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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第8章 学校だけが世界のすべてだった日々

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橘!お前はいらん

「図書室の番犬が色気づいて、図書室でデートして風紀を乱してるって話を聞いたんだけど」

「伊吹先輩、俺達、普通に本読んでるだけです。風紀を乱すようなことはしてません」

「お、おう。そうか」

風紀委員長の御形は、川畑が"図書室デート"の方を否定しなかったことに驚いた。


「わざわざ寮の部屋まで訪ねてきて、なにかと思えばそんな話ですか?」

川畑は御形の分のカップを用意しながら、あきれたように言った。

「いや、お前が教室で(ひざまず)いて公開プロポーズしたとか、いろいろ信じがたい噂を耳にしてな。誰かに嵌められてるんじゃないかと心配で様子を確認しに来たんだが」

「それは……心配をおかけしました」

「おいおい、そこで赤面するって、まさか、事実なのか?」

川畑は黙って、カップに紅茶を注いだ。驚きで言葉を失った御形は、卓上に目を落として、そこに出されていたクッキーに気づいた。

やたらに可愛い器に入ってレースペーパーの上に盛られたクッキーは、ケーキ屋で売っていそうな代物で、校内の購買で買ったとは思えない。

「おい、このクッキー……」

女子とケーキ屋にでも行ったのかと尋ねようとした御形に、川畑から衝撃の回答が帰ってきた。

「杏の手作りです」

「はあっ!?」

「驚くでしょう?彼女、凄いんです。味もとにかく美味しくて。感動しますよ」

1ついかがですかとすすめられて、御形は目を白黒させた。

「いや、これは俺がもらっちゃいかんやつだろう」

「いえ、この美味しさはぜひ伊吹先輩にも味わってもらって感動を分かち合いたいです。ささ、どうぞ」

御形は恐る恐るかわいらしいクッキーを1つ摘まんだ。

「……旨い」

川畑は食い気味に身を乗り出して力説した。

「そうでしょう!これを手作りできるとかもうそれだけで尊敬できる」

「お、おう」

この手作り菓子がいかに凄いかを、微に入り細を穿って褒め称える川畑に、御形はドン引きした。


「思わず礼儀として紅茶を買いに走りました」

そういえば、と御形はカップに注がれた紅茶を見た。ティーポットはちゃんとしたもので、暖かい紅茶は相当いい香りがしている。

「この部屋、キッチンないだろ?洗面台で煎れているのか?」

「水は共有ラウンジのウォーターサーバーのものです」

御形はツッコむ気力も失せて、紅茶を一口飲んだ。

ホテルのティーラウンジかと思った。

「ううむ……」

御形は唸った。


「とりあえず、あまり目立つ真似はよしておけよ。今回みたいに派手な噂がたつと、面白がってちょっかいかけてくる奴がいるから」

「はい。わかりました」

川畑は神妙にうなずいた。

「俺はともかく、彼女に迷惑はかけられません。そういう奴が来ないか警戒しておきます」

「そうしてくれ」

御形は、川畑の"警戒しておく"を甘く見ていた。




実習倉庫で授業で使った機材を片付けていた川畑は、急に振り向くと、倉庫の入り口にダッシュした。

「わっ!?」

入り口から中を伺っていた人物は、とっさに逃げようとしたが、川畑に襟首を捕まれてしまった。

「何者だ。ずっと様子を伺っていただろう」

硬い声で誰何されたのにも関わらず、その小柄な生徒は悪びれもせずに、にへらっと笑った。

「報道部の橘です。今、噂の2Bの騎士様に突撃インタビューを……」

川畑は、相手の襟首を掴んだまま、倉庫に引きずり込み、内扉に押し付けた。


「暴力反対。報道記者への実力行使はご法度やで」

「何を言っている。騎士に突撃した奴は戦闘員だ。反撃されるのは当たり前だろう」

「うへぇ、物騒な兄ちゃんやな。そんなんものの例えやん。こんなところで風紀委員が暴力沙汰なんてどえらいゴシップやで。エエんかいな」

「俺は風紀じゃない。報道を名乗るわりには情報収集力が三流だな」

橘と名乗った生徒は、ムッとした顔をした。

「うちは三流ちゃうで。一流のゴシップ記者や。わかりやすくて一般に通ってる事実の前には、真実なんてどうでもええねん」

「最低だな、お前」

「おおきに、お褒めにあずかりまして」

川畑はうんざりした顔で、橘を離した。


「インタビュー受けてくれる気になりました?」

「ノーコメント」

「あることないこと書きますよ」

「どう答えても、あることないこと書く気だろう」

「あはは。それを言われるとつらい。では、おまかせコースということで」

「いや、待て」

川畑は、値踏みするように橘を見下ろした。

「お前、報道部のゴシップ屋だと言ったな。職業倫理はあるか」

「倫理ってなんでっしゃろ?」

「わかった。損得勘定はできるか」

「そりゃまあ、多少は?」

「ゴシップの特ダネのためなら、やらせに手を染められるか」

「見損なわないでもらえまっか。これでも報道部に在籍するもんでっせ」

橘は憤慨して、挑戦的に川畑を睨み返した。

「そんなん特ダネのためならなんだってするに決まってるやないですか」

「よし。よく言った」

川畑は、橘に顔を近づけると、声を落とした。

