星降る夜に乾杯を
「ダーリングさん。バーベキューするけど、来ない?」
ダーリングは、デスクから顔をあげて、川畑をじろりと睨んだ。
「……行こう」
それでも了承の返事をしたダーリングに、川畑は買い物袋を差し出した。
「食材と飲み物、買い出しに行こう!地球産が食べたい。こないだダーリングさんが持ってきた肉旨かった」
「さては私を誘ったのは高級肉目当てか」
ダーリングは眉間にシワを寄せた。
川畑がどこからか持ち出したバーベキューコンロをセットしながら、MMは夕暮れの薄青い空を見上げた。
「ジャック」
呼ばれて振り替えると、青い妖精がいた。
「おう。どうした?」
「望み、叶えてもらったの?」
「ああ」
MMの返事に、カップはさみしそうにした。
「じゃあ、ボクはもういらないね」
「カップ……」
MMは手を差し出した。青い妖精はその手の上に静かに降りた。
「ボクもね、なかにはいったの。あそこにいたあおい妖精に、なにをのぞむ?ってきかれたから、たましいがほしい、ニンゲンになるほうほうがしりたいっておねがいしたんだよ」
「え?」
MMは手の中の青い妖精をまじまじと見つめた。
「ボクらはたましいがないから、マスターがいないとこのせかいにいられない。だから、マスターがよそにいくっていったら、ずっとジャックといっしょにいられないんだ。それでおねがいしたんだけど……ムリだってことわられちゃった」
青い妖精は小さな笑顔を浮かべた。
「そのかわりに」
青い妖精はMMの手の中で、美しい少女に変わった。
「マスターにお願いしなくても、いつでも自分でこのおっきな方の姿になれるようにしてもらえたんだ」
MMは腕の中で自分を見上げている年頃の少女を見て、ごくりと喉を鳴らした。
「ごめんね、ジャック。ボクは精一杯大きくなってもまだこれくらいなの。あそこにいた妖精のお姉さんみたいにジャックの願いを叶えてあげる"青い妖精"にはなれなかった」
「いや……そんなの、どうでもいいよ」
「ジャックの望みは叶っちゃったものね」
「半分だけな」
「半分だけ?……それなら、残りのもう半分、ボクが叶えられる?」
少女はMMの胸元に耳を寄せた。
MMは震える手で彼女の肩を抱いた。
「いいのか?」
「ボクは、ずっと一緒にはいられないよ。それでもいいなら」
「永遠なんか求めない」
MMを見上げた青い瞳が潤んだ。
「あなたの半分をボクにちょうだい。ボクがその望み叶えてあげる」
MMは頭の芯がくらくらした。何かとてつもない間違いをしでかそうとしかけている気がしたが、なんだかもう間違っていてもかまわないようにも思えた。
「ボクのすべてはマスターのものだけど、ジャックはボクを一番愛してるって言ってくれたでしょ。ボクはあれがとっても嬉しかった。だから、お礼にジャックのお願いを叶えてあげる。ねぇ、ジャック、何をして欲しいの?」
MMはカップを抱き締めようとしかけていた腕をぎりぎりで止めた。
「……あのう、カップさん?」
「なあに?」
「俺のこと好き?」
「大好きだよ」
「愛してる?」
「ううん。好きと愛してるは別」
「抱かれたい?」
「抱っこは憧れる」
「えーと」
MMはカップの耳元に口を寄せて言いにくいことを小声で聞いてみた。
カップは、ふるふると首をふった。
「それはない」
「あー」
MMは天をあおいだ。暮れなずむ空に1つ現れた星がきれいだった。
「ただいまー。旨そうなものいっぱい買ってきたぞー」
「わーい」
「あ、ダーリングさん、こんばんは」
「なんだ。すっかり日が落ちてるじゃないか。これでバーベキューをするのか」
「そうか。明かりがあった方がいいか。ちょっと何か都合してくる」
みんなでわいわい準備して、食べるバーベキューは美味しかった。
「では、中央政府の高級官僚殿ご提供のお肉焼かせていただきます」
上等の肉を焼きながら、川畑はダーリングに遺跡とゲートキーパーの説明をした。
「ぐうぅ、旨いっ。なんだこれ。味音痴の俺でもわかる圧倒的な旨さがすげぇ」
「さすが種族の生存戦略を被食者になることに全フリして進化した生物。肉質が食って旨いという1点に特化している。ダーリングさんも、難しい顔してないで食べなよ。ほら、塩」
