二名様追加
もう人間であることをやめたら、恐ろしくきれいな朝の天空は絶好の遊歩場らしい。
川畑はぼんやりと、大型ガス惑星の昼夜境界線を眺めた。
「チエコは朝の空を飛んだそうだ」
「だから、誰だよ、チエコ」
「レモン汁で正気に戻る人」
「すごいなレモン汁。で、レモンって何?」
「今、お前が飲んでるのに入ってる」
MMはドリンクボトルの吸い口を離して咳き込んだ。
「なに飲ませてんだよ!」
「自家製レモネード。ここの市販ドリンクは、味がわからん」
「お前が作るもんは、正体がわからん」
「味はいいだろ?」
「……うまいよ」
MMはボトルの中身を飲みながら、不本意そうに答えた。
「優勝おめでとう」
カーティスはバカ明るい笑顔を浮かべて、MMと川畑を労った。
「最後は凄かったね。思わず真顔になるかと思ったよ」
MMと川畑は、カーティスが真顔になったところを想像し、ちょっと怖くなったので、「すみません」と謝っておいた。
「ともかくも、これで無事に我々は、主催者の本拠地で開かれるパーティーの参加権を手に入れたわけだ。この後も、この調子で頼むよ」
「この後?まだ、俺達のやることが何かあるんですか?」
カーティスは、面白い冗談を聞いた時の伝統芸能の芸人のリアクションみたいな笑い声を上げた。
「凄い自信だね。パーティーでのイベントなんて君らにとっては、ただの余興か」
「すみません。まじで情報共有できてません。詳細教えてください」
カーティスは笑顔のまま、かくんと首をかしげた。
ヴァレリアの指揮で撤収が進むビバークエリアのキャンプを追い出された二人は、クルーの共用棟をだらだらと歩いていた。
賭けの参加者達のいる観客用のエリアはいまだに大騒ぎのようだったが、こちらは人気もまばらだ。
「よう。生きてたか」
声をかけてきたのは、不機嫌な顔の女性パイロットだった。
「あ、どうも、おかげさまで」
川畑は、これどういう風に翻訳されているのかな?と思いながら、極めて日本的な挨拶を返した。
"オディール"のマリーは、オレンジ色の目を細めて、鼻で笑った。
MMはこっそり川畑をつついた。
「誰?」
「ああ、ジャック、こちらはマリーさん。昨日、売店でドリンクの買い方教えてくれた親切な人。マリーさん、これ、うちのジャックです」
「あー、よろしく?」
「んんん?よろしく……」
流れるように紹介されて、流されたパイロット2人はなんとなく挨拶を交わした。川畑は、昨日は42番と聞いただけで引いていたマリーが、声をかけてくれた上に、ジャックとも普通に仲良くしてくれたのが嬉しくて、珍しくわかりやすい笑顔でマリーに話しかけた。
「マリーさんはこれからお帰りですか?」
「ああ、もうここに用もないしな……と言っても帰る先や他にする用事が特にあるって訳じゃないんだけど」
マリーは苦笑した。
「どこか手近な宇宙港まで安く乗せてってくれそうな船を探してたところだ」
「え?お前、どっかのクルーだろ?自分のチームの船で帰るんじゃないのか?」
MMは思わず聞き返した。
「いろいろあるんだよ」
マリーは事情を説明する気はなかった。意地になって無茶をして負けたマリー達は、雇い主から解雇されていたのだ。
「お前みたいな美人の姉ちゃんが、そんなこと頼みに来たら、いいようにして身ぐるみ剥いで売り飛ばそうって輩しかいないだろ。ここ」
「世知辛いね」
あきらめた風で、他人事のように言うマリーを、お節介のお人好し2人は心配そうに見た。
「えーと、もし良かったら……」
「良くねぇよ」
マリーから話を聞いた"オディール"のコパイロットのジョイスはにべもなく言った。
「どうしちまったんだ、マリー。こんなペテン話に引っかかるお前じゃないだろ?」
「でもさ……なんか裏があって言ってる感じじゃなくて、そのう…心配してくれれるっていうか、親身になってくれてるっていうか、そういう雰囲気で……」
「詐欺師とペテン師はみんなそうだよ!お前、ああいうタイプに弱いわけ!?」
「別に好みって訳じゃないけどさ」
むしろ好みからいえば、彼と一緒にいたジャックとかいうメンテナンスクルーらしき友人の方が好みだったと思いながら、マリーは小声で言い訳をした。
「だって、キザじゃなくて、私を"マリーさん"なんて呼んでくれる男なんてなかなかいないじゃん」
冴えない中年男のジョイスは、半目でマリーを見た。
「マリーさん、冷静になれよ。相手は狂烏だ。絶対、訳あり裏あり悪意ありだって。な?マリーさんよぉ」
「うるさいなぁ」
マリーは顔をしかめた。
「だったとしても、あの化け物のコックピットに入って中が見られるチャンスなら、逃す手はないだろ」
「あん?」
「乗せてってくれるて言うのが、暁烏本船なんだよ」
「はあっ!?整備船じゃないのか?」
