表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第8章 学校だけが世界のすべてだった日々

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

144/484

その先には何も無いけれど

新章、開幕です。

今度は学園ラブコメです。

佐藤は予定外の外出に少しわくわくしながら、友人と二人で街を歩いていた。

佐藤の通う学校は生徒の大半が寮住まいだ。彼らの住む寮は学校の敷地内にあるため、佐藤も友人も日頃あまり学校から外に出ない。


「ええっと、この辺りにあるはずなんだけどな。もう少し行ったとこだったかな?ごめん。久しぶり過ぎて、なんか忘れてる」

佐藤は商店街を歩きながら、友人を連れて行こうと思っていた店の場所を、思い出そうとした。たしか大通りから細い路地を一本奥に入ったところにあるビルの2階だったはずだ。

「知っているはずの道を歩いていてさ、ふと、ここにこんな建物あったっけ?とか、この店前からこうだったっけ?って思うことってあるよね」

佐藤は店の場所をぼんやりとしか思い出せないのに内心焦りながら、どうでもいい話題をなんとなく話した。基本的には押しが弱いので聞き役にまわりがちな佐藤だったが、寡黙なこの友人と一緒だとついつい色々しゃべってしまう。

「多分、建て替えたとか改装したとかなんだけど、そういうときって、よく知ってたはずの前の光景が全然思い出せないんだよなぁ。いかに日頃いい加減に風景を見てるかってことだよね」

「ああ」

「こういう調子だから、ぼーっと生きてるんじゃないって怒られちゃうんだよな」

「佐藤はけっこう回りのことをよく見ている方だと思うぞ」

「そんな事、ないない」

佐藤は背の高い友人を見上げて、曖昧に笑った。彼は時々こういう気恥ずかしくなるようなことを真顔で言うことがある。踏み込んだ人付き合いが苦手な佐藤はそういうときどう対応していいかわからなくなるのだった。

「今日も俺が困っていたら声をかけてくれたし」

「それはたまたまだよ」

「偶然でもありがたかったぞ」

生真面目で無愛想な友人は、軽く頭を下げるように隣を歩く佐藤の顔を見ると、ほんの少しだけ表情を緩めた。佐藤は、強面の友人が時折みせるこういう顔にめっぽう弱かった。

「やめてよ、もう。そんなお礼とか言われることしてないって。……あ!この角だったかな?ここ曲がろう。ここ」

佐藤はすぐ先の角を急いで曲がって細い路地に入った。


路地の先がすっぱりと切れてなくなっていた。


「うそ……なんだこれ……」

小路の奥はただ黒々と深淵が広がっているだけだった。通常はあり得ない光景に、佐藤の体は硬直した。

「佐藤!」

急に引き寄せられて、佐藤はろくに抵抗もできずに、友人に抱え込まれた。

「え?え?なに?」

「目を閉じろ」

佐藤の頭を自分の胸元に押し付けるようにして、視界を塞いだまま、友人は硬い声で言った。

「お前は何も見なかった」

「ええ?でも、あれ?世界が()()()()の君も見たよね?」

友人は佐藤の頭を大きな両手でしっかり挟むように持つと、無理やり自分の方に顔を上げさせた。

「佐藤、俺を見ろ」

目を開けると、至近距離で顔を上から覗き込まれていた。

「あ……」

細かく震えていた全身が、急にかっと熱くなった。

()()()()()()()()

目の前がスパークして、意識が真っ白になった。




川畑は、くたりと力の抜けた佐藤の体を抱き止めて、ため息をついた。

「おい、どうなってんだ、この世界は。雑すぎるだろう」

「はぁ、そういわれましても」

呼び出された帽子の男は、たいして困った顔もせずにあっけらかんと答えた。

「ここは住人の予定された行動の範囲でしか背景が創られない世界なんですよ」

「ここの住人であるこいつが角を曲がったらバグってたぞ」

「異分子の川畑さんが原因で、イレギュラーな行動になったんじゃないですか?」

「えええ、その程度でアウトなのか」

「ぶっちゃけ、こういう緩い世界なんで気をつけてくださいとしか、言いようがないです。川畑さん、さっきとっさに街の続きを作りかけたでしょう?」

「……自重した」

「ホントに気をつけてくださいね。あなたは世界設定への影響力強めみたいなんで、下手に干渉しないようにしてくださいよ」

以前、無自覚に干渉して、設定の緩い泡沫世界をいくつか崩壊させた覚えのある川畑は、黙ってうなずいた。


「とにかく。この世界はぎりぎり学園生活が成立する部分しか実体化されていないことを忘れないでください。TVの情報番組もネットのニュースも、全部フェイクで実体はありません。学外の団体や生徒の実家も基本は名前だけの設定です。普通の社会活動は一切シミュレーションされていません。ここでは絶対に社会的影響とかリアルに考察しちゃダメですよ」

