おおむね予定通り?
「マスターは行き当たりばったりで出たとこ勝負することが多いし、出掛け先でトラブルに首を突っ込んで帰ってこられなくなることとか、しょっちゅうだから、ボクにはかなりの自由裁量権があるんだよ。いちいち指示待ちしないと機能しない別動隊って使いにくいでしょ?」
キャップは船の操作権限のロックを次々解除しながら、マリーに説明した。
「だから、日頃からいろんなことに注意していて、もし任せられてもすぐに対応できるようにしてるんだ」
「だからって、パイロットシートのロック解除のパスをこうあっさり入力されると、パイロットとしては複雑なものがあるなぁ……」
「発進準備しておいて。ボク、係留フック外してくる」
「外してくるって、どうやって?」
マリーは船を出ていこうとするキャップに慌てて声をかけた。
「ポート側のフックの付け根に、緊急時用の爆破ボルトがあるって、ここに来たときマスターが言ってた。それを使うか、無理なら工具でチョッキンしてくる」
「はは……」
見た目は可愛らしいキャップの、たくましすぎる回答に、マリーは乾いた笑いを漏らすしかなかった。
「ジャック……ジャック、起きろ」
MMはうっすらと目を開けた。
「良かった。気がついたか。妖精王の薬がちゃんと効いたみたいだな。よし、これも飲んどけ」
口に丸薬を突っ込まれ、水のボトルの吸い口を咥えさせられる。
「んんん!?」
「飲み込め。ただの滋養強壮薬だから。お前、なんだかわからん煙で気を失ってたんだぞ。とりあえず毒消しは効いたみたいだから、後は体力で何とかしろ」
「ん……がはっ。バカ野郎。処方が雑過ぎんだろ!」
「どうせ精霊力の働く設定に変換した空間内で妖精の薬使ってんだ。科学的処方箋なんか無意味だ」
「ひでぇ」
MMは辺りを見回した。どこかの人気のない休憩所の隅のようだ。精霊がどうのという場所には見えない。
「大丈夫そうだな。時空設定戻すぞ。通常空間に転移する」
MMの背を支えながら、片膝を付いていた川畑は、彼を抱き上げて立ち上がった。
「うおっ」
一瞬の浮遊感の後、MMは床に下ろされた。少しふらつきながら立ち上がったMMは、自分が下着いっちょなのに気がついた。
「うええ、俺、こんな格好で気絶してたのかよ。恥っず」
「半裸の男抱えて逃走するはめになったのはキツかった」
「逃走?何でまたそんな面倒なことを。お前なら転移一発だろ」
「そうなんだけどな」
川畑はステラに連れ出されたいきさつを説明した。
「ヴィクトリアちゃんが?あれ?それじゃ、彼女、今どこよ」
「協力を断ったら、一人で突入しに行って、自動警備の麻痺弾に当たって倒れたから、向こうの目立たない隅っこに押し込んできた」
「えええ、その対応はひどくないか」
「足手まといはそうしてくれっていう本人の希望だったんだよ」
「意外とクールでハードな志向の娘だったんだな、ヴィクトリアちゃん」
「まぁ、それはともかくとして」
川畑はMMに尋ねた。
「どうする?行けるか?」
「まずは、服をくれ」
川畑はMMにパイロットスーツを渡した。
「状況は?」
「悪党どもは、カーティスさんにも一服もって、俺達と船を競売にかけた。かなりいい値段ついてたぞ」
「カーティスさん、無事か?」
「カップを付けていたから、大丈夫。あちらは監視が切れた時点ですぐに回復させて、意識が戻る前にあの人の船に転移させた。船にはヴァレさんが行ってるからなんとでもしてくれるはずだ」
「うちの船は?」
「キャップがマリーと一緒に持ち出して逃げてくれた。今、追っ手と空中戦始めるとこ」
「はあっ!?」
「あ、まずいな。マリーの奴、ドレスのままだ。耐G機能のあるパイロットスーツじゃないのわかってるかな?」
「俺の船~~っ!!」
「はあっ?なんだよこのインターフェース。ろくでもない解像度の正面モニタに、平面オンリーのレーダー表示。入力は数値のフル入力。自動操作は軒並み未設定か非対応って、何世代前だよ!前時代の遺物か!?」
「マリー、敵が来るよ。無人機が3機。ミサイル撃ってきたからかわして。多分追尾はしない奴」
「え?どれだ?くそっ、わっかりにくいな。ええと、回避は……嘘だろ!マニュアル回避かよ」
「えーと、防御は硬化、耐熱、冷却、耐電でいいかな。マリー、ジャックなら全弾避けるよ」
煽られたマリーは、鬼の形相でパイロットシートのパネルに向かった。
「こなくそ!避けりゃいいんだろ、避けりゃ!」
マリーは激しくロールして軌道を変え、かろうじて全弾直撃は免れた。しかし、機体の側を通過したミサイル群が、近接感知で爆発した。爆発の衝撃波、熱、電磁波、破片、その他諸々は、Vシステムの防御機構で弾かれて、船に傷をつけることはできなかったが、船体は激しく吹き飛ばされ、中の乗員には瞬間的に強いGがかかった。MM準拠で身体を構築されていたキャップは、なんとか平気だったが、マリーは意識を失った。
『マスター、マリーが気を失っちゃった』
キャップの報告に、川畑はMMの腕を掴んだ。
「ジャック、行くぞ。マリーが落ちた」
「ったりまえだ」
暁烏船内に転移したMMはすぐにシートについた。川畑はマリーを船室の簡易ベットに寝かせて、ベルトで固定した。
「ジャック、空間座標補助いる?」
「いや、あれくらいの数なら、自力でわかる」
MMは機体の姿勢を安定させて、敵機の後ろに回り込んだ。
「マスター、火器管制ちょうだい」
キャップの視界に二重丸と十字のターゲットマークが表示された。
「えい!」
無人機が1機爆発した。
『ますたー、めいんこんとろーるるーむ、みつけたよ』
『よし、カップ。そこの機器の裏側にある配線ケーブル、適当に引っこ抜け』
『はーい』
『抜けないタイプが多かったら、カッターナイフ貸してやるから』
『わかった』
「マスター、全部、落としたよ」
「えらい、えらい」
川畑は船室から戻って、キャップに代わってコパイロットシートに座った。
「ボク、お膝に座ってもいい?」
「そうだな。席がないか」
キャップはコパイシートの川畑の上に座ってニコニコした。そうは口に出せなかったけれど、そこに座って抱っこして貰うと、ちょっと川畑の一番になったみたいで、嬉しかった。
「カップがゴーフルのメインコントロールを制圧した」
「あいつそんな事してたのかよ」
「まだ配線ぐちゃぐちゃにしただけだけどな。いい感じに混乱してる」
「カーティスさんの方の船は無事みたいだな。合流するか?」
「いや、先に行ってもらおう。俺達は一度戻って、ゴーフルの係留ポートを電子的に破壊しておこうか。追加で追っ手が来たり、逃げられたりしても面倒だし」
「へいへい」
MMは機首を反した。
暁烏がゴーフルに係留されてた宇宙船の制御機器をライトニングによる高出力電磁波攻撃でこんがり焼き尽くした頃、多数の戦闘宇宙艦がジャンプアウトしてきた。
「なんだ?新手か?」
「ジャック、あれは敵じゃないよ」
銀河連邦保安局と宇宙軍の合同鎮圧部隊を見ながら、川畑は「ダーリングさん、仕事早くて確実だなぁ」と感心した。




