閑話: コタツで鍋の適正人数
「よう、モルル。お前も鍋囲む?」
賢者モルが部屋に入ると、川畑が土鍋を運んでいた。
畳の部屋にはコタツが置かれ、ジャックとヴァレリアが座って、先にビールで始めていた。
勧められるままに、コタツに入ったモルは、流れで茶碗と箸も受け取った。
「いっただきまーす」
「これなに鍋?」
「よくわからないけど、こないだダーリングさんの仕事手伝った時に、絶食3徹明けに連れていってもらった料亭の出汁がめちゃくちゃ旨かったから、そこの店が監修したっていうレトルトパウチっぽいスープ買ってきた。具はマーケットであった奴適当。ダーリングさんちの近所のマーケット、品揃えがいいんだよ」
「若干、闇鍋感があるが、スープが旨いからいけるな」
「ヴァレさん、箸使うの上達したよね。ジャックはまだ少し握り箸なのに。あ、ジャック、その白いのは柔らかいから箸じゃ無理だ。お玉ですくえ」
「なんかお前ら、当たり前にここで飯食ってるな」
モルはジト目でジャックとヴァレリアを見た。
「ん?私は今日はたまたまだぞ。こいつらの宇宙船の改造の打ち合わせで呼ばれただけだ」
「レース仕様で改装しちゃったから、そのままだと貨物船として使いにくいんだ。全部もとに戻すのも芸がないし」
「だからさ、お主は反対するが、やっぱり貨物区画に拡張収納の魔術を付加したら、もうちょっと運用に幅が出ると思うぞ。あの収納量で貨物船というのは明らかに使いでが悪いだろう」
「そんなことしたら、宇宙港の税関や定期点検で引っ掛かるって、何度も言っただろう」
「それくらい認識阻害でどうとでも……」
「俺はまっとうな仕事がしたいんだよ」
MMは熱い鍋の具で火傷した口に、ビールを流し込んだ。
「定期点検と言えば、あの船のメンテナンスって今後どうすればいいんだ?お前がいる間はいいけど、お前がいなくなったら、俺はヴァレリアさんに連絡取れないぞ」
「ああ、それなんだけど」
川畑は締めの雑炊に卵を落として、軽く混ぜると、蓋を閉めた。
「あの船に人工知能付けようってプランがあるんだけど、ジャックどう思う?」
「人工知能?カーティスさんとこの船みたいな奴か」
「そうそう。だよな?ヴァレさん」
「そうすれば、ある程度は自己診断とかできるし、魔法的な部分は自己修復も可能になる。それにいざとなったら、船自身が私にメンテナンスコールを入れることが可能になる」
「へー」
「お前、船のコパイシートにこやつがいなかったら、新システムを半分も使えないだろう。それもある程度はサポートしてやれるぞ」
「それは助かるな」
「でも、そうするとまた結構改装期間がかかるんじゃないか?」
「それはまあ、そこそこは必要だな」
「その間、俺はどうしてりゃいいんだ」
宇宙船で飛ぶ生活しかしたことのないMMは、途方にくれた顔をした。
川畑は鍋の蓋を開けて、雑炊をかき混ぜた。
「そうだ。こないだお前がやりたいって言ってたことに、チャレンジしてみるってのはどうだろう?」
「なんかあったっけ?」
「首長鳥レース。チッピー引き取って一緒に天辺取りに行こうぜ」
「おおっ!いいな、それ」
MMはわくわくした顔で、川畑によそってもらった雑炊を受け取った。
「おい、お前」
盛り上がる男達を面白くなさそうに見ながら、モルは不機嫌な声で川畑に言った。
「そろそろ学校に戻らないとまじでヤバいって言ってなかったか?」
「あ」
川畑はばつが悪そうな顔をした。
ジャックは、川畑の顔を見て苦笑した。
「いいぜ。お前は自分のことをしな。俺は宇宙船が改修中は、チッピーとレースをやって、その後は1人で飛ぶからよ」
MMの目は静かで、優しかった。
「ジャック……」
「そんな顔すんなよ。お前がその気になったら、時空間なんか関係なくどっからでも会いに来れるんだろう?」