「整備クルー用の船はベースに直帰するからって言われたんだ。どうも別ルートで帰るらしい」
「ちょっと待てよ?ということはあれか?あの狂烏、あのサイズで単独で恒星間航行するのか?」
「レース専用マシンじゃなくて、商用恒星間小型貨物輸送船の登録なんだと」
「俺達、ジャンプドライブ積んだ貨物船に機動で負けたのか……」
「2名以上の"乗客"は運んじゃいけないから、金は要らないって。船室は狭いから、ベットは交代で仮眠になるけどいいかって聞かれた」
「狂ってやがる。船室付き?あり得ねぇ」
「な?見てみたいだろ?」
ジョイスは頭を抱えて唸った。
「バカだね。ホントに男ってのは」
ヴァレリアは、MMと川畑から"知り合いを乗せていく"話を聞いて、あきれ返った。
「わかったよ。ヤバめの機器は応急で目隠ししとく。あとはあんたの妖精の幻術だかなんだかで、そこいらに意識が向かないようにしときな」
「はい。よろしくお願いします」
「それから……」
ヴァレリアは腰に手をあてて、決定事項を言い渡すように言った。
「女の子の方は、私と一緒にカーティスの船に乗せる。あんな狭いところに男3人と詰め込んで、男臭い船室で女の子寝かせんな。あほう」
「宇宙船乗りに男も女も関係ねぇよ」
「ジャック、ヴァレさんの出身世界も含めて中世系世界はわりとジェンダーを気にするんだ。ヴァレさん、それでお願いします。カーティスさんには俺から話をしておきます」
ヴァレリアはめんどくさそうに片手を振って了承した。
「おいおい、話がおかしいじゃねーか。マリーだけ別の船って、売り飛ばそうって腹か?」
やって来た元オディールの二人に、部屋割りの話をすると、男の方が反発した。仕方がないので、川畑はひとまず二人を暁烏の船内に案内した。
「これが船室なんだよ」
「せっま!」
「まさかベッドって言ってたの、あれか!?」
「掃除したから汚れてはいないと思うけど、ここに4人はヤバいってメンテナンス担当のリーダーに怒られた」
「狂烏にも常識人がいた!」
「えーと。そういうわけで少なくともどっちかはもう一隻に乗ることをおすすめするんだけど。なんなら二人で向こうに乗るか?」
二人は顔を見合わせたあと、船内をぐるりと見回した。
「あれがコパイシートか?」
「そうだ」
ジョイスはダメ元で、このちょっと抜けた感じの坊やに、普通はOKがでないお願いをしてみた。
「道中、暇なときにそこのモニタでレースの時の記録見せてもらってもいいか?」
「いいよ」
川畑は気安く了承した。
「それなら俺はこっちに乗りたい」
「あっ、ずるいぞ。それなら私も…」
川畑は収拾がつかなくなりそうだったので提案した。
「とりあえずもう一隻がどんな船か見てから決めないか?」
マリーとジョイスは提案に乗った。
マリーはスーパーゴージャスな船の超快適そうな船室を見て、あっさり移動をOKした。
ジョイスは、マリーの心配と、船への好奇心と、居住性の優劣に心揺れて唸った。
「ゲストルームは余裕があるから、こっちにこればいいじゃないか。レースの振り返りなら、オーナー船の大型モニタの方が見易いぞ。解説ならその小僧より私の方が適任だろう」
背後から声をかけられて、ジョイスは振り向いた。そこには妖艶な黒髪の美女がいた。
「こ、こちらは?」
「ヴァレリアさん。うちのメンテナンスリーダーだ。今回のうちの船のシステムは全部、彼女が設計・調整してる」
ジョイスは女神の降臨に遭遇したかのような眼差しで、ヴァレリアを見た。
「俺もこっちに乗らせてもらってもいいか?」
「随意に」
マリーと川畑は、明らかに一目惚れでぐだぐだになっている中年男を心配したが、本人はなんだか幸せそうなので、そっと見守ることにした。
「結局、二人か」
トゥバン星系のレース会場を後にして、MMはのんびりと、オーナー船の後について飛ぶように、船の航路を設定した。
「ま、俺はその方が楽だからいいけどな。メシとかフロとか」
「さすがに他人がいると、俺の部屋への扉は開けられないからな。はい昼飯」
川畑は焼きそばをMMに渡した。
「いただきます」
MMは焼きそばを頬張りながら、ふと尋ねた。
「そういえば。あいつら、あっちに乗ったら、パーティーの前に途中でどっかの宇宙港に送ってやるの無理じゃね?」
「あ……」
「これはパーティー強制参加か?留守番させとくわけにもいかないだろ」
「しまったな。先に寄り道して送るつもりでいたから、この後、パーティーの予定があるって言ってない」
「そこはオーナーと姉さんが上手いことしてくれることを期待しよう」
「ううむ……」
「ますたー、だいじょうぶだよ。たのしいパーティーにでれるなら、マリーもよろこぶよ」
「ヤキソバひとくちちょーだい」
川畑は妖精達に焼きそばを食べさせながら、後でちゃんと謝ろうと思った。




