これはクイズではありません→YES/NO?
「どっちが本性なのか、さっぱりわからねぇ」
「私達が騙されてたんだか、今、この場の全員が騙されてるんだか……」
ジョイスとマリーは、余興に呼ばれて壇上で司会者の質問にそつなく答えている川畑を観ながら、ため息をついた。
「変に器用な子だよね」
ヴァレリアはグラスを傾けた。
「イエスマム。マスターは変。でも、一生懸命やってるから、変でも許してあげて」
キャップはニコニコしながら、2個目のシャーベットを美味しくいただいた。
チーム暁烏のテーブルの面々は、小さなキャップと壇上の黒仮面の男を見て、あらためて苦笑した。
壇上では、今回のレースのダイジェスト映像がスポットで流れ、司会者が新企画を発表していた。なにやらこのスーパーな新人がどれくらい凄いのか知ってもらうためのお楽しみ企画らしい。奥の壁が開いて宴会の1余興というよりはバラエティー番組のようなステージが現れた。
事前に聞いてはいなかったようで、カーティスが司会者に何かクレームを言っていたが、司会者はサプライズ企画だといって取り合わなかった。
「それでは、あの素晴らしいレースでの飛行を成し遂げたクルーのスーパーな能力を楽しいゲームで披露していただきましょう!これから、優勝チームのクルーの方には3つのゲームにチャレンジしていただきます。1つクリアするごとに豪華な景品や賞金がありますので是非頑張って下さい!」
そこで司会者は、シナリオにはないパイロット不在についてステージの川畑にちょっと確認した。
「パイロットさんは、飲みすぎて休憩中って話だったけど、ゲーム参加はナビゲーターの君だけでいいかな?パイロット向けのゲームもあるけれど」
「いいですよ。ご期待に添えるような結果は出せないと思いますが、頑張ります」
「頼もしい!では、頑張っていただきましょう。第1ステージはグルグルどっかん電撃クイーズ!!」
チープで頭の悪いゲーム名の紹介とともにステージにセットされたのは、中央に椅子のついた大がかりな装置だった。3軸で回転するようで、椅子の周囲には電飾で飾られたリング構造が3つ組み合わせられていた。
明るい音楽や楽しげな司会者のアナウンスとは裏腹に、装置や椅子のデザインからは悪趣味な悪意が感じられた。どうやら"楽しい"のは、会場のお客達であって、チャレンジするクルーの安全と人権は考慮されていないようだった。
「これからナビゲーターくんには、簡単なクイズにチャレンジしていただきます。ただし、問題は仮想映像内で飛び交う宇宙船や岩石に表示されています。映像に合わせて回転する椅子に座った状態で、果たして何問答えられるかな?さぁ、会場の皆様はお手元のパネルで予想をタッチしてください。レートとオッズはこちら!」
主催者は、優勝をかっさらったぽっと出の新人を虐めるついでに、敗けの赤字を賭けでいくらか取り戻すつもりのようだった。
「さぁ!準備はできたかな?正しく答えられないと電撃ショックのペナルティがあるから気をつけて」
川畑は、拷問台じみた椅子に頭部までしっかり固定され、網膜投影式の映像機器を目の前にセットされた。
リアルの視界に重なるように、ゲームの映像が表示される。リングの氷塊の間を宇宙船が飛んでいた。
椅子の手元には操作レバーと回答用のボタンがついていた。
「(アーケードゲームみたいなもんか)」
川畑は流れ始めた操作ガイダンスを見ながら、クイズの常識問題が最大のネックだなと思った。
「さぁ!皆さん、予想回答数は入力し終わりましたか?スタートと同時に締め切りますよ。では、普段はパイロットの操縦を支援するナビゲーターくんが、今回は自分で操縦というハンデを背負ってのチャレンジだ。障害物にぶつかったり、敵機に撃たれたりすると、グルグル回って衝撃が入るよ!うまく避けながらクイズに答えられるか、挑戦だ。まずは小手調べのイージーコースから。行ってみよう!」
あいつら撃ってくるんだ……と、川畑は沢山いる敵機を見ながら、操作レバーを握った。
暁烏のパイロットはワンマン主義でナビゲーターはお飾り……という噂を聞いていた客達は、ゲームのルール解説をニヤニヤしながら聞いていた。さっきまですまして話していた接客担当らしい大柄な若者が、衝撃や電撃で悲鳴をあげるのが容易に想像できたからだ。
「なぁ、これヤバいだろう。あいつ、ぶん回されるのは慣れてても、自分で回避運動とかしたことないんだろう?宇宙船の操作とかわからないって言ってたし」