「それなんだが……」
川畑は言いにくそうに遠慮がちに打ち明けた。
「俺はまだしばらく自分の世界に帰れる訳じゃないので、どこの世界の学校に行くにしても、当分この部屋にはいるんだ。だから、扉さえつけとけば、ジャックも今まで通り毎日ここに来れるんだけど……どうする?」
「んあ?」
MMは間の抜けた声をあげたあと、耳まで真っ赤になった。
モルとヴァレリアは、自分の雑炊をよそいながら、やれやれとため息をついた。
客が帰り、ジャックが眠った後、川畑は適当に人気のない場所に転移してから、Dを呼び出した。
「こんにちは、お久しぶりです」
現れた帽子の男はいつも通り能天気に挨拶した。
「どうしました?」
「時空監査局のデバイスの詳細仕様か内部設計の資料って手にはいるかな?以前もらった仕様説明書より詳しい資料が欲しい」
「それはちょっと難しいです。私もどこが開発したか知らないので」
「じゃあ、時空監査局が使っているレベルの転移技術に関する文献か資料ってないか?」
「あっても難解過ぎて川畑さんには理解できないと思いますよ」
「この前、偶然、高度文明のデータベースへのアクセス方法がわかったんだ。今なら多少難解でも辞書引くみたいに関連知識調べながら読み解けるかもしれない」
帽子の男は首をふった。
「それでも難しいでしょうね。川畑さんって、地球系の物理技術文明ベースの知識しかないじゃないですか」
「精霊魔法は使えるし、最近ちょっと"魔女"にそれ以外の魔法も習ったぞ」
「かじった程度じゃ、世界設定が少し違うだけでわからなくなりますよ。ある程度はしっかり基礎を学ばないと」
「うーん、そうか」
「どうしてもっていうなら、一度、その辺りの基礎を習ってみますか?」
「できるのか?」
「はい。そういう知識を教えてる学校に通えばいいんですよ。川畑さん、もともと学生なんだし、学校に行きたいって言ってたでしょ」
「ああ。まぁ、そうだが……魔法学校?またなんちゃって中世か?」
「どうでしょう?どんな世界だったか詳しくは知らないんですが、わりと緩めなんで、異界からの潜入者が紛れて過ごしやすい学校があるって聞いたことがあります。時空監査局の新米も時々研修で利用するらしいですよ」
「緩い世界かー」
川畑は腕を組んで唸った。基本的に彼は緩い世界と相性が悪いのだが、潜入して学校に通うだけなら、ちょっと緩いぐらいの方が正体ばれの危険はなくてよいだろう。
「学校で学ぶのを主体にしたいから、あまり文化的にギャップがあると困る。俺の元の世界と比べて、そこが文明レベルとか文化的にそんなに違和感なく過ごせる感じならお願いしたい」
「わかりました。手配します。川畑さんには、前回、ずいぶん助けてもらっちゃいましたからね。任せてください」
帽子の男は、ドンと胸を叩くジェスチャーをした。川畑はそこはかとない不安を感じたが、帽子の男に不安を感じるのは毎度のことなので、大人しく任せることにした。
「ノリコさんの研修と同じタイミングで入れるようにしますね」
「なにっ?」
「ノリコさん、時空監査局に入りたいっていって、色々研修プログラムにチャレンジすることになったんですよ。最初の座学兼異世界生活体験実習がありまして」
「なんだってぇ~っ!?」
川畑が自分の部屋に戻るまでには、まだまだかかるようだった。
次回、新章
ここまで毎日更新してきましたが、さすがにストックが足りなくなったので、しばらくお休みをいただきます。(7章の自転車操業はキツかった)
ある程度まとめて書き貯めたら、また更新させていただきます。それまでブックマークなどしてお待ちいただけると大変ありがたいです。よろしくお願いいたします。




