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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第7章 ワンスアポンアタイム インザ ユニバース

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ブルーフェアリー

薄暗い船内で、MMはパイロットシートに座って息を吐き出した。

カップは、後ろからそっとMMの仮面を外して、両手で頭を包み込むようにしながら、顔を覗き込んだ。

「……なんだよ」

細い指が耳の辺りを撫でる感覚に、腰の後ろがざわりとするのをごまかすように、MMは不機嫌にカップを睨み付けた。

カップは悲しげに彼の眼を見つめた。

「ジャック、怒らないで。冷たくしないで、一緒にいちゃダメって言わないで」

カップは至近距離でMMを見つめたまま、彼の頬から首筋を撫でるように手を這わせて、ぐるりと前に回り込むと、座っている彼の膝の上に乗った。

「ジャックのこと好き」

カップはMMの首筋から鎖骨のラインをゆっくりと指先でたどり、ジャケットの内側……いつもなら胸ポケットがある位置に手をあてた。

「ジャックと一緒にいるのが好き」

カップはMMをぎゅっと抱き締めて、彼の耳元で吐息を漏らした。

「気持ちいい……」

MMの中で何かが臨界点を越えた。


「うっだらぁあんだらぁあぁぁっ!!!」

MMは絶叫した。

カップはびっくりして身体を起こし、MMの膝にまたがったまま、目を丸くした。

「だぁほ!てきとうぬかしてっと、襲うぞ、こんガキゃあ」

「ボク、ガキじゃないよ」

カップは自分の身体を見下ろしながら、両手で胸元から腰を撫でた。

「こんなにおっきいもん」

「よけい悪いわ!」

「それに妖精には大人も子供もないから、ボク、マスターやジャックよりもずっとちゃんと大人だよ」

「ぬかせ!」

「ボクはちゃんと嫌なことはしないでって言うし、大事なことは向き合って目を見てお話できる」

カップはしっかりとMMを見つめた。MMはカップを睨み返したが、カップは怯まずに続けた。

「それに大事な人にははっきり好きだって、一緒にいたいって伝えられる。ボク、ちゃんと大人だよ」

カップの声が震えて、大きな目から、涙が一粒こぼれた。

「すねたり、カッコつけてごまかしたりしないよ」

「カップ……」

カップはMMの髪を撫でた。


「ジャックは、マスターが急に知らない人になっちゃって寂しかった?冷たくされて傷ついた?」

「な!別に俺は……」

「マスターはね、ジャックにどうでもいい他人扱いされて、寂しがってたよ。でもマスターは子供だから、どうしていいかわからなくて変なことしてるの」

「俺はあいつとは別にどうという関係でもねーよ」

カップはMMを上目遣いで見上げた。

「ジャックは、好きと愛してると欲情するの区別がちゃんとつけられないの?」

「カ~ップっ!!欲情とかそういう言葉は使っちゃダメ!」

「いつもは言語野が足りないだけだもの。意味はちゃんとわかってるよ。少なくとも今のジャックみたいに、好きも嫌いも、来るなも寂しいも、愛されたいのも愛したいのも、全部ごちゃごちゃで、抱きたいかどうかと混ぜちゃって、まるで分かってないなんてことはないから」

カップの言葉を否定しようとしたMMは、自分の気持ちがうまく言葉にできなかった。

「ああっ、くそっ。そうじゃねーんだよ」

「マスターの色恋はノリコ一択だよ。他は全部、色も欲もないただの好意だから拒まないであげて」

「んなもん、わかってら!あいつは単純ないい奴だよ。だからスケベ親父どもに色眼鏡で見られるのがやなんだよ」

「だったら、ちゃんとそう伝えて。マスターは変なところで空回りするから」

「空回り……」

MMは川畑の様子を思い出した。何がどう空回りするとああなるのかわからない。

「あいつ、なんなん?」

「変なの」

カップはバッサリ言い切った。

「だから周りが面倒みてあげないといけないの。ジャックは今、一番近くにいるんだから、ちゃんとして」

「そんなこと言われたって、わっかんねーよ」

ジャックは顔をしかめた。

「俺は家族とか大事な人とか持ったことないんだ。いきなりあんなでかくて意味不明なガキの面倒なんてみれねぇよ……人間でもない俺に子供の世話なんて人間らしいこと要求すんな」

「ジャックは人間じゃないの?」

「こないだ話しただろ。法的人権は買ったけど、根本的な造りは人間と違うんだ。親もいないし普通の方法じゃ子供もできない」

カップは静かにMMを見つめた。

「マスターやダーリングさんの外れっぷりと比べたら誤差だよ」

「一緒にすんな!ってか、何?奴らそんなにヤバいの?」

「事象3次元でのトポロジーはそんなに違わないんだって。小舟の櫂の柄も、原子力空母のスクリューの軸も断面は丸いって、キャプテンは言ってた」

「例えも例えた奴もさっぱりわからない」

MMは頭を抱えた。


カップは穏やかに微笑んだ。

「ジャックは人間になりたいの?」

「別に今さらもうどうでもいいよ。時々なんかこう、うまくいかねぇなって思ったときに、もし俺が本物だったら何か違うのかなって、ちょっぴり考えちまうことがあるだけだ」

「マスターが見せてくれたお話に、人間になりたいお人形の男の子が、青い妖精(ブルーフェアリー)に魔法の杖で人間にしてもらえる話があったよ。ボクは青い妖精だから、いつか魔法の杖を手にいれて、ジャックを人間にしてあげる」

「はは、星に願うような話だな」

「ちゃんといい子にしてたら願いは叶うよ」

「はいはい」

MMは目を閉じてシートの背にもたれた。カップは少しムッとして、MMの両肩に手を置いて伸び上がると、彼を上から覗き込んだ。

「まずは嘘をつかないこと!」

MMはめんどくさそうに片目を開けた。

「ジャック、ボクのこと好き?」

「はいはい、愛してるよ」

「どれくらい?マスターよりも?」

「そりゃもうあんな奴より、ずっと」

「白猫さんより?」

「誰のことだ?」

「……一番?」

「はいはい、一番、一番」

適当に相槌をうっていたMMは、自分の答えがどれ程カップにとって重要な意味を持つか、まるっきり考えていなかった。しかし、どんなに尽くしてくれる相手にも、どんなに役に立つ相手にも、絶対に"一番"の座は与えない主人に使えている妖精は、MMの返事に歓喜した。




「あれ?キャップ、お前だけか?」

1人でやって来たキャップを、川畑は席を立って出迎えた。

「うん。カップとジャックは一度、船に帰ったよ」

「そうか。それならカップには、船でジャックと部屋で夕飯済ませてくるように言っておこう。ジャックもこういう席は苦手みたいだったし」

「それがいいね」

「お前がジャックの席でごはん食べていいぞ」

「わーい、やったぁ」

川畑は同テーブルの面々にキャップを紹介した。

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― 新着の感想 ―
ぉぉー 素晴らしき告白回 青ちゃん頑張ったなぁ 日頃は8ビット化されてるせいでぽやんなのは良い設計でした 川端への解像度も良き〜
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