ケアレスミスは地味に痛い
"パーティー会場"へのジャンプ座標は、招待客にしか教えられない。
暗号化されたコードを、ハードウェアで支給された専用機器で解錠して設定しないといけない念のいれようだ。しかもジャンプアウトした先の会場周辺は、常時、ジャミングで高次空間通信が使用できなくされている。もちろん無許可ではジャンプインで立ち去ることもできない。
「無断出入り禁止の完全会員制非合法組織御用達秘密会場……つってもお前は出入り関係ねぇよな」
MMは、いつも通り転移で出現した川畑の頭をポンと叩いた。
「ただいま。なに?」
「おかえり。遅かったな」
「ダーリングさんにこき使われた。絶対、あの仕事量はレースで手伝ってもらった時間分を越えてる」
「おかげで助かったし、日頃迷惑かけてるから」
「それにしてもあの量はえぐい。俺はこの世界のデジタルデバイス慣れてないから、手打ちでそんな文章量を出力できないって言ったら、あの人、文字コード表と標準データ形式の伝文フォーマットの仕様書一式渡してきたんだぞ!光回線のケーブル手渡して、"光速で出力しろ"って、絶対あの人、俺のこと人間だと思ってない!」
「……で、やったのか?」
「しょうがないだろ。やらないと終わらない量があったんだから。銀河標準規格の第一水準コードとお役所専用書式ならマスターしたぞ。有線じゃない通信プロトコルもついでに勉強してきたから、ちょっとインタフェース整えて練習したら、いつも視野外に表示してたテキストを、普通に船のモニタに表示することもできると思う。後でやってみよう」
ダーリングの評価は間違ってないと、MMは思った。
「ルルド語入り議事録の訳文文字起こしとか本来ダーリングさんのやるような仕事じゃないんだよな。連邦政府は人材の使い方を間違ってる」
「そんなことまで押し付けられてるのか。そりゃ仕事終わらないわ」
「現場で理力感知しないとルルド語はニュアンスがわからないって言ったら、今度の会議に議事録係で出席してくれっていうんだ。だから、理力感覚込みで感覚直結してくれたら、俺が現場にいかなくても、同時翻訳で文字起こしして、後でダーリングさんの端末に送ってやるっていったら、軍事機密の漏洩がどうのって苦悩してた」
MMはダーリングに同情した。
「そういえばお前さ。ダーリングさんのこと、レースの時は呼び捨てにしてなかったか?」
「ああ。戦闘時はいちいち"さん"とかつけていられないから、呼び捨てで良いことになってる。あの人、ファーストネームも長いし、略称で呼ぶのも憚られるんだよ。"あっくん"とか無理だろ?」
「そこはせめて"アスト"とか……無理だな。呼べない。40過ぎたあのタイプのおじさんを愛称呼びはきつい」
「40越してる?30代かと思った」
「俺でも30なのにそれはないだろ」
「ええっ!?ジャックそんなに上なのか」
「多分な。銀河標準日の何日生まれか正確にはわからないけど、だいたい9000日ぐらいだ。もっとも、俺みたいに加減速の激しい仕事してると、標準時での年齢なんて書類上の数字だから」
「ちょっと待て。なんで9000日で30歳なんだ?」
「1年300日だから30歳だろう」
「銀河標準年の1年って300日?365日じゃなくて」
「その半端な数字はどこから出たんだ」
「あー」
川畑は翻訳さんが訳しきれなかった数値の罠に目眩がした。
「俺、自分の年齢を18ぐらいって名乗ってたっけ?6の3倍の18」
「ああ。ずいぶん若いよな」
川畑は赤面した。自称中学生をやっていたかと思うと恥ずかしさに頭痛がする。
「ごめん。それ俺の世界換算だ。1年300日で計算すると、21歳前後になる」
「なに!?いや……見た目から言ったらむしろまだ妥当か?」
「まさかこんな落とし穴があるとは……年齢言ったときの反応が激しいなとは思ってたんだが、俺、わりと実年齢より上に見られるからそういうものだとばかり……」
二人は、関係者には早めに訂正しておこうという事で合意した。
「ケアレスミスです。すいません」
停泊したオーナー船を訪れた川畑は、リビングにいたジョイスに詫びた。
「いやいや、その間違いも大概だけど、むしろ俺としてはなんでレース主催者のパーティーとやらに出る羽目になっちゃったのかの方が、今は問題だ」
「そっちもケアレスミスです。申し訳ありません」
