七色カラス
「今朝、カーティスからさ、子供誘拐して虐待した前科あるか?って聞かれたんだけど、なんだと思う?」
「ジャック、そんなことしたの?」
「してない」
「ジャックは、ちっちゃい子好きだけど、虐待したりはしない奴だぞ」
「さらったら、ちゃんとかわいがる?」
「風評被害っ!ロイ!カップに変なこと吹き込むなっ」
「おっと、もうすぐSSだぞー」
暁烏は、最終日、9位スタートでつつがなく往路の移動区画を終えていた。
「さすがに上位陣同士となると、アホな小細工なしのガチ勝負になってくるか。思えば、34番の妨害が一番厄介だったな」
「惜しいライバルをなくした?」
「バカいえ。あんな色物がライバルになるもんか」
「チャフだのペイント弾だの煙幕だのオイルだの鉤爪だのワイヤーだのと、とんだチキチキマシンだったからなぁ」
「あれをあんだけ使って小細工しまくって、なおかつあの速度だったパイロットの腕は評価する。ほら、俺達のすぐ後ろの奴。なんか仕掛けようとして自滅した」
SSのスタートまでの調整時間を、待機エリアで過ごしていた暁烏に向かって、何かを射出しようとした後続機が火を吹いた。
「あーあ。直接、自動照準でうちの船を狙うから、ヴァレさんの"呪い返し"に引っ掛かるんだよ。そこは34番みたいに通過予測位置に置きにこないと」
「"呪い返し"って、アンチミサイルみたいなやつか?そんな機能ついてたっけ?」
「機械的な機能というよりは、むしろ呪術的な術式。ヴァレさんの術式で守られてるお陰で、うちのビバークエリアのキャンプとカーティスの船は安全なんだぞ」
「2つ隣なんて、朝起きたらクレーターになってたもんな」
MMと川畑は可哀想な"事故"を思い出して、2sの間、黙祷を捧げた。
「"呪い返し"も"結界"も、そんな魔法が使えること自体がすごいんだが、魔法の定義されていない世界で、近似的現象が発現する術式を構築するのって、ものすごい技術なんだ。お前もヴァレさんをもっと尊敬しろ」
「尊敬はしてるよ。でも、呪術的な術式って、スタイルだけじゃなくて、ホントに"魔女"なのか、あの人……」
MMはスタートタイミングピッタリにCPを通過するために、ぐるりと旋回して待機エリアの端から加速し始めた。
「出身世界では、勇者が仲間と共に知恵を借りに訪ねてくるか、討伐しに来るかという立ち位置らしい」
「うへぇ。討伐組可哀想」
「こないだ、討伐しに来た奴らをガトリングガンで殲滅しようとしたら、勇者だけ弾幕抜けて突っ込んできたんで、オーソドックスに石化して王城に送り返したって言ってた」
「聞かなかったことにしよう」
MMは一気に加速してCPを通過した。
今日のコースにはSSが2つある。
2つ目は最後のちょっとした直線なので、実質、この1つ目がタイムで大きく差を付けるラストチャンスだった。34番のせいで、昨日、予定より順位を上げられなかった暁烏にはここが勝負どころだ。
コースは単純に惑星をぐるっと回って戻ってくるだけ。ただし、スタート地点の反対側で惑星の大気圏内に、3種類の深度でCPが配置してあった。このCPは3つのうちどれか1つを通過すれば良いのだが、深度が浅いものを通ればタイムペナルティが、深度が深いものを通ればタイムボーナスがつくというルールだった。
「大型ガス惑星の大気圏内にCP置いた実行委員の根性には頭が下がる」
「といっても、CP用の有人機は一番上層のポイントにいるだけで、下の2点はそこから観測するだけらしいぞ」
「なーんだ。アンモニアの雲間にカメラさんがいる訳じゃないのか」
大気圏に突入すれば、大気との摩擦熱、大気圧、気流の影響などを考慮する必要がある。浅い地点のCPならまだしも、一番深い地点のCPを狙うのは、高温高圧対策をしたそれなりの機体でないと、自殺行為だった。ベースになったタイムフライズ号自身が、大気圏内を航行可能な矢尻型の宇宙船だったため、元々、暁烏も形状は問題なかった。それに加えて、今回はレース開催地の情報をみたヴァレリアによる魔改造が入っていた。
