ゴールへの飛翔
「さーて、最後は直線SSだけだっけ?フルパワーでサクッと行くかぁ」
MMはパイロットスーツの前を閉めながら、威勢よくシートに座った。
学生服のままコパイロットシートに座った川畑は、主催者からのお知らせが入ったのに気づいた。
「なんだこれ。ひどい後だししてきやがったな」
「何があった?」
「最後のSS区間に、参加チームの"応援機"の侵入が許可された。自分のチームの機体がSS区間を飛行する間プラスその前後200sは、チームシンボルを付けた機体がSS区間で自由に行動できる……って、これ大手が妨害し放題じゃないか」
「とんだクソルールだな」
「これまでも最後に運営が追加ルールで介入することはあるってのはエザキのおっさんの資料で知ってたけど、これは過去に類を見ないひどい追加だな」
川畑はSS区間周辺宙域を走査した。
「あー、しかもこれ、大手には事前情報リークされてる奴だ。それっぽいのがうようよいる」
「ぽっと出の俺らが勝つのが気に食わねぇお偉いさん層がいらっしゃるんだろ」
『キャップ、ヴァレさん呼んで』
『あいさー。ここにいるよ』
川畑はヴァレリアを船に転移させ、状況を簡単に説明した。
「介入者の数が多い。うちも"応援"をいれるから、チームシンボルのマーキング頼む」
「分かったよ。私の工房に送っとくれ。準備しておいてやる」
「お願いします!ジャック、すぐ戻る」
「おう。行ってこい」
川畑はカップとキャップを残して、"応援"者を呼びに行った。
「またお前か。今度はなんだ」
ダーリングは、デスクから顔を上げて、嫌そうに尋ねた。
「2000sだけ協力してくれ。宇宙空間で空中戦。武装は無制限。俺達の船を落とそうとする不届きものがいる。成敗してくれ」
ダーリングの眉間のシワが深くなった。
「帰ったらその書類仕事を手伝う!」
「行こうか」
ダーリングは仕事を「一時退席」の設定にして立ち上がった。
「今、暫定3位がSSに入ったと同時にやられた。SS内は戦争状態だ」
「ダーリング。空間情報送る。視覚補正入れるぞ。遠隔音声通話はジャックと3人で情報共有。思考直結はジャックは未履修だ。スタート、ゴール及び予定航路はこれ。今、強調表示いれたのは運営のポイントマーカーだから触ったり壊したりしないでくれ。それ以外は全部敵だ」
川畑はコパイシートにつくと、手早くVシステムをオンにした。
「アトラス座標表示。アトモス制御範囲をSS区間全域に設定。ジャック、硬化、耐熱、耐電に加えて、そっちで撃てる迎撃用火器管制入れるか?」
「俺は操船に専念したい」
「分かった。ハエ叩きはこっちでやる」
「ハエ……ハエは落とす!」
「ダーリング!変なところでスイッチ入らないでくれ。状況確認できたか?例の装甲は宇宙戦仕様にしてあんた用に調整済みだ。ここは狭いから、奥の船室で着てくれ」
川畑はダーリングに指輪を投げた。
ダーリングは不本意そうに指輪を受けとると、奥の船室に移動した。
「"換装"!」
ダーリングが金色の指輪を中指にはめて叫ぶと、指輪から光が走って彼の全身を網目のように覆った。ダークグレーの落ち着いた私服がキューブ状の細片になり、戦闘用のアンダーウェアに変換される。黒いアンダーウェア表面に浮かんだ金色の線と複雑な文様が発光し、彼の体が浮き上がった。文様に呼応するように空中に描かれた装甲のシルエットが、内側から順に実体化し、吸い付くように次々とダーリングを覆った。
最後のパーツがはまり、「ガシュィィン!でお願いします」と川畑が指定した音で変身プロセスが完了すると、そこには暁烏のエンブレムを刻んだ鉄紺色の強化装甲兵がいた。
「換装完了。武装は?」
「部屋が狭い。船外に出てから展開してくれ。視野外に一覧出しとくから、思考選択して使ってくれればいい」
「了解した。俺の剣は?」
「修理済み。魔力耐久性能は上げてあるからフルエンチャントでいってももう壊れないが、今回、宇宙戦闘だぞ?」
MMは、ダーリング氏が大真面目に"俺の剣"(両刃の直刀の両手剣)の確認をしている現状に涙が出たが、世を儚んでいる場合でもないので、ヘルメットを被りながら、非常識な二人に声をかけた。
「あと200でSSのスタートCP。いつでも出ていいぞ」
「ダーリング行けるか」
「これでエアロックは無理だ」
「直接、船外に転移すると惑星に対して相対速度0になる可能性が高い。船内の貨物区画に転移後、貨物区画のハッチを開ける」
「了解した。やってくれ」
船外に出ると同時に、ダーリングは強化装甲の翼を展開し、金色の理力光を散らしながら飛翔した。
「CP周りにゴミが多すぎる」
「航路をあける。ジャックは直進でいいぞ」
「了解」
MMはヘルメットの黒いバイザーをおろした。川畑は蜻蛉竜上位種の加護で属性を付与された理力を操作して、ヴァレリアと共同開発の攻撃用術式を展開した。
「ライトニング・ストーム!」
「わーい、みえるやつだぁ」
「かっこいー!」
アトモスの加護によって形成された理力による嵐の回廊を、フレーム種とライトニング種の加護で、火と雷の上位属性化された理力で創ったプラズマの奔流が走る。
