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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第8章 学校だけが世界のすべてだった日々

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山桜桃は赤い実がなります

「すまん」

人目を避けた中庭の隅で、川畑は山桜桃(ゆすらうめ)に頭を下げた。

「やっぱり……こっちこそ、変な勘違いしちゃってごめんなさい。そんなことあるわけないですよね」

山桜桃は消え入るような声で謝った。

「いや。山桜桃さん、あれはどう考えてもこいつが悪い。もっと怒っていいよ」

佐藤は川畑の頭を抑えて、ぐいぐい下げさせた。

「あ、あの……もういいですから、そんな乱暴は……」

「いいんだよ。こういうバカはこれくらいしても。なんだよ、あれは。(ひざまず)いて告白って、騎士なの?」

騎士団長と侍従長にみっちり仕込まれたせいで、無意識でパーフェクトな騎士スタイルで膝を付く習慣ができてしまっている川畑は、己のしでかしたことを客観的に思い出して赤面した。


「それにしても、どうする気だよ。もうなんか噂が広まっちゃってるぞ」

「あの……それは、私が誤解でしたって言いますから」

「俺も、そんなつもりじゃなかったって、ちゃんと説明する」

「お前は黙れ。誰に説明する気だよ。相手は特定の誰かじゃないんだぞ。それにそんなの山桜桃さんに恥ずかしい思いをさせるだけじゃないか」

「う」

「でも、それならどうすれば……」

佐藤は二人の顔を見比べて、ため息をついた。

「ああ、もう!こうなったら、お前ら、付き合っちゃえよ」

「ええっ」

「それは」

「フリだよ、フリ!ちょっとの間だっけ付き合ってるフリして、それから山桜桃さんがこいつを盛大にフッてやれ」

「そんな……」

「復讐だと思って派手にふればいいよ。そしたらそっちの噂も広まって、決着つくから。下手に訂正しようとするより、言われて付き合ってみたけど、つまんない男だったから別れたって方が、みんな納得する」

「そんなの、川畑さんに悪いよ」

「いいんだよ、こんな戦犯に気を使わなくて」

「でも……私、そんなことしたら一緒の班で実習するのつらいです」

「あ、そうか」

佐藤は、しまったという顔をした。

「……えっと、その…どうせフリをするなら、研究実習の間はずっとというのは、どうでしょう?」

山桜桃は恥ずかしそうにそう提案した。

「いいの?」

「いや、それはさすがに……」

「お前は黙れ」

「あの……川畑さんがおいやでしたら止めます」

「いいよ!加害者(こいつ)の意見は気にしないで。山桜桃さんの意見が正義だから」

佐藤が押しきって、結局、川畑と山桜桃は、研究実習が終わるまでしばらくの間、恋人ゴッコをすることになった。


「といっても、対外用にちょっとそれっぽく見せるだけでいいんだから、調子にのってなんかするなよ」

「なんかって。そもそも見せかけに何をすればいいのかもわからん」

川畑は眉根を寄せた。

「ええーっと、それは……」

佐藤も全然経験がないので、まったく発想が浮かばなかった。

二人は困って山桜桃を見た。

彼女はもじもじしながら、川畑をちらりと見上げた。

「その……(アン)って呼んでください。お友達はみんなそう呼んでくれているので」

「わかった。他には?」

「あとは……お昼は、佐藤さんと二人で食べてるんですよね。だっだらその後か、放課後に少しだけ一緒にいる時間を作りましょうか」

「杏はよく図書室に来てるよな」

「はひっ」

いきなり名前呼びされて、山桜桃は心臓が止まるかと思った。女友達に呼ばれるのとでは全然インパクトが違った。しかし、自分から言い出したことなので、取り消すわけにもいかない。

「その時、一緒に行こうか?俺も図書委員のついで仕事があるし。どこか変な場所でわざわざ時間をとってもらうより、そっちが用がある場所の方がいいだろう」

「は、はい……では、それでお願いします」

とりあえず、今日の放課後に一緒に図書室に行くことになった。




図書室に来た川畑は、黙って一番奥にある山桜桃がいつも座っている席まで行くと、椅子を引いてくれた。

自分がいつもお気に入りの同じ席に座っていたことを、誰かが知っているということ自体が驚きで、山桜桃は焦った。勘違いだといって自分に興味のなさそうだった川畑が、やっぱり思った以上に自分のことを見ていて把握しているのかもしれないと考えると、山桜桃は目の前がぐるぐる回るようだった。

「隣、いいか?」

「……うん」

隣といいつつ、1つ空けて隣の席に荷物を置いた川畑は、準備室の方にファイルをとりに行った。

山桜桃はふわふわする頭を一度落ち着けて、貸し出し禁止図書の棚から読みかけの本を持ってきた。




特に会話もなく二人は黙々と過ごした。

山桜桃がいつも帰る時間になって顔をあげると、それを察した川畑も自分の本を片付けた。

「行こうか」

校舎から出たところで、山桜桃は校門の方を指差した。

「じゃぁ、私、自宅生だから……」

「そうなんだ。珍しいね」

「すぐ近くなの」

「送るよ……えーっと、家のちょっと手前まで」

「う、うん」

二人は並んで校門前の坂道を下った。

「研究テーマなんにしようか」

「ごめんなさい。私、上手く意見出したりできないから、お邪魔になるかも」

「いいよ。ゆっくり自分のペースで言葉にしてくれれば。俺も佐藤も一緒に研究するなら、そういう相手がいいって思ったんだから」

「そうなんだ……」

川畑はゆっくり歩きながら、静かに話した。

「俺も、まだこっちに来たばかりで解らないことが多くてミスばかりしているから、いろいろ教えてもらえるとありがたい」

「魔方陣とか?」

「……あれは、コツを教えてもらってちょっとマシになったぞ」

川畑と山桜桃は小さく笑って、とりとめのないことを静かに話しながら夕暮れの道を歩いた。


「こんなきっかけで申し訳なかったけれど、君とこうやってゆっくり話す機会ができてよかった」

「……私も」

「じゃあ、また明日」

川畑は持っていた山桜桃のバックを渡すと、学校に戻って行った。

山桜桃は荷物の重さに我にかえって、バックを今まで川畑に持たせていたことに、今さら気づいてあわてたが、後の祭りだった。

山桜桃は、あんな不器用そうな見た目の男なのに、エスコートがスマート過ぎて、断る隙がないという事実に気づいて愕然とした。そういえば教室を出てからここまで、戸を開け閉めした覚えすらない。

「(お礼になにか差し入れしよう)」

使命感に燃えて山桜桃は帰宅した。

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