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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第8章 学校だけが世界のすべてだった日々

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風紀委員長 御形伊吹

「おい、お前達、寮生だな。どこに行っていた。今日は外出日じゃないぞ」

もう少しで門というところで、佐藤達は、上級生に見とがめられた。

「は、はい!すみません」

佐藤は声の相手を見て真っ青になった。

黒いジャージを着た大柄な相手は、風紀委員長の御形(ごぎょう)伊吹(いぶき)だった。とにかく怖い人だという噂で、学校の先生や夜警の人のことを気にしない奴らも、この風紀委員長の目は恐れて行儀よくしているときく。

彼は寮長も兼務しているのだが、佐藤はこの新学期からですでに何回か消灯時間後に「御形が来るぞ!」の声と共に誰かがバタバタ走る音と悲鳴を聞いたことがある。直接怒られたことはなかったが、佐藤の印象ではこの先輩は、超怖いドーベルマンか、悪い子を捕って食うなまはげだった。


竦み上がった佐藤の隣で、友人は落ち着いた口調で、風紀委員長に対峙した。

「学用品を買いに出ていました」

「うちの購買は相当品揃えがいいはずだが?週末まで待てなかったのか」

「購買部はちょうど在庫切れでした。明日が期限の課題に必要だったので」

「そのわりに、買ったものは見当たらないな」

「店が見付からなかったんです。場所をよく知らなくて」

「はん……特に問題は起こしていないな」

「はい」

風紀委員長は恐ろしい目付きで佐藤達を睨んだ。あまりの怖さに声も出ない佐藤とは対照的に、友人は全く平静だった。190越えていそうな身長の二人が向かい合う隣で、佐藤は自分が無力なハムスターかプレーリードッグかなにかになった気分だった。

「それで、必要なものが足りなくて明日の課題提出は大丈夫なのか?」

「正直、困っています。伊吹先輩、魔方陣の専用練習用紙、どこか近くで手に入るとこ知りませんか」

「ひっ」

佐藤はとんでもないことを言い出した友人の袖を震える手で引っ張った。こんな雑貨の話で煩わせていい相手ではない。とにかく謝ってさっさと帰った方がいいのだ。

「なんだ。足りないってのはそれか。でもお前、今年から魔術専行だろ?新学期に買った用紙がもうないってどういうことだ」

「あ…そのう……」

ここまで即答してきた友人が言葉に詰まった。風紀委員長はつり上がった三白眼で彼を睨んだ。

「実は俺、魔方陣作成が下手で、毎回かなりの枚数を失敗してダメにしてしまうんです。何とかしようと予習や復習で使ってたらあっという間になくなって……見かねたこいつが自分のをちょくちょく分けてくれてたんですが、今回の課題は枚数が多いので、彼も提出分でぎりぎりなんです」

「ほー」

少しうなだれた友人を見て、風紀委員長はニヤニヤした。

「お前、意外に不器用なんだな。いいぞ。魔方陣用紙なら、俺のを分けてやる。後で俺の部屋に……いや、俺が部屋に帰るタイミングがわからんか。ランニングが終わったらお前の部屋に持っていってやる」

