昔々この宇宙に
「ジャック……ジャック、起きろ」
MMは肩を叩かれて目を開けた。
気がつくと、一枚岩のある遺跡にいて、目の前で川畑が心配そうに顔を覗き込んでいた。
「ああ。なんか、幻覚見た。なんだこれ。ヤバいクスリじゃないだろうな」
MMはヘルメットを脱いで、頭を降った。
「薬物じゃない。高度な文明世界の遺産であるデータベースのインターフェースが、アクセス者に精神干渉で接触してきたんだ」
「相変わらず、ややこしいことを言うなぁ」
「何があった?」
「なんだか変なのがいて、望みを言えって言うから、とりあえず要求した」
「何を?」
「いや、惚れ薬だの、言いなりになる女の作り方だの、ろくでもない提案してくるからさぁ。そんなんはいらないから、惚れた奴との間にガキこさえられるようにしてくれって頼んだ」
川畑は噴いた。
「だって女を強制で惚れさせてもさ、なんかこう……違うだろ?相手をすぐ決めろって言われても無理だし。そもそもお互い嫌になったら別れるのが普通だろ?一生相手を丸抱えしろって、重いわ」
「超常存在への願いが不妊治療……」
「俺、ガキは欲しいんだ。今はいらないけどな。そのうち喰えないジジイになって孫にホラ吹き呼ばわりされるのとか面白そうじゃん」
川畑はこめかみを揉みながら、MMの身体をまじまじと視た。
「うわぁ……よく分からないが、微妙に変なことに……」
「お前、その内臓の奥を見透かすみたいなのやめろよな」
なんとなく手で体を隠したMMの前で、川畑は頭を抱えた。
「ジャック、何であんた精神的にはそんなにまっとうかつ普通なのに、結果的にそんな謎生物になってんだよ」
「謎生物言うな」
「あんた、下手したら惚れた相手ならどんな種族でも無関係に生殖成立させかねないぞ」
「え?……それはちょっと…ひょっとしたら男のロマンでは?」
川畑はMMの頭をしばき倒した。
「失敗した。1人でこればよかった。想像以上に関わっちゃヤバい相手じゃないか」
「そういうお前は何を頼んだんだよ。どうせ似たり寄ったりの幻覚見たんだろ?」
「俺は女の斡旋はされなかった」
「そーだろーともよ」
MMは、嫁一筋のバカを半目で見た。
「とどのつまり、相手はデータベースのインターフェースなんで、検索エンジンだと思って、知りたいことを適当に引き出して確認してきた。フォーマットとか、検索のコツとか理解できると、わりと便利に使えたな」
「なんか俺が見たのと違う」
「暇だから個別に対応してきたんだろうな。アクセスした個人の時空連続体を参照してインターフェースを構築してるらしいぞ。個人の記憶を盗み見るような無礼な真似しやがるから、逆探知して構造解析してフリーパスで情報抜いてやった」
「意味はさっぱりわからんが、えげつねぇな」
「"お前が俺を覗いているとき、俺もまたお前を視ている"って言ったら、嫌な顔された」
MMは少し相手が可哀想になった。
「カップ、キャップ、いるか?待たせたな。一旦ここから出よう」
川畑は現れた妖精達を連れて、MMと一緒に洞窟を出た。
「あれはなんだったの?マスター」
カップはそう尋ねながら、宇宙船の影に置いた簡易テーブルの上で、かき氷をつついた。
「昔々、この宇宙に、すごく技術レベルの進んだ奴等がいたんだよ。他所から来たのか、ここで発展したのかはわからないけれど、とにかく現在のこの銀河連邦の最先端を何世代分も上回る技術を持ってる奴等だ」
川畑はカップとキャップ用のかき氷の器に氷を足した。
「モルるんやヴァレさんみたいなの?」
「あれよりもむしろ時空監査局の技術が近いんだと思う」
「ぼうしのひと?」
「あれは下っぱの個人。あいつをあんな状態で成立させて、命令出してる側だ。そういう奴らがこの銀河系を立ち去るときに、この惑星にちょっとした置き土産をしていったんだ」
川畑はかき氷にシロップをかけた。
「おみやげ?」
「ボク、おみやげすき!」
キャップは匙を両手で持って、ピョンピョン跳ねた。川畑はキャップの頭を撫でた。
「お土産といっても、お菓子とかじゃないぞ。神様を気取りたかったのか、ちょっとした親切だったのかはわからないが、質問できる奴が来たら、答えを返す自動システムを置いていったんだ」
もう1つのかき氷を受け取って、MMは首をかしげた。
