惨劇の迷宮
迷路に入ったジークは、迷いなく進んでいったが、途中で足を止めた。通路の角の向こうにいる犬の気配を察知したらしい。ジークは通路を少し戻って、大回りして先に進んだ。
画面上には迷路全図と、ジークのクローズアップが並んで表示されており、彼が犬をうまく避けながら道を失わずに、着実にゴールに向かって進んでいるのがよくわかった。
「さすがだな……」
マリーは悔しい思いで金髪の男を見つめた。ジークは嫌な男だが、顔も腕も良いのだ。
「このとおり、賢明なプレイヤーならこの程度はなんなく切り抜けてしまいます。ところが!このドキドキモンスター迷路はそんなに簡単ではありません。ドーキドキスプラーッシュ!」
画面にポップな演出が入った。
何かの薬剤が噴射されたらしく、それまで比較的大人しく通路をうろついていた犬達が、急に興奮し始めた。牙をむき出しヨダレを垂らした犬達は、唸り声をあげてむやみに通路を走り始めた。
ジークは走って逃げ始めたが、突然現れた犬に前後を挟まれて、逃げ場を失った。
マリーは目を逸らせた。
「やり口がえげつねぇ……」
ジョイスは、"残念!リタイア"の文字が踊る画面を見ながら、苦い顔をした。
「さぁ!ドキドキスプラッシュで野生に帰るこの恐ろしいモンスター軍団を相手に、暁烏のスーパーナビゲーターは無事に迷路をクリアできるのか!」
画面に迷路の入り口に立つ川畑の姿が映った。
「こんなの虐殺ショーじゃないか」
マリーは何もできない悔しさに顔を歪めた。
「さすがにこれは運営の奴らやりすぎだ。悪趣味が過ぎる」
ジョイスは、隣のマリーを慰めるように肩に手を置いた。ヴァレリアはそれをちらりと横目で見ながら少し心配気な顔をした。
「あんな図体はしているけれど、あれであの子も荒事はあまり好きじゃない優しい子だから……まぁ、あの犬どもに野生ってものが残ってれば、そんなに酷いことにはならないはずなんだけどねぇ」
「残ってれば?」
ジョイスは怪訝そうにヴァレリアに聞き返した。
「セカンドチャレンジ、スタートです!」
司会者の宣言で迷路の入り口が開いた。川畑は表示された迷路全図をちらりと見ると、すぐに迷路に駆け込んだ。
「あいつ、出口までの正解ルート暗記するのあきらめた?犬が狂暴化する前にとにかく進む気か!?」
「いや、でもスプラッシュのタイミングはスタートからの時間じゃない。作戦ミスだ」
マリーとジョイスは手に汗を握った。
「おおっと!これはプレイヤー無謀なチャレンジ。とにかく走る作戦か?しかしこれではすぐにモンスター軍団に遭遇してしま……わない!?なんだ?モンスター軍団、プレイヤーの進路にいません!いや、避けてる!?なぜだ!」
「そんなバカな……」
「バカなもんか。格上が来たら逃げるのが野生の摂理だよ」
ヴァレリアはゴールまでの最短経路を単純に走っている川畑を半目で眺めた。
「ちょっと何が起きているのか映像ではよくわかりませんが、おおっと!ここでドキドキスプラッシュだあっ!!」
このままでは、川畑がさっさと駆け抜けてしまうと気がついた運営が、あわてて犬に興奮剤を噴射した。
犬達は、狭い通路に閉じ込められ、恐ろしい何かが向こうから凄い勢いでやってくる恐怖と戦っていたところに、興奮剤を吹き付けられ、パニックを起こした。
「可哀想に」
ヴァレリアは、滅茶苦茶に走り回って壁にぶつかったり、同士打ちを始めたりした犬達を見て、ため息をついた。
「あ!」
マリーは思わず声をあげた。
川畑が角を曲がった先で、絡み合うように2匹の犬が争っていた。
川畑は足を止めた。興奮して見境をなくしていた2匹の犬は、もつれ合いながら川畑の方に飛び掛かった。
「え?」
画面を見ていた観客はみな、映像が何sか通信エラーで飛んだのだと思った。
川畑に襲い掛かったはずの2匹の犬は、次の瞬間、通路の両脇に転がされていた。犬自身も何が起きたかわかっていないようで、ひっくり返ったまま、四肢を何度か空中でじたばたさせてもがいたが、川畑が振りかえって一瞥すると、大人しく四肢を縮めて腹をさらした。
川畑は何事もなかったかのように走り出した。
「良かったな。犬の虐殺ショーにならなくて」
ヴァレリアに声をかけられても、マリーは開いた口がふさがらなかった。
何の芸も連携もなく、見境なく飛びかかってくるだけの犬が何匹いても、彼の障害になる訳もなく……。
1回目とさして変わらないタイムで川畑は迷路をクリアした。
「この調子なら、賭けの配当が結構いいお小遣いになりそうだねぇ」
ヴァレリアはテーブルのパネルをつつきながら、悠々とグラスの中身を揺らした。
「何を呑気なことを。きっとこのままでは済まないぞ」
ジョイスは面子を潰されたボス達が歯ぎしりする様を想像して、嫌な予感に身を震わせた。
「お待たせいたしました。それでは第2ステージ、最後のチャレンジに参りましょう!」
ステージの袖で何かをスタッフと打合せしていた司会者が、気を取り直したように、次のゲームの説明を始めた。
「最後のチャレンジはペアで参加いただきます!2つの入り口から別々に入った2人が同じゴールを目指します。使用できる通信機は音声のみ。お互いの信頼と連携が重要なゲームですよ。本来ならパイロットとナビゲーターで参加いただく予定でしたが、今回はパイロットの方が不参加とのことですので、チームメンバーからどなたかお一人ご参加お願いします」
スポットライトがチーム暁烏のテーブルを照らした。
「ここはパイロットが行くのが筋だよな」
立ち上がろうとするマリーをジョイスは止めた。
「バカ!俺が行く。何が追加で仕掛けられてるかわかんねぇんだぞ」
「標準重力じゃ、ろくに走れもしない癖に何いってんだよ。中年が無理すんな」
小声で言い争う二人を、ヴァレリアは止めた。
「お二人さん。気持ちはありがたいけど、あんた達は客だ。ここは身内が行くのが筋ってもんだろう」
彼女はミッドナイトブルーのドレスを煌めかせ、スポットライトに照らされて悠然と立ち上がった。
「私が行く。案内しな」
ヴァレリアが長い黒髪を払って、堂々と宣言すると、場内から驚きとも感嘆ともつかぬどよめきが上がった。
「これは、これは。それでは、どうぞこちらへ……」
「ちょぉお~っと、待ったぁっ!!」
ヴァレリアが壇上に向かおうとしたとき、大音声が響き、ステージ上の大画面で赤と金の飾り羽根がピョコンと揺れた。
主催者の意図的には大惨事