帽子の男は、立てた人差し指を川畑の鼻先に突きつけた。

「簡単に外部から転入されられる学校で、授業内容に介入できて、広範囲な社会的影響を考えずにかなりの無茶が通る柔軟な世界って、時空監査局としては、すごく重宝してるんです。くれぐれもリアルに改変しないように。いいですね!」

川畑は渋々うなずいた。

「つっこんだら敗けだと心に刻んでください。私立高校レベルで高度な魔法の授業を開講させているのに、社会的には魔法は普及していなくて技術レベルはそこそこ……なんていう都合のいい世界、なかなか安定して成立させるの難しいんですから」

くどくど念をおされて、川畑はげんなりした。


「まぁ、ここの主がはっちゃけた青春と学園生活以外には興味がないおかげで、今回は相当に魔法の授業内容を拡充できてます。時空監査局監修の汎用初等教育プログラムが受けれます。この機会に魔法の基礎学習と学園生活を堪能してください」

「この年度だけそんな授業をして、卒業生の進路とか大丈夫なのか?」

「はい!そういう発想がもうアウトです。卒業生は非実体化します!思い出と同窓会名簿上のデータになるんです。たまに遊びに来るOBは、そのときだけ実体化されてると思ってください」

「想像以上に徹底してるな……」

川畑はうんざりした。


「だから、ここの住人はそういうもんだと割りきって、そんなに入れ込まないように。……さっきから気になってたんですけど、川畑さんが抱えてるその子、気絶してるみたいですけどなにしたんです?」

「世界が切れてるとこを見てショックを受けてたから、長期記憶野に記憶が格納される前に、短期記憶野を魔力で飽和させて記憶を消した」

「……無茶しますね。そんな余計なことしなくても、多分、彼らの記憶や心理って、世界の不整合に関してはうやむやにするように補正が入るから大丈夫ですよ」

「住人の心理特性で正常性バイアスが強いのか?」

「その傾向はありますが、どっちかというと後からパッチがあたって調整される感じです。ほらあんな風に」

ふと見ると、すっぱり切れていた裏通りの先は、何事もなかったかのように行き止まりに変わっていた。




「佐藤、おい、佐藤」

「ん……んん?な、何?」

「大丈夫か」

佐藤は、自分が路地裏で友人に支えられてふらついているのに気がついた。

「貧血か?顔色悪いぞ……今日は帰ろう」

「ええ?だって、課題用の用紙が足りないんだろう?どうするんだよ。明日提出なのに」

「先生に事情を話して謝る」

「評定下がるぞ。お前、今でもぎりぎりなんだろう?大丈夫か」

「……なんとかする」

そう答えた友人は、それ以上もう何も言わず、佐藤の手を引いて、もと来た道を帰り始めた。




「すまなかった」

学校に続く坂道を二人で黙って上っていたとき、彼がポツリと言った。

「俺のせいで無理させた」

「そんな。気にしないで。むしろこっちこそ案内するとか偉そうなこと言っておいて、ごめん。そんなに体調が悪かった訳じゃないんだけど」

佐藤は倒れる前になにかがあった気がして、思い出そうとしたが、頭がぼんやりしてよく思い出せなかったのであきらめた。


「用紙の件は明日、僕からも先生に購買で売り切れてたってちゃんと話すよ」

「ありがとう」

友人は困ったような、どこか途方にくれたような顔をした。どうせまだ、迷惑をかけただの、すまないだのと、ぐるぐる考えているのだろう。

律儀すぎるこの男と、小心な佐藤だと、謝り合戦になるときりがなくなる。だから彼には以前、友達ならお互いに謝り過ぎるのよそう、と言ったことがある。きっとそれで落としどころをはかりかねて困っているのにちがいない。


知り合ったのは今のクラスになってからだが、彼はいい友人だ。佐藤のクラスは、プライドの高いエリート崩れや、斜に構えた変人が多いので、彼のような友人は貴重だった。

不本意なテスト結果のせいで、無理やり今のクラスに回された佐藤は、彼のおかげで穏やかに日常をおくれていることに感謝していた。


「今度の週末、一緒に遊びに行こうか。今日は遊べなかったし」

「わかった!」

変な空気が和らいで、佐藤はほっとした。その日の天気や課題の状況次第でとんでしまうような不確かな口約束だったけれど、こうやって友人と過ごす時間が増えていくのが、佐藤はなんとなく嬉しかった。

安心してください。

佐藤はヒロインではありません。

川畑にとってのヒロインはノリコ一択です。

本章でこそ、ノリコがヒロインしてくれる……はず……?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