「うっかりが過ぎるだろうよ。よくそんなんで、ナビゲーター務めたな」
元オディールのコパイロットでナビゲーターのジョイスは、憤懣やる方なしという様子だった。
「優勝できたのはパイロットさんのおかげです」
「んなわけねーだろ」
レース2日目までの振り返り考察をヴァレリアとやったジョイスは、暁烏がWPの取りこぼしとコースミスがほぼゼロなのを知っていた。あれをパイロットの独力でやったというなら、そのパイロットは化け物だ。
「ナビゲーターなしであんな優勝の仕方されてたまるか。ちょっと叱られたら卑屈にペコペコしてんじゃねー。お前も実は21だっていうなら、その辺の機微も理解しろ!んでもって、もっと自分の役割にプライド持ってしゃんとしねーか。ぼやぼや周りの言うなりになってんじゃねぇよ」
ジョイスの言い分は支離滅裂だったが、川畑は、腹を立てていても、その原因の相手を思いやれる大人って、カッコいいなぁ、と思った。
「ご指導、ご鞭撻ありがとうございます」
「可愛いげないのは図体だけにしろ!」
川畑は頭をひっぱたかれた。
「こら、うちの若いのいじめてんじゃないよ」
奥の船室から出て来たヴァレリアを見ると、ジョイスの威勢はへなへなと溶けた。
「ヴァレさん、なんですかそれ」
川畑はヴァレリアの手元の派手な色合いの布を指差した。
「パーティー用の正装。カーティスの予備をこの男用に仕立て直そうとしたんだが、どうにも収まりが悪くて困ってるんだ」
「だから俺は正装とか似合わねぇ質なんだよ。船で留守番してるからほっといてくれよ」
ヴァレリアの手元の、差し色で赤の効いた華やかなライトブルーの服と、隣の中年男を見比べて、川畑はこれは可哀想だと思った。
「そういわずにもう一度、試着してみないか?裾は切ったし、胴回りもギリギリまで広げたから」
「わりぃけど、俺は根本的にあの色男と体型が違うんだよ。惨めになるだけだから、もういいよ」
川畑はヴァレリアが困ったような顔をしたのをみて、おや?と思った。基本的にクールなヴァレリアは、こういう場合さっさと切り捨てて頭を切り替えるタイプだ。相手が嫌がるのに何かを(ゴリ押しではなく)奨めるのは珍しい。
「ヴァレさん。定番のフォーマルで良ければ、この人のサイズの奴を、どっかその辺で適当に見繕って調達してきましょうか」
「お願いできるかい?」
「任せてください。探してきます」
「おいおい、ドリンク1本買ってくるのと訳が違うぞ」
「大丈夫。宛がないわけじゃないんで」
「ダーリングさん。特急でフォーマルウェア用意できる店教えて下さい」
「貴様、私をなんだと思っているんだ」
「頼りにさせていただいております」
「買ってきました」
「嘘だろ!おい!どこで売ってたんだよ」
川畑は、ジョイスにフォーマルウェア一式を渡した。ダーリングのOKが出ているので、この世界基準で無難であることは太鼓判である。
「おいおい、いくらしたんだ?払えねぇよ」
「お代はいいです。パーティー出る羽目になったのは俺のミスなんで。実のところ、うちの頼りになる身元保証人が出してくれたんですよ。まぁ、代わりに一晩働いて返せって言われましたが……」
「それって……いや、うん。ありがとうな」
ジョイスはいろいろ追及するのを止めて、服を受け取った。この若いのの弱い立場につけこんでいいようにしているその身元保証人はクソ野郎だと思ったが、そこまでして手に入れてきてくれた対価にケチを付けて、むげにするのは忍びなかった。
「間に合ったようだね。ありがとう。いい色味じゃないか。女がドレスを合わせやすい色だ」
ヴァレリアはジョイスの服の包みを確認して、満足そうに頷いた。
「はい。これはあんた達の分。さっさと着替えてきな」
川畑はヴァレリアから二人分の着替えを渡された。
「あれ?これは何だ?」
袋には、服類と靴以外に、羽飾りのついた何かが入っていた。
「仮面だよ。パーティーはマスカレードだって聞いてないかい?」
川畑は顔の上半分を覆う装飾用のマスクを手に、連絡不備は良くないなと、しみじみ反省した。
連絡、確認もれのミスは、原因の些細さのわりにリカバーが大変。
ジョイスは、川畑の身元保証人=暁烏のパイロットだと思っているため、偏見過多です。
ジョイス解釈のパイロット像をジャックが聞いたらきっと泣く。