マリーはジョイスの腕を引っ張った。
「いや、だからって、俺達どうしようもできないだろ」
「か、代わりに私が出たほうがいいんじゃないか?」
「止めろよ。人助けなんて柄でもないだろう。どのみち、もう始まっちまう」
「ちくしょう、薄情もん!なぁ、あんた達も見てないで何とかしろよ」
マリーはヴァレリアとキャップに助力を求めた。
「あの程度なら、あやつはほっといていいと思うぞ」
「ねぇ、ヴァレさん。マスター全問正解に賭けて」
緊張感のない二人にマリーがキレかけたところで、場内の明かりが暗くなって、ゲームが始まった。
開始と同時に川畑は操作レバーをおもいっきり倒した。
視界が回るのに連動して、椅子がグルグル回転する。レバーを別方向に倒すとそれに合わせて、3軸のリングが回って、自由に回転方向を変えることができた。
「(意外と反応いいし、映像との連動もバッチリだし、これは楽しいかもしれん)」
足元のペダルを踏み込むとスピードが上がるのは、緊張した操縦者が足を突っ張ると加速する意地悪設計だったのだが、川畑には分かりやすい操作系だった。
「(加速してもGがかからないのは、ご愛敬だよな)」
川畑はペダルをベタ踏みした。
ステージ上の大画面に映し出されたプレイヤー視界の映像で、酔った客が続出した。
「イージーコースは問題が簡単なので助かりました。これは楽しいですね」
司会者のインタビューに笑顔で答える川畑に、観客達は"狂烏"のマッド成分は、けしてパイロット単独のものではないと思い知らされた。
「で、では引き続きノーマルコース!今度は手加減なしですよ」
どっちにしても大差なかった。
3つのリングは激しく回転し続け、衝撃音も電撃の火花も一度も発生しなかった。大画面では、プレイヤー視界映像は小さなワイプに変更され、第3者視点の引きのシミュレーション映像が映されていた。
捻り込みながら後方から吸い付くように敵機に接近し、機体表面の問題文を一瞬で読み取っては、回答ボタンを押す一連の動きは、激しく回転する椅子の上で操作されているとは思えない速さと正確さだった。
視界映像だと問題文が画面に映る時間が短すぎるため、ちらりと出た問題文は、大画面の端に順番に表示されるようになった。
「さすがに難しい問題があって悩みました。でも三択だから適当に答えても3分の1の確率で当たるので助かります」
「はっはっは、それじゃあ今日は確率が仕事してませんね。見事、全問正解です」
問題は出題の難易度じゃなくてお前の飛行センスと動体視力だよ!と、大方の客が心の中で突っ込んだ。
「ウッソだろ……」
マリーは呆然と呟いた。
「やったね。またマスター全問正解」
「なんであいつナビゲーターやってんだ」
「本人の希望だと聞いたぞ」
「マスターは、ジャックが優勝するところをすぐ隣で見たかったんだって。だからマスターがパイロットで1人で飛ぶ話は断ってた」
「なんてこった」
ジョイスは"添え物"どころではない"化け物"に説教したことを思い出して肝が冷えた。
「さぁ、ここで難易度がさらに上がります。今度の回答は音声または文字入力になりますよ。回転する椅子の上で正しく文字入力のパネル操作ができるかが勝利のポイントです。敵機の数も増え、動きも良くなりますから頑張ってくださいね!」
「(さすがに文字入力の操作はきついな)」
急遽追加されたルールなのか、スタッフの手で無理やり後付けで固定された入力パネルを見ていた川畑は、パネル側面に通信端子があるのを見つけた。汎用の小型入力パネルは単純な作りで、使っているフォーマットも標準的なようだった。よく見るとパネルから椅子には通信系コードは繋がっていない。回転する椅子に後付けで有線配線をするのは難しいので、おそらく入力結果は無線式で送信されるのだろう。
「(それなら直接文字コード送っちゃった方が速いな)」
川畑はスタッフに言われて入力テストをしながら、こっそり翻訳さんに頼んで、使用されている通信プロトコルを確認して貰った。
「(という訳で、機器からの出力波をインターセプトして、俺の思考と照合。誤入力を訂正して正しく翻訳してから出力してくれ)」
無茶振りにも程がある指示を翻訳さんに出して、川畑はスタートに備えた。
「それでは、エクストラコース、スタート!」
運営によって急遽追加された敵機が、雲蚊のように川畑に襲い掛かった。
「群れはいかん。群れは……」
ゲーム終了間際、装置は負荷のかかりすぎで壊れた。