「これから、俺が出す条件を厳守するなら、ゴシップのネタを1つ提供してやる」

橘は口をへの字にして、赤いフレームの大きな眼鏡の奥から、川畑をねめあげた。

「……条件を教えてもらおか?」

「絶対に山桜桃に被害や中傷がおよぶような書き方をするな。彼女に近づいたり、インタビューなどで煩わせるのも止めろ」

「なんや、月並みでつまらん条件やな」

「月並みな分、簡単な話だろう。飲むか」

「それを飲んで、いただけるネタってのは?」

「おいおい。それを今、話したら、取引にならないだろう」

橘は疑り深そうな目付きで、川畑を見た。

「どうする?ゴシップ屋。どうせ穴埋めの三文記事なんだろ?特に今回の話はバカやった側は俺だ。多少、女の子側の記載に手心を加えたって、読み手への請求力は変わりゃしない。……むしろ、彼女は被害者だという論調にした方が、単にどこかでカップルができたっていう話より、世論が同情的に感情移入しやすくなるかもしれないぞ」

橘は少し検討してみた。確かに、さえないバカがキザに告白したら上手くいっちゃいました、というハッピーエンドスタイルは、そのまま書いても面白くない。衆人環視の中で告白されて、断れなかったのをいいことに、無理やり外道の恋人にされた哀れな気弱な女生徒というルートの方が、煽りがいがありそうだ。


「それ、あんたを加害者で書け言うてるけど、気づいてるか?」

「わざわざ指摘してくれるとは、意外に親切だな。条件は"山桜桃に迷惑をかけるな"だ」

橘は、平然としているこの男が慌てる顔を見たくて、ちょっと意地の悪いことを言ってみることにした。

「それは、うちの記事が原因で、嫌われて別れることになっても構わんっちゅうことやな」

「お前が最後まで完璧に条件を守りきるなら、俺がフラれる現場を独占スクープさせてやる」

橘はしかめっ面をした。


「選べよ、ゴシップ屋」

「うちが条件を飲まなかった場合はどうする気や」

「俺は今、お前を脅しているんじゃなくて、取引を申し出ているんだ。乗るか反るかで決めろ」

川畑はため息をついた。

「だいたい、提示された表面的な話じゃなくて、相手と期を見て判断するのが情報屋の基本だろ?素人か。あんまり使えねぇ発言してると、条件飲もうが飲むまいが、切るぞ」

「な、何を偉そうに……それこそ素人の兄ちゃんがなに言っとんねん」

顔をひきつらせた橘を、川畑は腕組みして面倒くさそうに一瞥した。

「俺は素人だから、プロとしか組まない。賢い本物はいつでもあてになるし、損得が判断できる奴はまぁ使える。だが目端の効かない奴はダメだ。先生からも半端な情報屋気取りは危険だから相手にするなと教えられている」

「は……?」

「この学校には魔法を勉強しに来ただけだから、本格的に体制整える気はないんだ。お前が報道部だの一流だの吹くから、ちょっと組み込んでみる気になったが、所詮は高校の部活だものな。悪かったよ。忘れてくれ」

川畑は適当に手を振って、橘を冷淡に突き放した。

「ありがとう。帰っていい」

「はあっ!?なんやそれ」

川畑は荷物からタブレットを取り出すと報道部のページを開いた。

「ああ。こういう感じか。校内イントラで能動的にアクセスしないと見れないローカルページだな。たいしたコンテンツもなさそうだし。うん。いらん」

橘は顔を真っ赤にした。

「バ、バカにするな!うちを敵に回すと後悔すんで!あることないこと書いて、お前とあの山桜桃とかいう女子にヘイトキャンペーンぶちかましてやるからな」

川畑は静かに答えた。

「ある人から、人でなしでも人として扱えといわれているんだが、よほど不快な場合はその限りではないことになっている。お前、人から外れてくれるか?」

橘は目の前にいる奴の目を見てゾッとした。

「報道は権力にも脅迫にも屈っさへんで」

「誰が権力や脅迫に訴えると言った?それは人と交渉する手段だろう」

これはヤバい奴だ。橘は全身が震え、冷や汗が出るのを感じた。

だが、ここですくんでは、報道部の橘の名が廃る。橘は無理やりにへらっと笑った。

「怖いこという兄さんやなー。あー、怖い。怖い。なぁ。試してすんませんでしたわ。その怖い顔、よしてもらえまへんか。いや、ホンマ、うちがあんさんみたいな相手からの美味しい話を見逃すわけないっちゅうことぐらい、ちゃんとお見通しでっしゃろ?それやのにあんまり意地悪言わはるから、ついついこちらもノリでいろいろ言うてしまいましたやん。うーん、イケズぅ」

「いらん。帰れ」

「そんなつれないこと言わんと、な?兄さん。脱線してしもたけど、さっきの続きの話しまひょ」

「いらん。帰れ」

「そんなぁ~」

川畑は指を一本突きつけて、指先で下がりかけていた橘の眼鏡を押し上げた。

「2年D組、橘ミカン。お前はいらん。倉庫の向かいの生け垣に隠れてるカメラマンの木村と一緒にさっさと帰れ」

「うえっ!?」

川畑は橘の頭を大きな手で鷲掴むと、毛先が好き勝手にはねた赤茶色の癖っ毛のショートヘアの頭を、グリグリ撫でた。

「お前が気に障るようなことをしなけりゃ、俺だって無駄に干渉するような真似はしないさ。いい子だから帰って普通に高校部活やってろ」

川畑は口の端だけをうっすらと歪めて笑顔に似た表情をした。

「俺は勉学に勤しみに、この学校にきてんだ。手間かけさせんな」

橘は急いでその場を退散した。

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