赤方偏移の仮面
"レッドアラート"は大きな体躯の真っ赤な鳥で、頭頂部、尾羽などに金の飾り羽が入った華やかな首長鳥だった。
「随分派手な鳥だが、今日の彼の衣装にはぴったりだね」
カーティスは観覧席前の大画面に移ったパドックの映像を見て頷いた。
「旦那。あれは多分、マニアが作った赤金鳥オマージュだ。染め色だろうがいい色に仕上がってる」
「赤金鳥?」
「原種でさ。首長鳥レースはもともとどっかの赤い星の赤金鳥のレースが始まりなんだそうで。今はもう本場にもほとんどいないって話だが、今でも験担ぎで赤く染められた首長鳥は時々見ますぜ」
「単に色を染めたというよりも、体型からして違うようだが」
レッドアラートは、周囲の他の鳥達と比べて、頭部が大きく足も太い。一羽だけ体型が全然違っているため、余計に目立っていた。
「あんまりスマートじゃなくて、速そうには見えねぇよな……頑丈そうだけど」
引き手に連れられて嫌々パドックを回るレッドアラートは、時折大きく首を振ったりするもののどこか元気がなく、やさぐれた感じだった。
「ちゃんと走れるのかなあいつ?」
ほどなく、各出走鳥は騎手を乗せるため一度奥に入っていった。
「チッピー!!」
"グアッキ!"
MMは赤金鳥のチッピーと感動の再会を果たしていた。
MMと川畑が遺跡を観に行った赤い砂の惑星で、ブリーダーのじいさんに手塩にかけて育てられていた競争鳥は、何の因果かこの裏カジノのレース場に買われて来ていた。
"グアッ、グルックゥ、グアッ、グアッキ"
「おう、そうか。ここにはろくな奴がいなくてつまらなかったか。よしよし。俺と思いっきり翔けようぜ」
"グアッキ!"
チッピーは赤と金の美しい羽根を震わせて、大きく鳴いた。
「出てきた。一応、乗れてるみたいだぞ」
再びパドックに現れたレッドアラートに騎乗したMMの姿を見て、マリーは安堵の息をもらした。
「なんか様子がおかしくねぇか?」
レッドアラートは先ほどまでとはうってかわって、ひどく興奮していた。羽根をバタつかせたり、奇っ怪な鳴き声を張り上げたりしている。
レッドアラートのあまりの騒ぎように、周囲の他の鳥達もやや落ち着きをなくしているようだった。
「振り落とされたりしないでくれよ」
マリーは祈るような気持ちで、逸る鳥の上に乗ったMMを見つめた。
「見て見て、マスター。ジャックが出てきたよ!」
「なんだ。結構さまになってるな」
パドックの柵にもたれながら、川畑は大きな赤い鳥に乗って出てきたMMに軽く手を振った。遠目だったがMMがにやっと笑った感じがした。
「ああもう。この格好、おっきいのにちっちゃくて不便」
川畑の隣で、背の低いキャップが他の客達の隙間からMMの姿を見ようと奮闘していた。川畑はちょっと笑って、キャップを抱えあげた。
「わ!よく見える。ありがとう、マスター」
キャップは喜んで、川畑の頭に1つキスをすると、向こうからやってくるMMとカップに大きく手を振った。
「あ?あいつ、あんなところで、また恥ずかしげもなく」
パドック脇でキャップを抱きかかえている川畑を見つけて、マリーは眉を寄せた。
MMが予想外に堂々とパドックを回って、川畑達のいる脇を通過するとき、彼らの姿が画面に大写しになった。
キャップは嬉しそうに川畑に抱きついて、時折、耳元に口を寄せて何かささやいてクスクス笑ったりしている。口の端を少しだけ上げて笑いながら騎手を見ている黒ずくめの男は、未成年をたぶらかした悪党にしか見えなかった。
「俺が行って連れてくる」
ジョイスが席を立って急ぎ足でパドックに向かった。
「マリー、そう険のある目付きで見てやるな」
キャップが川畑の使い魔相当の妖精であることを知っているヴァレリアは、あれで本人達はせいぜい親子か、下手するとペット感覚なのだと理解していた。
「奴はあの子を便利な愛玩動物程度にしか考えていないし、そのように扱っているだけだぞ」
「ああん!?」
逆にややこしい誤解を生んでしまったのを察して、ヴァレリアは困ったものだと嘆息した。
