の出入口を示して、退出を促した。

「はぁ?なにいってんだよ。僕らはあの子と遊びに行くって言ったよね?頭悪いのかなぁ」

双子はカウンターを挟んで、川畑を睨みつけた。

「図書室ではお静かに願います」

川畑は静かに定型句を返した。

「てんめぇ、ふざけんな!」

双子の一人がカウンターに乗り上げて、川畑の胸ぐらを乱暴に掴んだ。

川畑は、自分に掴みかかった相手の手元を見て、相手の顔を見て、それから物問いたげにわずかに頭をかしげた。

「俺はいたって真面目にお願いしているんだが、ご理解いただけないかな」

「こんの!」

カッとした相手は、川畑の頭をカウンターに打ち付けようとしたが、なにせ大柄、骨太、筋肉質の三拍子。騎士団のガチムチどもや、アメコミヒーロー体型の宇宙軍士官(ダーリング)と比べれば見劣りするとはいえ、同年代のアイドル系男子にどうこうできる体格ではない。引こうが押そうが、石像の如くびくともしなかった。

川畑は眉を少し寄せて、少し困ったような顔をした。

「バカにするな!!」

激昂した双子の片割れは、カウンターの上に飾られていた花瓶で、川畑を殴り付けた。

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