「こんなこともあろうかと、大気圏内対策はできるだけした。よっぽどの事がないかぎり船は壊れん。いや、俺が絶対に壊させん。練習通り、お前の飛びたいように飛べ」
「わーってら!」
MMは一番深い地点のCPを狙うルートで、惑星に向かって降下した。
「バカがタイムボーナスにつられて最深度CPにチャレンジしよったか」
「大型惑星大気の恐ろしさを知らん宇宙船乗りというのはわりといるものです。通常は降下する機会などないですから」
「42番もここまでだな。さんざん引っ掻き回してくれたが、まぁ、いい余興だった」
ここまででかなりのヘイトを集めてた狂烏の選択は、オーナー勢にはおおむね冷ややかに受け止められた。
常連にとっては、最終日のタイムボーナスCPは一発逆転狙いを潰す引っ掛けでしかないというのは常識だった。
カーティスは、端正な顔に不似合いなバカ明るい笑顔を浮かべたまま、レースの行方を見守った。
「この場合、空気抵抗キャンセルか、抵抗による減速は折り込み済みかどっちだ?」
少しいびつな浅いU字の底が惑星の向こう側のCPになるように設定されたルートを見ながら、川畑はMMに確認した。スイングバイで加速される侵入経路なので、惑星の重力と公転運動からの加速が効きすぎると、SSのゴールのCPに戻る時に推進材が大量に必要になってロスが大きい。かといって、空気抵抗を受けすぎれば、機体が持ったとしても速度が落ちすぎてレースに勝てなくなる。
「部分キャンセルで頼む。今日の天気がわからん。いい気流があればそれも使って加速する。想定速度を表示しとくから、それ見て調整してくれ。俺は姿勢維持に専念する」
「了解」
川畑はコパイロットシートの前のパネルで、ヴァレリアが追加したコントロールの入力ボタンをONにした。
「硬化、耐熱、冷却、耐電、空力制御はまずつけて……最上位種のアトモスとかアトラスの加護も入れちゃうか。せっかく頑張って狩ったんだし」
川畑はダーリングの勇姿と献身に敬意を捧げながら、軽快にパネルをタッチした。
機関部で蜻蛉竜の素材を使ったヴァレリア謹製の謎機関が作動し始め、暁烏の機体表面にうっすらと光の膜が浮かんだ。
川畑とダーリングという、凝り性と負けず嫌いの二人組は、無駄に根性があって優秀だったせいで、通常種は4種5体ずつのみ、あとは上位種、最上位種合わせて8種10体ずつという過剰品質の納品を果たしていた。気を良くしたヴァレリアが創ったのがこの加護システムで、各上位種の属性に応じた機能が機体に付与されるというオーバーテクノロジーも甚だしい機構だった。
「私の世界よりこっちの世界の方がテクノロジーレベルは高いんだから、オーバーテクノロジーじゃないさ」と、うそぶくヴァレリアに、川畑とMMは頭を抱えたものだった。
「(理力に属性情報を付与した上で制御するって仕組みだから、感覚的には精霊力制御に近くなって、コントロールはしやすいんだよな)」
川畑は自分の力の支配領域を機体全体をカバーできるサイズに広げた。基本的な理力制御は加護システムに任せて、MMの操船に合わせて細かい調整をすることに専念する。正面モニタに表示された想定速度と現在速度を見比べ、惑星大気の状態を把握しながら、機体表面の気流を整える。
「(流体力学はちゃんと履修してないから基本はエアロにお任せで……乱流ができたらちょっとパワー足せばいいな。どちらかというとアトモスの気象制御で航路の大気を安定させる方がジャックは楽か)」
川畑はヴァレリアに教えられた方法で、彼女の術式を自分のパワーで拡張し始めた。
惑星を回り込むにつれて、暁烏の行く手に、地球がいくつか入りそうなサイズの大気の渦が見えてきた。
「そういえば、あんなのがあったな」
「昨日、リング回っているときに目印にしてた奴だ。大丈夫、ぎりぎりかすめる程度で一番気流の激しいところは通らないようにした」
「なら問題ないな」
川畑の言葉に若干の違和感を感じながらも、MMは特に問いたださずに操船に集中した。言葉尻をとらえてあれこれ言っている余裕はなかった。
「保護のために船外カメラ閉じる。アトラスの座標表示に切り替えるぞ」
「いいぞ。どうせ夜だ」
暁烏は赤く輝きながら、惑星の夜半球側に入った。




