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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第7章 ワンスアポンアタイム インザ ユニバース

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お前の望みを言え

「お前がそれにふさわしい資質を示せば、色々教えてやらんでもないぞ、青二才」

ゲートキーパーはキャプテンの顔でニヤニヤ笑った。

川畑は嫌悪を顕にして、ゲートキーパーを睨み付けた。

「叩っ切れというなら、その首喜んで落とすぞ」

「よほど他者がこの顔で語るのが気に入らないようだな」

書架の部屋にいるのになぜか大魔王スタイルのキャプテンの顔だけが揺らいだ。揺らぎが収まったときそこにあったのは川畑の顔だった。

「ゲートキーパー、いいかげんにしろ。お前が遊んでいる間は俺はまともに相手してやらんぞ」

ゲートキーパーは、黒と金の飾り羽根が付いた仮面を取り出して、川畑そっくりになっている顔を半分隠した。ゲートキーパーは、キャプテンが大魔王ゴッコの時に着ていたブラックフォーマル姿のままだったので、大きな椅子に座ったその姿は大時代な悪役然としていた。

「これでいいだろう」

「……仕方ない。話を聞いてやる。言いたいことがあったら言え」

顔をしかめたままの川畑に、ゲートキーパーは、朗々と響く声で告げた。

「力が欲しいか」

これ倒していい悪役じゃないかな?と川畑は思った。




荒れ地の向こうから、空に向かって宇宙船が昇っていく。轟きが遅れてやって来て、音質の悪い受信機からの声をかき消す。何かのレースの実況を流している受信機は、塗装が剥げたレーションの空き缶に磁石と針金を積めた手作り品で、数局のローカル放送の音声しか受信できないガラクタだ。

荒れ地を緩やかに流れる大河に、釣竿を据えた老人は、小さな椅子に座って、消えていく宇宙船を眺めていた。

「どこだ、ここは?」

MMは洞窟の遺跡にいたはずなのに、急に見知らぬ場所に立っていることに戸惑った。彼の相棒が使う転移にしては、あの独特の浮遊感がなかった。見たことがないのになぜか懐かしさを感じる情景にMMは違和感を抱いた。


「あんた、迷子か」

老人はMMの方を肩越しにちらりと見ると、川の向こうを指差した。

「宙港ならあっちだ」

節くれ立った指が示す方向は白く霞んでよく見えない。

「じいさん。ここで何をしてるんだ?」

「何も。……ただ宇宙船を見ている」

老人は空をぼんやりと見上げた。

「それは?」

MMは釣竿を指差して尋ねた。彼には馴染みのない道具だったからだ。

「釣りをしているふりだ」

「ふり?」

「何も釣れん。何も釣れんが、ここにいる言い訳にはなる」

「他に何かやることはないのかよ」

MMはあきれた。

惑星(おか)に上がった年寄りの宇宙船乗りなんて、やることは何にもねーよ」

MMはこの老人が、"廃棄備品"の一人であろうと察した。体を悪くして船を下ろされた宇宙船乗りだ。もう乗れもしない船にもう一度乗る夢を見ながら、死ぬまでの時間をだらだらすり減らしているこんな年寄りをMMはこれまであちこちで見たことがあった。


相手にしても仕方がない。そう思ってその場を立ち去ろうとしたMMに、老人が声をかけた。

「あんた、何でも願いを叶えてやるって言われたら、何を願う?」

「金と女」

MMは即答した。

「若いな」

老人は喉の奥で笑った。

「ああ、後悔と追憶に生きるほど年取っちゃいない」

「そのまんま生きろ。後悔なんかしたくなるまでしなくていい」

意外に強い言葉に、MMは振り返った。老人はゆっくり立ち上がって、釣竿をしまい始めた。

「ちゃんと一番欲しいものを間違えずに生きてりゃ、人から憐れまれたって平気な人生がおくれる」

老人の意図を察しかねたMMが、問いかけようとした時、遠くから子供の声が聞こえた。

「おじーちゃーん!おかーさんが呼んでるよー。もうすぐご飯だからー」

老人は釣具をまとめると、畳んだ椅子と一緒に抱えた。走ってきた子供は老人の荷物を取り上げると、今日の食事は自分の好物だから早く帰ろうといって笑った。その面差しは老人にどことなく似ていた。

「おじいちゃん、機嫌がいいね。何かいいことあった?」

「いいや、知ってたことを思い出しただけだよ」

「また昔の話?銀河最速だったって」

「俺は今でも銀河最速だ」


MMは気がつくと真っ暗な洞窟にいた。


闇のなかに、赤い仮面を付けた赤い服の男がいた。暗くて見えるはずがないのに男の姿はなぜか闇に浮かんで見えた。

「お前の望みを言え。何でも欲しいものを1つやろう。何がいい?」


赤い男の隣に、暁の女神のような赤いドレスの女が現れた。結い上げた金髪も白い肌もまるで赤いスポットライトに照らされているようにほんのり赤く色づいて見える。

「惚れ薬なんてどうだ?」

虚ろな表情の女は、赤い男にしなだれかかって、膝まづいた。男は女の口に何かを垂らした。女の軽く開いた口からのぞく舌が、赤くヌメヌメと光った。


「あるいは」

背後から男の声がして、MMは振り向いた。

「自分の好みの女を造る方法を知りたいか?」

闇の中でその範囲だけ白く照らし出された床の上には、見覚えのある培養槽が置かれていた。

「お前と同じように、反応速度を上げ、高Gに耐えられる強化された肉体を持ち、お前に従順な女だって造れる」

培養槽の蓋が開き、中から白い女の肉体がのぞいた。

「パートナーとして最適な女を自分で用意できる」

男は培養液に手を突っ込んで、女の白い髪を掴んで引き上げた。女の赤い眼がMMの方に動いたが、視線が定まる前に男は手を放して女を培養液の中に落とした。


「あるいは」

目の前の光景が消え、また別の方向から男の声が聞こえた。

「妖精を使役し、若いまま生き続けることもできるぞ?」

男の手の平の上で、青い輝きがまどろむように明滅した。

「カップ……」

MMが手を伸ばしかけたとき、男は手を握って青い輝きを消した。


「さあ、どうする?好きな人生を選べ」

MMの足元から、赤、白、青の三色の道が別れて闇に向かって伸びた。


左の赤い道の先には、レースに勝ってライバルに地団駄を踏ませながら、女を侍らせて酒を飲んでバカ笑いしている自分がいた。

真ん中の白い道の先には、微笑むパートナーを隣のシートに座らせて、宇宙船を飛ばしている自分がいた。

右の道は、闇の奥にどこまでも続いていた。


「俺は……」

MMは闇の奥をじっと見つめてから、赤い男の方に向き直った。

「俺は宇宙船乗りだから、敷かれた道はいらない」

「何もいらないのか」

「バカ野郎。誰がそんなこと言ったよ。もらえるもんはきっちりもらう。お前、何でも欲しいものをくれるっつったよな。だったら……」

MMは一番欲しいものを要求した。

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