強烈な光の通った跡にはなにも残らなかった。
「CP通過。本気で行くぞ!」
MMは盛大に加速した。
「なんだ今の光は」
「わかりません。なんらかの光学兵器のようです」
「見える光学兵器があってたまるか!宇宙空間だぞ?」
ゴンチャロフは、手元の果物を投げつけた。
「ボス、うちの戦闘機が!」
「レース中は、オーナーと呼べ。チームの"応援"機がどうした?」
「次々、無力化されています」
「無力化というのはどういう意味だ!?」
『ダーリング、有人機は無力化で頼むぞ』
『敵は一掃じゃないのか?』
『これは戦争じゃない。レースだ。応援のマナーが悪いやつらを懲らしめてくれればそれでいい』
『分かった』
『あと、こいつとこいつはレース出場機だから手を出さないでくれ。ジャックには正々堂々勝ってもらいたい』
『過保護だな』
『うるせー』
蜻蛉竜狩りの修羅場で習得した思考直結による高速会話で、1sに満たないやり取りをしたダーリングは、手近な無人機を大口径のパルスレーザーガンで一通り爆散させた後、有人機と思われる機体に肉薄した。
あの忌々しい蜻蛉竜どもと比べると、有人宇宙戦闘機は馬鹿馬鹿しいほど容易く捕り付けた。
ダーリングは機体の外装に手をかけて、苦もなく紙のように剥がした。
「(個人用の調整の有無で、これほど使いやすさが違うのか。パワーアシストが自然すぎるぞ)」
ダーリングは剥き出しになった機関部を覗き込んで、愛用の巨大な剣を抜いた。ダーリングの力が付与されて強化された剣は、暗闇をほんのり金色の輝きで照らした。
「(要するに爆発しないで、主機関が沈黙すればいいわけだな)」
彼は獲物をしめる猟師のように、機関部に剣を突き立てた。
「主機関停止。航行不能。生命維持系統非常動力に切り替わります!」
「何が起こったんだ!?」
「監視映像にこんなものが」
照明が一段暗くなった操縦室のモニタに、光る剣を持った人型の兵器が映った。
「死神……」
人の身の丈ほどの剣の光に照らされたソレの体には、暁烏のエンブレムがあった。
「アイシクル・レイン」
機体表面で結晶化した大量の氷片が散開して、接近中のミサイル群を撃墜した。
「クリスタル・レインボウ」
光学兵器の光線が機体間際で分光拡散され、攻撃した無人機が"呪い返し"で爆発する。
「技名は言わないといけないルールなのか?」
「一応、術式なんで、初回発動時にはいるらしい。これでも長い詠唱は要らないようにしてもらったんだぞ……よし!タイムで2位を越した」
「はん!この場で追い越してやるよ」
「ちょ、これ以上の加速はダーリングが追い付けなくなるって」
「平気、平気」
「平気じゃな…い…」
川畑は諸々の情報の高速処理と進路を空けるための複数の術式の平行処理で手一杯になった。
「(前方の掃除が間に合わない)」
超高速で迫る障害物を、MMは機体をロールさせて避け出した。
激しく左右に回転する視界に、先行する"ジークフリート"の機体が現れた。"オディール"のマリーに絡んでいた奴らを、川畑は思い出した。
MMとダーリングは、少しサポートが甘くなっていた視覚補正と位置情報の精度が、急に上がったのに驚いた。
『ダーリング、飛行補助する。追い付け!耐加速準備』
『待て!強制加速は止……』
ジークフリートのクルーは、想定外の勢いで迫ってくる暁烏の船脚を止めようと、必死だった。
「バカな!なぜ無事なんだ」
「やむを得ん。サポート機群を体当たりさせろ」
「こ、小型機が突っ込んでくる!?」
『他人を踏み台と捨て石にして、勝ち上がろうという不届きものめ!これでも食らえ!』
川畑は強化装甲を中心に術式を発動させた。
「スローイング・スター!!」
『私を投げるなーっっ!』
青い流星が無人戦闘機の群れに突っ込んだ。
青い光に包まれた鉄紺の機兵は、金色の光の粉の尾を引きながら、ジグザグに無人機の間を飛んだ。
次の瞬間、すべての機体は弾き飛ばされ、暁烏は空いた真ん中を突っ切った。
理力探知による空間認識域の先に、SSのゴールが輝く。ゴールと自機の間には、ヴィクトリアの乗る"ジェリクル"と無数の障害があった。
「晶化」
暁烏の表面を水晶のような透き通った薄い結晶構造が覆い、矢尻型の船体に沿ってトンボのような透明な翅が伸びた。
「ジャック、貫け」
暁烏は小賢しい微小な障害物を切り裂きながら、直進した。
"ジェリクル"がゴールするまで、あと、わずか。
「時は満てり。主観の一瞬よ、絶対時間を凌駕せよ。乾坤一擲。カイロス・アッセンブル……」
拡張された知覚によって引き伸ばされた主観的時間の一瞬、一瞬が、集積され、時空を形成する絶対的時間軸に差し込まれて現実を改変する。
人間の神経系では反応速度が追い付かないはずの情報処理と操作が超高速で実行された。
暁烏はあまたの障害と妨害攻撃を最小の動きで紙一重で回避し、"ジェリクル"を抜いてゴールのCPをチェックした。
主催者によるその後の諸々の数値操作による小細工もむなしく、最終結果で暁烏は圧勝した。




