高くかってくれたもんだ
「イレギュラーは色々あったが、とにかく無事で良かったね」
カーティスはいつも通りの笑顔でMMと川畑を労った。
「さて、ここからは予定通りで行こう」
「はい。よろしくお願いします」
ここに来た本来の目的はこれからが本番だ。
「ロイ、俺はここの騎手控え室で汗を流してくる。さすがに砂まみれだし」
「それなら俺も付き合うよ。いいですか?カーティスさん」
「いいとも。どのみちこの後の商談とオークションはオーナー同士の集まりだから君達は出席できない」
川畑はヴァレリア達の方に向き直った。
「ヴァレさん達は先に船に戻っていてくれ。キャップ、おまえも一緒に一旦カーティスの船に行ってくれ」
「あいさー」
キャップはヴァレリアの隣でピシリと敬礼した。
「んじゃ、軽く汗落としてくる」
「ああ、ここで待ってる。ゆっくりして来ていいぞ」
川畑は最後に声に出さないで付け加えた。
『ダーリングさんから議事録係の依頼が来た。これから、そちらの仕事を片付ける』
「わかった」
MMはうなずいて、シャワーブースに向かった。川畑はMMの服の埃をきれいに落としながら、ダーリングとの感覚のリンクに集中した。
カーティスは、他の招待客と歓談しながら、室内に飾られた美術品にそっと目を走らせた。選りすぐりの上客だけが呼ばれる"客間"は、非合法商品や武器、兵器の商談会場であり、密売品のオークションの内覧会場だ。
宇宙船レースの最終日に暁烏が使用したトンデモ武装に関する問い合わせをのらりくらりと笑顔でかわしながら、カーティスは、目的の品が部屋の隅の目立たない位置におざなりに飾られているのを見つけた。主催者はそれほど重視はしていないようだ。
視野の端でとらえたソレに視線を止めることなく、カーティスは商談相手との会話に戻った。
ミストシャワーを終えて、ブースから出てきたMMは、脱ぎ散らかしたはずの服が畳んで置いてあるのを見て、微妙な顔をした。
「(うーん。ありがたいけど嬉しくないのはなんでだろう?)」
礼をいうか文句をいうか迷いながら川畑の姿を探すと、狭い控え室の隅のベンチシートに座って、腕を組んで寝ていた。
「(いや、考え事してるだけかな?仕事片付けるって言ってたし)」
今ごろ、地球で会議中のダーリングの耳目を拾いながら頭のなかで議事録を書いているのかも知れない。高次空間通信のジャミングがあろうがなんだろうが、恒星間の距離を無視して、リアルタイムでリンクするのは反則技だが、さすがに集中はいるだろう。働き者の相棒の邪魔をしないように、MMは黙って下着に足を通した。
そのとき、唐突に扉が開いた。
前屈みで下着を引っ張りあげようとしていたMMは焦って顔を上げた。川畑相手だけなら、風呂上がりにろくでもない格好でうろうろしていても気にならないMMだが、さすがに公衆浴場を許容できるメンタルはまだない。どこかの知らない人相手にこの姿は恥ずかしかった。
「あ、誰?ちょ、ちょっと待って」
慌てて下着を身につけた時、開いた戸の隙間から、握りこぶし大のボール型の何かが投げ込まれた。床に転がったそれは、全面に孔が多数開いていた。
「ん?」
扉が閉まり、ボールの穴から白い煙が噴き出した。
「あれと同じものはお譲りできませんが、量産用のプロトタイプでしたらご覧いただけますよ」
ヴァレリアに提供された強化装甲の資料をチラ見せしながら、カーティスはどのタイミングでこの部屋を退出するか考えていた。
また一人適当にあしらって話を終えたところで、色っぽいキャストが声をかけてきた。
「お飲み物はいかがですか?」
「いや、結構……」
キャストが差し出すドリンクを断ったカーティスの前を、貫禄のある男がふさいだ。
「まぁ、そういわず。どうぞ」
