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家に帰るまでが冒険です  作者: 雲丹屋
第7章 ワンスアポンアタイム インザ ユニバース

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隠すなよ

気がつくとMMは今度はどこかの建物の上にいた。周囲には、見慣れないがさして奇異でもない建物が、規則性もなく並んでいる。湿度の高い空気には、人の生活臭と、微かな工業性の廃棄物の匂いが、点在する植物の匂いと混ざっていた。

「居住区か。そのわりには人の姿がないな」

少し離れた先にタイヤ付きの地上車が行き交うのが見えた。わずかながら歩いている人影もあった。無人ではないらしい。

「この時間帯は人通りは少ない」

「どこだここは」

MMは、掴まれていた手を払って、自力で立った。

「俺が元いた世界……とほぼ同じ世界だ」

何を考えているのかよく分からない大男は、ぶっきらぼうにそう言った。


「お前の住む世界とは比べ物にならないくらい後進で、テクノロジーレベルが低い世界だ。有人惑星はここ1つのみ。無人探査機がようやく自恒星系外に出たかどうかというところで、有人宇宙船は他惑星にすら行っていない。……銀河連邦も恒星間航行宇宙船もない世界で、俺はただの学生だった」

MMは改めて目の前にいる奴を見た。目が合うと相手は眉を寄せて難しい顔をした。パッと見では十分に大人だが確かに若い。

MMはもう一度、辺りを見回した。なんの危険もなさそうな平和な町だ。

MMは彼が諸々の危険に無頓着で、悪所や悪事に疎遠で無防備な理由がよくわかった。この環境で育った子供なら、そうもなるだろう。MMとは根本的に違うのだ。


「だから……俺にとって、あんたはフィクションの主人公みたいなもんなんだよ」

ポツリと言われて、MMは視線を戻した。

「光より早く飛べる宇宙船で、銀河を翔るアウトロー。ヒーローだよ。あんたのものの感じかたとか、些細な一言とかが、全部、こうなんというか憧れそのもので……聞いてて嬉しい」

MMは戸惑った。話の流れがわからない。黙っていると目の前の相手は、ぼそぼそと続けた。

「俺はあんたの世界の住人じゃない。あんたのところにいつまでも居ていい訳でもない。それはわかってる。だから……」

あまり表情の動かない無愛想な若者は、言いづらそうに白状した。

「あんたと一緒にいられるうちに、あんたが最高にカッコいいところが見たい」

「うぇぃ!?」

MMは思わず変な声が出た。

「前にも言っただろう。あんたの隣であんたがレースに勝つところが見たい。依頼された仕事だからってのもあるけど、そんなの関係なくても、俺はあんたが優勝するところが見たい」

まっすぐに言われて、MMは赤面した。こんな風に憧れられたり、期待されたりした経験はまったくなかった。

「う…いや……」

「俺の我儘だし、勝手な押し付けだ。それは申し訳なく思う。でも、これで最後にするから。この件が終わったら、もうあんたに迷惑はかけないから。だから、俺の望みを叶えてくれないか」

MMは耐えきれなくなって、目線を外した。


「俺の名前。知りたいなら教えるよ」

名乗られた名前は、MMにはうまく聞き取れなかった。確かに相手が異世界の異質な存在であることを、MMは実感した。

「……音節が多くて呼びにくい。やっぱり"ロイ"でいいや」

「なんだよ、それ。こっちは意を結して打ち明けたのに」

ロイは不満そうに顔をしかめた。

「あんたの名前は教えてくれるのか?」

「そっちもいいや。どうせ製造番号の7桁目と8桁目でしかない略称だし。お前に"ジャック"って呼ばれるの、人がましくて結構気に入ってるから」

「製造番号?」

「俺、辺境で宇宙開発用に調整製造された非合法な人造個体なんだ。元組織は宇宙開発事業団に摘発されて、もう瓦解してるし同型の個体は全部処分されたから、オンリーワンではあるんだけど、個体識別名はつけられてない。パイロット免許とったときに人権も作ったけど、めんどくさいから名前欄は管理番号の7桁目と8桁目を書いたんだ……そこは数字じゃなかったからな」

ショックを受けたのか、片手で口元を覆ったロイを見て、MMは自嘲的な笑みを浮かべた。憧れのヒーローの座から転落するのはもったいない気はするが、元々自分はそんなものになるのにふさわしい存在ではない。

「……やべぇ、カッコいい」

「は?」

相手の口からポツリと漏れた一言に、MMは耳を疑った。

「なんだそれ。反則だろう。3枚目ギャグキャラみたいな人なのに、ダークな過去持ちとか、さすがスペオペ世界の住人……」

「はぁっ!?」

「その辺りの話、めちゃめちゃ聞きたい。ちょっとこの先の定食屋で飯でも食いながら、聞かせてもらってもいいか?トンカツ定食が旨いところがあってさ。チャーシューの旨いラーメン屋でもいいけど、そこは食うのに熱中しちゃって話できないからなぁ。ジャックはどっちが食いたい?」

「ちょ、ちょっと、話に頭が追い付いてない。え?レースは?戻らなくていいの?」

「こっちに来た直後の時間に戻ればいいんだ。飯食って風呂入って、なんなら一寝入りしてから戻ったって向こうじゃ1sも経ってないことにできる」

「えええ」

「そうだ。せっかく来たんだしスーパー銭湯にも行こうか。この世界に何度も来るとこっちに因果がつきすぎて、自分の世界に戻りづらくなるんだけど、どうせ来ちゃったなら2、3時間滞在時間を増やしても構わないだろう」

