会議室再び
ノイオティッグの会議室に集まった男達は、黙って完了報告とその添付資料に目を通した。
「こちらが依頼したのは、ルルドの文化遺産1点の確保だったはずだが……」
銀河連邦保安局のエザキ特別捜査官はいつも通りの怖い目付きで、川畑を睨んだ。
「何で東銀河の犯罪組織の大立て者を根こそぎ逮捕する大捕物になってるんだ?」
「そりゃあ、"ゴーフル"の確実な座標がわかって、そこに誰が来ているか、"客間"の出席メンバーの顔のわかる詳細な映像資料が提出されたら、動かざるを得ないだろう」
今日は髪型も服装も一分の隙もないダーリングが、川畑の隣で静かに答えた。
「ルルドの代表委員との会議中に、そんな資料と一緒に、オークションにかけられている"泉"の画像を提供されたんだ。犯罪組織は放置して"泉"だけ持ち帰りますがよろしいですかとは、言いづらいというのは理解してもらいたいな」
「それで銀連の軍艦派遣ってか?」
「ちょうど演習中の部隊があったんだ」
「宇宙軍と保安局の合同演習?」
「珍しい話だがこれが初めてではない」
「ほー……それで宇宙船の改装費用は回収できたのか」
「費用対効果はそこそこだな。政府としては今後、保安局が各犯罪組織の隠し資産を押さえられればプラスにできる」
しれっと答えたダーリングをエザキはジト目で睨んだ。
「やっぱり最初っから踏み込むつもりで、軍待機させてやがったな」
「ルルドの面々は、彼らの要請に対する我々の迅速な行動にいたく感心して、今後の積極的な協力を約束してくれた」
「会議のタイミングまで計算ずくかよ」
「こんなリスクのある餌を使うんだ。それなりのリターンが出る規模の作戦にしないと、身元保証人としては元が取れん」
仏頂面のダーリングに、川畑は申し訳無さそうにそっと頭を下げた。
「それならそれで、事前にこちらに連絡をもらえれば、もう2、3匹追い込んでついでにしょっぴけたんだ。くそっ、面白いもんに乗り損ねた。片っ端から大物ふんじばって泣かせるチャンスだったのに」
「終わるまで連絡すんなっていったのは、あんただろう」
愚痴るエザキを、MMはあきれたように眺めた。手を頭の後ろで組んで、テーブルに足をのせたままの姿勢ということは、相変わらずこの話し合いに気が向いていないらしい。
川畑はMMの椅子が引っくり返らないか心配しながら、気になっていたことをエザキに確認してみた。
「事前に連絡と言えば、ジェリクルのナビゲーターの件はあんたの手配か?彼女のせいでこちらの作戦に支障があったんだ。ああいうのは、事前に連絡してちゃんと連携するか、完全に無関係に動いてくれるようにしてもらわないと困る」
「ああ、あれはすまんことをした。俺の目の届かんところで保安局内のバカがこの山に横から手を出そうとしてねじ込んだんだ。どうも俺の鼻をあかしたかったらしい。まったく。そんな事をする意味がわからん。彼女のオリジナルもいたくご立腹でな。訴訟か保障かで揉めてる最中だ」
「オリジナル?」
「ステラシリーズの生体情報元さ。グリザベラっていうク・メール人の女性で、宇宙艇レースの元トップレーサーだ。事故で飛べなくなってから宇宙船の借金やなんやらで落ちぶれてな。ジェリクルのオーナーは彼女の違法アポストロフィを作っては、毎回レースに使用していたんだ。使い終わったら自分の店で接客嬢にしてたってんだからあきれた話だが、借金で身元を押さえられたグリザベラは口が出せなかったらしい」
エザキは端末を操作して、ナビスで保護したときのグリザベラの資料を会議室のモニタに表示した。
「あれ?これ……」
「あっ!これナビスの」
MMと川畑は身を乗り出した。
「旨い屋台のおばちゃんだ!」
その手拭いを頭に巻いた太った中年女性は、MMと川畑が気に入った屋台の麺屋のおばちゃんだった。
「へー、ヴィクトリアちゃん、そのグリザベラって人と一緒に暮らすことになったんだ」
「ヴィクトリア?」
「ああ、俺達が勝手に彼女につけた名前です」
エザキはいぶかしげに片方の眉を上げたが、それ以上は特になにも聞かずに、二人は親子として地方の惑星で屋台をやって暮らすはずだと告げた。
「それで、肝心の本題なんだが」
エザキは会議テーブルの上に右手を広げて差し出した。
「拾得物を提出しろ。"客間"にあったのはレプリカだったぞ」
川畑がテーブルに置いた左手を持ち上げると、うっすらと虹色に輝く杯が現れた。
「どうぞ。"聖杯"です」
エザキは心底嫌そうに川畑を見詰めた。
「貴様が犯罪組織に入ったら、手がつけらんな」
「そんなのうちの怖い身元保証人が許してくれませんよ」
「あれは体制側で正義と権威を取り込んだ詐欺師だ。下手な犯罪組織のボスよりタチが悪いぞ」
「本人を目の前に無茶苦茶言うな、この人」
「言いたい放題だが、その男も保安局という枠組みの下にいなかったら国際指名手配級の騒動をしょっちゅうやらかしている暴力装置だからな」
ダーリングの冷静な切り返しに、エザキはこめかみをひくつかせた。
「何を根拠に。特別捜査官の経歴と任務詳細は極秘だぞ」
「貴殿の渡航記録と各地の災害級の大事件が一致する率が標準的な確率を逸脱しているのは、すぐに確認できる客観的事実だ」
「当たり前みたいに俺の身辺調査してんじゃねーよ」
「なぁ、ロイ。お前の周りって、こんなのばっかりか」
「エザキさんは、ジャックの関係者だぞ」
川畑とMMは、ひそひそと囁きかわして、こっそりため息をついた。
「とりあえず、こちらは一旦保安局で預からせていただく。銀河連邦政府及びルルド代表には、本物であることを確認後に、改めて引き渡しを行う。それでいいな」
「了解した。政府代表及びルルド代表顧問として、貴殿の提案を了承する」
ダーリングはエザキが表示した書面に確認済みのサインを入れようとした。
「ちょっと待ってくれ、ダーリングさん。エザキさん、これについて実は1つ相談したいことがあるんだけど」
面倒な仕事が終わる間際で、水をさされたエザキは、眉をひそめた。
「なんだ。聞きたくないが聞いてやる」
川畑は、虹色の杯を手にとった。
「この形状と素材から考えると、とあるルルドの遺跡とこいつが関連あるように思えるんだけど、検証してきてもいいかな?」
「なんだと?」
「詳しく説明しろ」
エザキとダーリングは、尋問しだしそうな顔で川畑に迫った。
Q: "客間"の映像はどうやってダーリングに提供したの?
A: カーティスについて"客間"に入ったカップの視覚映像を、標準通信コードの電子情報に"翻訳"して、理力感覚込みで感覚直結したダーリングを経由して、彼の個人端末に送りつけました。
さすがにそれだけのリアルタイム処理を、カップにあれこれ指示出しながらやると、ルルド語議事録の仕事がおざなりになりかけたので、椅子に座って目を閉じて集中していたら、襲われました。
Q: "聖杯"はどうやってすり替えたの?
A: カップに人避け結界張ってもらって、ぱぱっと転移で。
(つまり、ステラとうろうろしてたときは、もう"聖杯"は川畑の部屋にありました)