「俺の場合は、質問への答えって感じじゃなかったぞ。……あ、シロップ取って」
「最初はただの質疑応答役だったのが変わったんだと思う。……ピンクとブルーどっち?」
「どっちがなに味?」
「スーパーパッションとクールダイナミック」
「どっちでもいいなぁ」
川畑はMMにシロップを2つ差し出した。
「長い年月の間に、状況に対応するために、本来の機能を逸脱したんだろう。言葉の通じない質問者の質問内容を確認して、適切な回答をするためにつけられていた機能を使って、やってくる奴の意を汲むことをし始めたんだ」
MMはピンクとブルーのシロップを両方無造作にかき氷にかけた。
川畑は匙を差し出した。
「質問に答えるんじゃなく、望みを叶える……叶えてやるに変わったんだ」
「そりゃまたなんで」
MMは匙を受け取って、かき氷を混ぜた。川畑は紫まだらのグズグズな代物になるかき氷を悼ましそうに見つめた。
「顧客ニーズだよ。ここを訪れる奴の文明レベルが、まともにデータベースの知識を活用できないところまで下がったのが原因だろうな。個別の知識じゃ教えても利用できないから、顧客の要望にそってセットプランを組んで提供する形式にしたんだ」
川畑はもう1つ器を用意して、ピンクとブルーが左右対称の綺麗なかき氷を作った。MMは差し出された器を受けとると、ふわふわの氷を一口食べた。
「なるほど。わかってる奴からおまかせで提供されると確かに便利だよな」
「遺跡を所有した者たちもそう思ったんだろう。だから"ルルドの泉"は知識の源泉ではなく、奇跡なす聖なる泉として信仰されることになったんだ」
「なるほどね……いただきます」
MMはしばらく黙ってかき氷を食べていたが、途中で首をひねった。
「なぁ、あんなもの所有してたわりには、ルルドの技術って低くないか?そりゃ、フォースフィールドジェネレータはすごいけど、アレに色々やってもらえるなら、もっと発展して銀河の覇権握っててもおかしくない気がするんだが」
川畑は紫の汁と化した器の中身をもう一度粉雪状に凍らせながら、氷をこぼしてあわてるキャップに台ふきを渡した。
「そんなに使えなかったんだろう。あの杯状の鍵でゲートを開けたとき、かなり"力"が必要だった。俺はわりと力が強くて有り余ってる方だから気にならなかったけど、この世界の標準的な人間には辛いんじゃないかな。開きかたが半端だと多分ちゃんとコミュニケートできないから、断片的な知識か、一方的に与えられた小さな奇跡ぐらいしか得られなかったのかもしれないぞ。そのうちに具体的な使用例の情報が失われて、伝承と信仰だけが残ったんだと思う」
「そっか。教授もよく知らないっていってたもんな」
「教授みたいな導師クラスか、それこそ王家の中でも理力の才能がある奴だけしか扱えない秘伝。与えられた奇跡はセットプランの完成形で理屈がわからないから応用や量産不能……これでは社会の技術レベルをあげることはできないし、戦争になれば物量に負ける」
薄紫色のかき氷をひと匙食べて、川畑は顔をしかめた。
「あのゲートキーパーの奴、わりと言動が悪役だったからな。アクセスした昔のルルドの王家の誰かが使用を禁止して禁術扱いしてた可能性もあるぞ。ルルドの連中がかなり自然主義で、禁欲を尊び、嗜好品や装飾品をよしとしないのは、案外あいつの誘惑に引っ掛からないように誰かが広めた習慣なのかもしれない」
川畑はカップの服を拭いてあげて、妖精達の器にもう少しおかわりを入れた。
「禁欲が教義の信仰の対象が、ふたを開ければ誘惑の悪魔ってのは、ひどい話だ」
「恐れるがゆえに祀るって文化もある」
「ふーん。……ところでこの氷のでっかい塊ってどうしたの?」
MMはテーブルの向こうの地面に突き刺さっている巨大な氷塊を指差した。
「暑いからトゥバンのリングから持ってきた。真空と惑星大気圏内を繋げる穴はこれまで開けられなかったんだけど、穴の口の周囲を特殊結界で囲ってこちら側も真空にしてやれば繋げられることに気がついてさ。うまくいったよ」
「へー」
MMは匙を咥えたまま生返事をした。
「船の冷却システムで保冷してるから、溶けないよ。あれ、便利だよな」
「ああ……とりあえず、おかわり」
赤い熱砂の荒地で食べるかき氷は、シロップがないほうが旨かった。