「ありがとうございます」

「課題枚数が多いって、あと何枚くらいいるんだ?」

「だいたいできてて、あと数点なんで10枚か15枚もあればいけるかと」

「あと数点で15枚って、あっはっは。そりゃ、すぐなくなるわ」

佐藤は大口開けて笑う鬼の風紀委員長を見て唖然とした。そんな佐藤には目もくれず、「じゃあ、後で」と軽く言って彼は走って行ってしまった。


「風紀委員長と知り合いなの?川畑くん、うちのクラスの風紀委員だったっけ?」

「風紀委員は小柳だ。あいつ欠席多いから、そういう時は代理でいってるけど」

「小柳くん、すぐ寝込むから"寝小柳(ネコヤナギ)"って呼ばれてるもんね……じゃあ、代理で参加したときに?」

「それもあるかもしれないが、俺、新学期2日目なんていう変な時に転入したからな。寮の手続きとか部屋のことなんかで、伊吹先輩には色々お世話になったんだよ」

「そういえば、君、端っこの二人部屋を一人でで使っているよね」

「みんな部屋割りが終わってて、ちょうどいい空きがなかったんだ。3年生の一部に文句いう人とかいたらしいんだけど、伊吹先輩が話し合って納得してもらったらしい」

佐藤はその"話し合い"は怖くて見たくないなと思った。

「いきさつはわかったけど……その"伊吹先輩"って、何?なんで名前呼び?」

「え?本人から"伊吹"って呼べって言われたから」

「うええ!?」

「さすがに呼び捨てはないなと思って"伊吹先輩"って呼んでる」

佐藤は自分の友人が、超怖い有名人に気に入られているという事実に呆然とした。


「どうもあの人、俺のこと風紀委員と勘違いしているらしくてな。ちょくちょく委員活動に誘われるんだ。俺、図書委員なのに」

「誘われるんだ……」

「たいした仕事はないからいいんだけど、なんかコツとかノウハウ教えられても困るんだよな」

完全に後継者にする気満々でロックオンされてるじゃないか、と佐藤は気付いたが、それを友人に言っても今さらどうしようもなさそうなので、黙っておくことにした。

「なんだか3年生の人とかは、俺が伊吹先輩と一緒にいる時の印象しかないせいか、俺のことを風紀だと思ってる人がけっこういるらしい。図書室にいるとき、注意しなくても俺を見るとすぐに静かにしてくれるんでありがたいんだけど」

実は彼は、その体格と生真面目そうな雰囲気から、図書室で友人とおしゃべりしてダラダラさぼりたい学生の目論みをかなりの数潰していた。

もちろん当の本人は、睨みを効かせているつもりも、風紀を正している気もなかったが、尾ひれがついて独り歩きした噂のせいで、"図書室の番犬"という酷いアダ名がつけられていた。




川畑が部屋に戻ってほどなく、御形が用紙を持ってやって来た。

「ありがとうございます」

川畑は代金を渡そうとしたが、御形は受け取らなかった。

「いらん。この程度で金を取れるか。気になるなら今度手伝え」

「伊吹先輩にはお世話になりっぱなしなので、対価が計算しやすいものぐらいは、現金で返したかったんですが……」

「いらん。変な気の使い方するな。かえって失礼だぞ」

「すみません。あ、お茶どうぞ」

御形はコップを手にとって眉を寄せた。

「冷たい……」

「温かい方が良かったですか。すぐ煎れます」

「いやいい。ランニングのあとなのでありがたい。……なんで氷が?」

「自家製です」

川畑は魔方陣の上に載せた製氷ケースから氷を自分のマグカップに入れた。

「製氷魔方陣!?」

「授業でやった凍結陣の書き損じの流用です。重宝してます」

「安定して実用に耐えるものは、すでに書き損じじゃないだろう……きれいに描けてる。魔方陣は苦手じゃなかったのか?」

「普通の紙や板なら、描きやすいんですけど、専用用紙は扱いが難しくて。あれ、保護シートを外すと気を付けないとすぐに変色するでしょう。うっかり手を付くと真っ黒になるし、なぜかすぐに線が太くなるし」

「ああ、そういうことか」

御形は川畑の手を掴んでじろじろ観た。

「お前、魔力が強いだろう。魔方陣の練習用紙はペン伝いに魔力を注いで変色させるから、魔力が強いやつが持つと真っ黒になるんだ」

「なるほど」

「手から放出する魔力を抑えろ。用紙に手を付くときは、保護シートを畳んで間に挟むといい。使うペンを魔力伝達のいい専用ペンではなくて、ただのガラスペンに代えると、細い線が引きやすくなる。ガラスペンがなければ、プラスチックの箸や割りばし削った奴でもいいぞ」

「やってみます。ちょっと先輩見ててください」

川畑はあわてて用紙を1枚用意すると、1つ深呼吸をしてから保護シートをめくった。

「大丈夫だ……」

鉛筆を取ると、削っていない後ろ側で一気に円を描く。細いきれいな線で正円が描けた。

「おおお!先輩、ありがとう!これで課題が出せます。こんな単純なことだったとは!」

川畑は感動して、御形の手を握り返してぶんぶん振った。御形はいつも冷静な後輩がハイテンションになっているのに驚いた。御形相手にこんなに馴れ馴れしくする奴は珍しいが、これはこれで悪くない。

「良かったな」

「はい。本当に助かりました。これなら用紙はそんなに必要無さそうなので、半分お返しますよ」

「いいから取っておけ。持って帰るのも面倒だ」

「すみません。またなにか俺にできる雑用があったら言ってください」

「よし、こき使ってやる」

御形は冷茶を飲み干しでニヤリと笑った。




御形が帰った後で、川畑は残りの課題に取りかかることにした。

「(これ感熱紙みたいなもんだったのか)」

川畑は円だけが描かれた卓上の用紙に目をやった。

「(あれ?ということは、魔力さえ制御してやれば……)」

川畑は、紙に焦げ目をつけて文字を書いた要領で、魔方陣の用紙の上で魔力を整形した。

次の瞬間に円の中に記号が描かれ、初等の魔方陣が完成した。

「楽!」

川畑は印刷物のように整った形の魔方陣を眺めた。

これはインチキくさいから、授業中はやらない方が良さそうだと、川畑は提出する課題は、手で描いた。

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