解答つきの迷宮
「難しかったです。文学や流行りものは疎いんで、沢山間違えましたね」
ペナルティの電撃を食らっても、まるで堪えた様子のなかった男は、さばさばとコメントした。
「最後に一発当たっちゃいましたし。やはり、本職のパイロットのようにはいきませんね」
「何を仰っているんですか、素晴らしい成績でしたよ!実は暁烏のパイロットはあなたなんじゃないですか?」
「とんでもない。うちのパイロットなら全弾回避します。しかも高Gがかかる状態で、ノールックで船の操作系フルで入力しますから。とてもかないません」
「実際の船なら自動回避や各種操船支援機能があるのでは?」
「え?自動回避なんて使ってたら、変なタイミングで動いちゃうし、隙間ギリギリが通れないでしょう?微調整が効かないので、うちはレースのSSではオート系は全部切ってたはずです」
「あの動き、パイロットのフル入力だからか……」
マリーは食らいついても食いきれなかった攻防戦を思い出した。
先ほど正体を知らずにうっかり意気投合してしまった赤い男を思い出す。確かに奴が暁烏のパイロットなら、フル入力ぐらいやりかねない。マリーは身体の奥が熱くなるのを感じた。
「うちのパイロットには、とてもかなわないので、今回はナビゲーターとしてできるだけサポートに徹しました」
「そうですか。では第2ステージはナビゲーター向けのゲームです。頑張ってくださいね。別会場になりますので、どうぞあちらで準備をお願いします」
司会者は川畑を退場させると、客席に向かって、準備の間、食事の続きを楽しむようアナウンスした。
「第2ステージも皆様はこちらの大画面でお楽しみ頂けます。今しばらくご歓談ください」
「ボク、今のうちにジャックを呼んでくるね」
「そうだな。奴も少しは働かせた方がいいだろう。これを持っていけ」
ヴァレリアは小瓶を取り出してキャップに渡した。
「酔いざましだ。まだ酔いが覚めていないようなら飲ませてやれ」
「アイアイマム」
キャップはどこ式だかわからない敬礼をすると、するりと会場を抜け出していった。
「おい、あの子は一体なんなんだ?」
ジョイスは渋面でヴァレリアに尋ねた。ナビの彼を"マスター"と呼んでいたところや、あの服装から考えると、あの子供はかなり非合法な立場である可能性が高い。ジョイスはあまり道徳的な男ではなかったが、そういうのは好きではなかった。
「さあね。私もどういう関係なのかは詳しくはないけれど、随分と可愛がられているみたいだね。よくなついてる。いい子だよ」
「そりゃ、ちょっとみりゃわかるけどよ」
ジョイスは食事が始まったとき、食器をうまく使えないあの子の世話を焼いて、甲斐甲斐しく食べさせてあげていた黒仮面の締まらない姿を思い出した。彼に口の端を拭かれてくすぐったそうに笑うあの子は、とても幸せそうで、虐待や隷属といった雰囲気はなかった。
「知り合いのところで働いていたのを譲られたので、うちの子にしたとかなんとか言ってたかねぇ」
「ふーん。うちの子ねぇ」
「本人達が上手いこと仲良くやってんだ。周りがいちゃもんつけるこたぁないさ」
「そりゃそうなんだが……いくら仮装パーティーといってもあの服装はちょっと目のやり場に困るよなぁ」
ヴァレリアは、男ってバカだと蔑むような眼差しでジョイスを見た。
「皆様、お待たせしました。第2ステージは、ドキドキモンスター迷路です!」
"グルグルどっかん"とおつかっつのひどいネーミングのゲームの概要が司会者から紹介された。
プレイヤーは最初に30sの間だけ迷路の全図をみることができ、その後、迷路にチャレンジする。正しいルートでゴールまで行ければよいが、間違えると罠やダミーのゴールに引っ掛かってひどい目に遭うという単純な代物だった。
"普通はこうなる事例"として、罠やダミーのゴールに引っ掛かってひどい目に遭っているテストプレイヤーの映像が映し出され、会場の笑いを誘っていた。
「(ひでぇ、あれ今回、成績が振るわなかったチームのクルーだ)」
ジョイスとマリーは、見知った顔が洒落にならない罠にかかって悲鳴をあげているのを観てゾッとした。自分達も一歩間違えばああなっていたと、容易に想像ができたからだ。
「それではファーストチャレンジです。この難関巨大迷路を暁烏のナビゲーターは何sでクリアできるか、あるいはあえなく罠に掛かってリタイアか、パネル入力をどうぞ」
大画面に迷路全図と賭け率が表示された。
「これを30sで覚えて、ゴールまでノーミスでクリアしろってかよ」
「お前ならできるだろ」
「いや、できなくはないだろうけどよぉ。相当きついぜ?」
ジョイスとマリーがぼそぼそ話している間に、ヴァレリアはほぼ最速タイムでのクリアに賭けていた。
「大丈夫。こいつは奴の得意分野だ」
そのとおりだった。
「最初に答えが見せてもらえる迷路というのは斬新ですね?」
当たり前のように最適解を通って出てきた川畑は、感想を聞かれてやや怪訝そうにそう答えた。
「まだまだここから難易度が上がりますよ」
司会者の少しヤケ気味のあおりに、モニタの向こうで、川畑はむしろ納得したように頷いた。どうも本気で最初のチャレンジが簡単過ぎて腑に落ちていなかったらしい。
マリーとジョイスは、げんなりした気分でテーブルに肘をついた。
「いよいよモンスター迷路がその真実の恐ろしさを発揮します!出でよ!モンスター軍団!!」
ステージの画面に、狂ったように通路を走る犬のような獣の群れが映し出された。迷路の俯瞰映像に切り替わると、犬達が迷路の通路に散らばっていくのがわかった。通路との比率からして、"犬"はかなり大きいようだった。
「迷路内の罠が解除された代わりに、今度はモンスター軍団がプレイヤーを阻みます。まさに凶悪な生きた罠!遭遇すれば無事ではすみません。果たして、プレイヤーはモンスター軍団を避けつつ、正しい出口にたどりつけるのか!?もちろん、通路パターンは先ほどとは変更されてさらに難しくなっています!では、皆様、パネル入力どうぞ。締め切りはスタート時点ですよ」
司会者は明るく客席に呼び掛けた。
「参考に、テストプレイの様子をご覧いただきましょう」
画面にそこそこ整った顔の金髪の男が映った。
「ジークじゃねぇか」
ジョイスの呟きにマリーは口を引き結んだ。それはマリー達がサポートしていた"ジークフリート"のリーダーだった。