「おい、何が何だかまったく……」

「説明するよ。だからまず着替えようか。ジャックのそのカッコはちょっと悪目立ちするからな。俺の着替え貸す」

「ま、待て!こんなところで脱がすな」

「平気、平気。視線避けの結界は張ってるから、誰も見てないって」

「いや、そういうことじゃなくてな!」

無理やり着替えさせられて、飯屋に連行されて、根掘り葉掘り身の上話をせがまれて、確かに相手が変な奴であることを、MMは実感した。




「"公衆"という概念と、"浴場"という設備が結び付く文化に驚きを禁じ得ない。普通な顔で全裸で人前に出る施設があるってどういうモラルなの?」

「つべこべ言ってないで体流せ。かけ湯はマナーだから。あと、タオルは取れ」


「外?屋外にも出るのか?このまま?」

「ここの露天風呂は凝ってるぞ」

「なにここ?特殊な趣味の人の集まり?」

「ひどいこと言うな。みんな近所の善良なお年寄りだぞ」

「カルチャーがショックすぎる」


洞窟風呂と濁り湯とジャグジー(ライトアップ付)と打たせ湯を終えた辺りで、MMはこの状況に慣れた。

「桧風呂は香りがいいよな。これ、この木の香りなんだぞ」

「あー、うん。お前、天然植物由来の匂い好きだもんな」

「部屋の畳は匂いの再現が一番大変だった」

「そうかー」

わっかんねーなーと、MMは思った。ただ、こいつが自分の育った世界から離れて生きていけないのは分かった。


「ここがさ、お前が元いた世界と"ほぼ同じ世界"ってどういうことなんだ?」

「聞き流してくれてたと思ってたのに覚えてたんだな」

二人は並んで寝湯に横たわり空を眺めた。

「同じ1つの世界から、俺の方の世界と、ここの世界が分岐して存在してるんだ。いずれはどちらかの世界だけが残ることになるらしい。今のところこっちに来る方法はわかっているけど、もう1つに戻る方法が確立してないんだ」

「あれ?お前、嫁を実家に送り返してたじゃないか。彼女はお前の世界の娘じゃないのか?」

「彼女はこっちの世界の住人だ」

MMは隣の男の横顔を見た。

「彼女は俺が彼女に会う前から、俺を見たことがあるみたいだった。だからこっちの世界にはこっちの俺がいるんだと思う。2つの世界の差異はごくわずかで、同じ存在が両方の世界に存在してるらしい」

「じゃぁ、お前の世界にはもう一人の彼女がいるのか」

「彼女の家は俺のいた世界には存在していない」

「え?」

「2つの世界の数少ない相違点が彼女だ。この街で彼女の家がある位置は、俺の世界で俺が住むアパートが建っている位置なんだ。俺の世界には彼女はいない。少なくとも俺には向こうで彼女に会う方法がない」

「……お前、こっちに来すぎると自分の世界に戻りづらくなるって言ってなかったか?」

「ああ。こちらの分岐に対しての因果が増えすぎると、別れる前の世界に戻って、そこからたどり直したとき、本来の自分の世界じゃなく、こっちに来てしまう確率が増えるんだ。だから本来もう来るつもりはなかった。今日はあんたに俺の出自を教えるならと思って来ただけだ」

「はぁっ?」

MMはざばりと起き上がった。

「それじゃあ、お前。もう彼女には……」

「会いに行かない」

「あんなに溺愛していた嫁を捨てるのか?」

「彼女には月で別れは済ませたよ」

「向こうはそれで納得してるのか?」

「……もともと、こっちの彼女が見知ってたのは、こっちの世界の俺だ。俺が割り込まない方が正しい」

「なんかおかしくないか?それ!」

「上がろうか。少しのぼせた」


MMは釈然としなかった。

それでも、風呂上がりにガラス瓶入りのコーヒー牛乳は飲んだし、紙カップに入ったアイスクリームも食べたし、マッサージチェアも試した。

「悔しい。リフレッシュしてしまった」

「良いところだろう」

「ああ。変なところだけどな」

スーパー銭湯を出て、だらだらと歩きながら、MMは何気なく言った。

「いつか……お前が元の世界に戻れたら、お前の世界の方のフロ屋に連れていってくれよ」

相手は一瞬足を止めたが、すぐに何事もなかったかのように歩きだした。

「まずはレースだろ」

「そうだな。いっちょ、軽く優勝してやるか」




船に戻った二人は、さっぱりした体で汗臭いパイロットスーツを着るのはとても辛いという事実に直面した。

需要のない風呂回


Q:せっかくこっち来てるのに、ヒロインはどうしたの?

A:平日昼間なので学校に行っています。


Q:尋問なら、カツ定じゃなくて、カツ丼では?

A:尋問じゃなくて必勝祈願なのでカツ定で大丈夫です。

カツ定はキャベツとごはんと味噌汁がおかわり自由でした。


Q:現金はどうしたの?

A:以前、闇市で売りさばくために金塊を大量の指輪に加工したので、そのうちの1つを質屋に持っていきました。(本編未収録)

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― 新着の感想 ―
なにそれかっけーってなるの良きねw 仲直りできてよかったよかった。 それにしても。 うはぁ 今生の別のつもりやったんか しれっと重い要素判明しちゃったなぁ 妙に理性的になって 「最初人違いだったか…
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