男はキャストが盆にのせていたグラスを取って、カーティスに差し出した。
「……ありがとうございます」
カーティスは軽く泡が立ち上る青いドリンクを受け取った。
「優勝おめでとう。見せていただきましたよ。暁烏、実に強かった。一級品ですな。船も、クルーも」
「いえいえ、どうにも癖が強くてね。心臓に悪いですよ」
「それはそれは」
男は笑いながら、自分のグラスを軽く掲げて、カーティスを目で促した。カーティスもグラスを掲げて祝杯の礼をし、男と一緒にドリンクを一口飲んだ。
「何かご興味のある品かお話はありましたかな?」
「ゆっくり拝見させていただいているところです」
「ではあちらなど、どうでしょう。きっとご興味を持っていただけると思いますよ」
促されるままに、カーティスは部屋の奥の方にある小テーブルに近づいた。テーブルの上には小型のパネルとポートレートボードが置いてある。
「本日の目玉商品の1つです」
ボードには、MMと川畑の姿が映っていた。
「なに?」
問いただそうとしたカーティスの膝から、不意に力が抜けた。
「おっと、大丈夫ですかな?おい、君。こちらを奥で休ませて差し上げろ。丁重にな……心臓が悪いと言っていたから」
倒れかかったカーティスを支えて、ゴンチャロフは悠然と黒い笑みを浮かべた。
ヴァレリアと手をつないで、軽い足取りで笑顔で歩いていたキャップが、もうすぐカーティスの船に着くというところで、不意に真剣な顔になった。
「ヴァレさん、緊急事態。一人でお船を出港させられる?」
「カーティスの船は命じればゴーレム並みに勝手に動いてくれるが、イレギュラーな事態への対応は一人では難しいな。操船は未経験だ」
キャップは振り替えって、すぐ後ろを歩いていたジョイスの手をとると、自分がつないでいたヴァレリアの手を押し付けた。
「おじさん、ヴァレさんとあっちの船をお願い」
「ああん?」
ヴァレリアと手をつながされて、目を白黒させているジョイスをよそに、キャップは今度はマリーの手をとった。
「マリーはボクと一緒にボクらの船に来て」
「急にどうした?みんなで大きい方の船に行くんじゃなかったのか」
「急がないと出港できなくされちゃうかも知れない。ヴァレさん、走って」
「わかったよ」
ヴァレリアは、キャップの顔を見ると何も問いただそうとせず、すぐにジョイスの手を引っ張って走り始めた。
「おおっと、何がなんなんだ!?」
「いいから黙ってついてきな、男だろ!」
キャップはマリーの手を引いた。
「ボクらも早く行こう」
二人は低重力区画を跳ぶようにして走りだした。
「船は施錠されてないのか?」
「ボクは認証されてる」
「……信用されてるんだな」
「もちろんだよ」
キャップは走りながら、真剣な目でマリーの顔を見た。
「マスターに信用されたボクが、マリーを信用して、マスターとジャックの大事な大事な船を任せる。パイロットとして船を安全なところまで飛ばせて」
マリーは想定外の申し出に驚いた。
「持ち主に無断で船を出せっていうのか!?それはダメだろう。あいつらはどうなる」
「マスターは平気。でも、船が捕まっちゃうと困る。だからお願い」
マリーは一瞬、この子が奴から逃げたくて口から出任せを言って、船を持ち逃げしようとしているのかと勘ぐった。でも、キャップが"マスター"という声は心からの信頼と敬意に溢れていたので、その可能性は無さそうだと結論付けた。
おそらく指向性のある小型通信機かなにかで、連絡が入ったのだろうと推測して、マリーはキャップの指示に従うことにした。
事情はわからないが、暁烏の船を操縦できるというのは、願ったりな依頼だった。
「任せな。お姉さんがあの野郎より上手く飛んでやるよ」
マリーは係留場の窓の向こうの暁烏をちらりと見て、舌舐めずりした。




