パドックの警告灯
「ええい、なんなんだ、こやつは。ここまでいいようにやられっぱなしではないか」
余興の結果を見ながら、主催者のゴンチャロフは、苛立ちを隠さずに呟いた。
「クァークスの怪物を一蹴りだと?化け物か」
「それですが、スタッフの報告によると、付近の気温が異常に下がっていて、モンスターの動きが悪かったそうです。あれは温暖な地域の産なので……」
「空調設備の故障か。運のいい奴め。それにしてもあの能力はでたらめだろう」
「最終ゲームは、ナビゲーターではなく、パイロットの方が出場するように計らいます」
ゴンチャロフは、赤いパイロットの姿を思い出した。あちらの方ならば楽しい醜態を晒してくれそうだった。
「いよいよ、最後のステージとなりました!最終にしてメインイベントとなりますゲームは、首長鳥種16羽による本格レースです」
客達は会食場から特設観覧席へと案内された。そこには本格的な首長鳥レースのトラック状の走路が広がっていた。障害付きの走路は、赤砂地仕様で本場さながらだった。
「すげぇ、こりゃ宴会の余興で拵えたもんじゃないな」
ジョイスは興奮気味に、観覧席から走路を見渡した。走路はトーラス型人工宇宙島の内壁に沿って、緩やかにカーブしながら、赤く延びていた。
「この"ゴーフル"自体が、主催者が所有するカジノ施設だからね」
オーナーテーブルからこちらにやって来たカーティスが、にこやかに説明した。大型のジャンプドライブシステムを搭載したこの人工宇宙島は、特定の星系に所属していない、会員制の裏カジノだという。
「官権が手入れをしようとしても、尻尾がつかめない神出鬼没の裏施設でね。新参ものがここに招待されるには、それこそレースで優勝するぐらいしか方法がないんだ」
「へぇぇ、俺達ゃレースには何べんも参加してましたが、こんなところにゃ呼ばれませんでしたよ」
「基本はオーナーとその随伴者のみが招待される会だからね」
「ああ、なるほど」
ジョイスは自分達パイロットやナビゲーターは、オーナー連中からはドックレースの犬程度の扱いだったのを思い出して納得した。
「ジークは以前優勝後に食事とセレモニーに出たようなことを言っていた気がするけど、こんな悪趣味なゲームに参加させられたとは聞かなかったぞ」
マリーが不機嫌に尋ねると、カーティスは爽やかな笑顔を返した。
「私も事前に聞いていなかったよ。今年だけの新人いじめさ。2位や3位のクルーまでテストプレイをやらされたのは、彼らのオーナーの八つ当たりだろうね」
カーティスの笑顔はあくまで爽やかだったが、目は全然笑っていなかった。
「会食の余興はこれまでは芸人の演芸や、歌手のコンサートだったというからね。この競鳥も、単に各オーナーが好きな鳥に賭けて楽しむただの余興だった」
「そうじゃなくなったってことだね」
ヴァレリアは目を細めた。
「うちのパイロットに騎手をやらせるらしい」
楽しそうなのにどこか怒りを含んだカーティスの回答に、ジョイスはすっとんきょうな声をあげた。
「はあっ!?そんなものできるわけないだろ!おんなじレースったって、宇宙船乗りのスキルと競鳥の騎手のスキルは全然違うんだ。そもそもパイロットってのは標準重力環境自体が不馴れな奴だって多いくらいなんだぜ。宇宙生まれの中にはヒト以外の生き物なんか触ったことのない奴だっているのに」
「華を持たせたいんじゃない。恥をかかせたいんだ。言っただろう。新人いじめだって」
「それにしたって無茶苦茶だ」
カーティスは端正な顔に、取って付けたような笑顔を張り付かせたまま「彼の健闘を祈るしかないね」と言った。
「ジャック、調子はどうだ」
「もう、大丈夫だ。そう心配そうにすんなよ」
MMは細々と世話をやこうとする川畑を邪険に振り払った。
「ほら、もうお前は観覧席に行けよ。俺はこれから乗る鳥を見に行かなきゃいけないんだから」
川畑はそれでも心配そうにMMを眺めた。
「本当は全身精密解析して、薬物の影響を抜きたいんだがなぁ」
「その内臓の裏まで視るような目で俺みるの止めろ。前に"健康診断"と称してお前にやられた仕打ちを俺は忘れてねーからな」
ちょっと思い出したくないあれこれの記憶に顔をしかめて後ずさったMMに、川畑はため息をついた。
『なら、せめてカップを連れていってくれ』
「え?は?」
通常の言語とは違う感じで伝えられた言葉に、MMは動揺した。
『ジャック、つれていって』
小さな青い妖精が、薄い羽を広げてジャックの胸元に飛んできた。
「なんでお前……」
『ジャック。お前、おっきいカップに"その格好で表に出るな"っていって、船に残してきただろう。お留守番させられるならもとの姿に戻りたいって、泣きつかれたぞ』
『ジャック、おいてかないで。おっきいボクがいやだったなら、もうおっきくならないから』
「あ、いや……そういうわけでは」
ジャックは真っ赤になって口ごもった。
『今のカップなら、他の人間には見えない。連れていってやってくれ。レースの時、カップの空間認識の補助があった方がいいだろう。それに何かあったとき、カップは多少回復魔法が使えるから応急処置ができる』
『おやくにたつよ。つれてって』
「ちっ、しょうがねぇなぁ」
MMは細身の体にぴったり沿うシルエットの赤い装束の襟元を大きめに開いた。
カップはちょっとためらったが、MMが軽く促すのに従って、彼の懐に入った。
『レース中は振り落とされないようにしっかり引っ付いてろよ』
『はい』
ちょこんと顔だけ出したカップは、嬉しそうに返事をした。
「それじゃあ、頑張れよ、ジャック」
「おう。任せとけ」
「俺達は観覧席に行こうか、キャップ」
「あいさー。ボクはまだこのままでマスターと一緒にいてもいい?」
「いいぞ。そもそもお前、ジャックを案内してここまで一緒に来てるんだ。急に一人だけどこかに消えたら変だろう」
「そうだね」
キャップは少年っぽい顔に晴れやかな笑みを浮かべて、川畑と手を繋いだ。川畑はキャップの手を引いて控え室をあとにした。
黄色、橙色、白、白地に黒の斑文入り……。パドックではレースに出場する首長種の鳥達が順に御披露目されていた。集まった客達は皆、ああでもないこうでもないとにわか解説者となって寸評していた。中にはここのレースの常連もいるらしく、そういう信憑性のありそうな人物の周囲には、他の客が何人か集まって、もっともらしい話を拝聴していた。
「マジかよ。こいつはやべぇぞ」
パドックに出走鳥を見に来ていたジョイスは、暁烏のパイロットが乗る予定の鳥についていろいろ情報を集め、顔色を変えていた。
「おおい、大変だ!」
「どうした?そんなに慌てて」
「うちの奴が乗る鳥、とんでもない凶状持ちだぜ。ここの常連の話じゃ、気性が荒くてこれまでに騎手を何人も病院送りにしているらしい」
「首長鳥レースなら、それくらいはあるんじゃないか?荒っぽい競技だし」
マリーは、わりと心配性ですぐ大騒ぎするジョイスをうるさそうに睨んだ。
「それにしたって、まだここに来て10レースも走ってない新鳥でそれってヤバいだろう?」
「はあっ!?」
「よくそいつ、まだお払い箱になってないもんだねぇ」
ヴァレリアは呆れて、表示板の鳥名を見た。
"レッドアラート"
MMが乗る鳥は警告表示灯のような名前だった。