「食う。今日は食うからな。……だがしかし、そのゲートキーパーという奴は厄介だな。放置はできないし、調査団を派遣したいが、さすがにこんな何にもなさ過ぎる惑星に急にそんなもの派遣したら、逆に人目を引いてまずそうだし、対応が難しい。そいつの影響力、いかほどだ?」
「門を開けなきゃまず問題ない。鍵で門を開けて接触してしまっても一般人は言語として意志疎通するのは難しいと思う。ジャックは何だかんだで理力関連の情報伝達になれてるから、違和感なくゲートキーパーと会話してきたみたいだが、ルルド人でもなけれは、初めてだとほぼ無理だろう。ルルドの言語に理力制御が使用されているのは、ゲートキーパーとの対話を可能とするためか、あるいはゲートキーパーからの干渉の影響なんじゃないかと思う」
「なるほど。では聖地として禁足地扱いする程度でさほど危険はないと思うか?」
「いや、それでも未知数な点は多い。聖地とか言うと巡礼したがる奴は出るからなぁ。偶然やって来た人間に一方的に干渉して肉体を改造したり、オーバーテクノロジーの品を渡したりする可能性はある。厳重な注意が必要だと思うぞ」
そう言った相手に肉体を改変され、オーバーテクノロジーの品を渡されていたダーリングは、何か一言物申したそうにしたが、さしあたっては黙って肉を食った。
「あ!ながれぼし」
「どこどこ?わーん、みのがしたぁ」
「なに騒いでるんだ?お前達」
川畑はコップに飲み物のお代わりをついだ。このダーリングが買ってきたガラス瓶入りの飲み物はかなり旨い。
「ながれぼしを、みのがしたの。おねがいしたかったのに」
「ははは、お願いもそういうやつなら害がなくていいよな」
川畑は夜空を見上げた。
「そら、見てろよ」
川畑が天の一点を指差すと、そこから流れ星が流れた。
「うわぁ、ながれぼし!きれい」
「お願いできたか?」
「しまった。わぁっていってたらきえちゃた」
「そういうもんだよな」
「ねぇ、もういっかいやって!もっかい、もっかい」
「わかった、わかった。今度はちゃんとお願いしろよ」
川畑はまた空を指差した。
「うっわーぁ」
明るい流れ星が大きく尾を引いて流れた。
「……ああ!またくちあけてみちゃった」
「困った奴だな。じゃぁ、もう一度……」
「いや、お前、なにやってんの」
「流れ星が見たいって言うからさ、流してるんだ」
「へー。流して……?」
MMはいつになく上機嫌な感じの川畑を二度見した。
「リングの氷を上空に転移させてやると、いい具合に流れ星になる。ほら」
また1つ星が流れた。
「は?」
「きれいだね、マスター」
「もっとたくさんみたいな」
「ようし、こんなのは?」
2つの火球が並んで流れた。
「すごい、すごい!」
「もっといろいろやって」
「いいぞー、どんどん行こうか」
MMは川畑のコップの隣にある瓶に気づいた。ダーリングが小さなグラスに注いでいた奴だ。中身が相当いい調子でなくなっている。
「あちゃー」
川畑は機嫌よく妖精のリクエストに大サービスで応えた。
「よし。いい感じにスモークできたぞ」
ふと、辺りが明るくなったのを不思議に思って、ダーリングが燻製器から顔をあげると、空は流星雨だった。
「な……何をやっとるかお前らは!」
「スターレインの大盤振る舞い。花火大会みたいで綺麗だろ」
「はあっ!?」
「ダーリングさん、何歳?年の数だけ流れ星流そっか?軌跡は放射状にする?アトモスで制御してるから、かなり自在に流せるぞ」
「ば、馬鹿ものーっ!」
「すみません。やり過ぎました」
"私は自重できませんでした"
の表示を、視覚補正で頭上に出しながら、川畑は正座してうなだれた。
「テラフォーミングでもする気か、馬鹿者!他星系から水をあんなに大量に導入してどうする。ここが有人惑星だったらひどいことになっていたぞ」
「アトモスで制御しているので、惑星気象への影響はできるだけ抑えて、穏やかに遷移させています」
川畑はおずおずと、腕を組んで仁王立ちしているダーリングを見上げた。
「ちょっとだけ気候帯変えるのはいいですか?水循環を安定させたいんだけど」
ダーリングは頬をひきつらせた。