アナウンスが入り、パドックを回っていた出走鳥が、順番に本走路のあるエリアに入り始めた。
「お、始まるぞ。席に急ごう」
ジョイスと川畑達は、観覧席の脇の階段を急いで上った。
パドックから本走路のあるエリアに移った鳥達は、それぞれの騎手の誘導に従って、緩やかな弧を描きながら、スタート地点にあるゲートに向かった。
そのなかで一羽だけ、レッドアラートは、パドックからまっすぐに飛び出すと、そのまま走路に向かいかけた。MMがなにやら叫びながら手綱を引くと、レッドアラートは赤と金の羽根を大きく広げながら、何度も飛び跳ねて大きな声で鳴いた。
「えらく興奮してるな」
「鳥さん、とっても喜んでる。元気になって良かったね」
「お嬢ちゃん、ありゃぁ、そんないい状態じゃないよ。ハヤリ過ぎだ」
「ジャックが浴びた興奮剤の匂いでも残ってたかな?」
ジョイスは騎手が振り落とされやしないかとハラハラしながら、川畑達を連れて席に戻った。
大興奮の赤金鳥は、ひとしきりよく分からない舞を踊ると、満足したのかゲートの方に向かった。
場内に高らかにファンファーレが響いた。
"「各出走鳥、ゲートインしました。今、スタート!」"
ゲートが開き、出走鳥が一斉に走り始めた。
チッピーは走った。遠慮なく走った。
チッピーは今、自分の背に乗っている奴が、頭の壊れたバカなのを知っていた。加減というものを知らないこいつは他の奴らのように、スピードが速いことでチッピーを怒らない。ビリビリする鞭も使わない。乗り心地が悪いと文句も言わない。何度振り落としても食らいついてくる根性もある。どれだけ好き勝手に走っても行く方角さえ合っていれば、どんなに荒っぽく地を蹴ろうが、チッピーの邪魔をしない。下手なりになんとかチッピーの背にしがみついて、チッピーが煩わしくないように、体重をのせてくれる。そして速く走ると喜ぶ。とにかく喜ぶ。チッピーが楽しく走ると、赤金鳥でもないくせに、一緒になってテンションを上げてくれる。この良いバカは、乗せて走って面白いバカだった。
こいつと一緒にいるちっこいのも、陽気な楽しい奴なので、チッピーは好きだった。ちっこいのが頭の上にいるときは遊びすぎても道を見失うことがないので、存分にはしゃげたし、チッピーが楽しく走りすぎてバテそうになると、このちっこいのは元気をわけてくれた。
チッピーはここのレース場の、変に曲がった地面や、空じゃない低い空は嫌いだったが、久しぶりに赤い高い空とどこまでも広がる大地を思い出して駆けた。
そこだけは故郷と同じ赤い砂の走路を力強く蹴り、申し訳程度の土累を越え、地の底まで裂けているわけでもないショボい空堀を飛び越した。
カーブに減速なしで突っ込むと、背中のバカが思いっきり身体を倒してくれた。
これは前に遊んだ時にこいつが見つけた楽しい方法で、チッピーはただ強く走るだけでカーブが曲がれるという素晴らしい技だった。
この曲がり方は最高に楽しいので、他の奴にもやってもらおうと思ったのだが、どいつもこいつもこれをやろうとカーブ前で加速すると、チッピーを鞭で打ったり、罵声を浴びせたりして、付き合ってくれなかった。仕方がないので、無理やり自分だけでやろうとすると、根性なしの乗り手どもはチッピーの背中から転がり落ちて、帰ってこなくなるのだった。
「おら、行け!チッピー!!」
「グルルルァアッ!」
横滑りしそうになる身体を気合いで立て直し、チッピーは良いバカと一緒に直線を駆け抜けた。
最後の障害の柵を飛び越えるとき、空を飛べないチッピーは、それでも確かに天を翔た気分になった。
「俺、チッピーと一緒なら、火星の中央レースでも天辺取れるかもしれん」
ウィニングランを終えて戻ってきたMMは上機嫌で赤金鳥とお揃いの飾り羽を揺らした。
「登録名は"レッドシフト"」
「赤方偏移?」
「みんな俺達の遠ざかる背中しか観測できないのさ」
MMは「首長鳥レースの騎手って収入いいのかなぁ」などとのたまって、川畑をあきれさせた。




