推定有罪
買い出したドリンクのボトルとスナックが入った袋を下げて、川畑はビバークの共用棟を歩いていた。
ふと見ると、人気のない奥まった隅でもめている人影があった。
「おい、何している」
一声かけると、詰め寄っていた側の男達は、川畑を睨み付けた。
「なんだガキか。あっちへいけ」
「ここでもめ事はペナルティだぞ。チーム名付きでチェッカーに通報しようか」
男達は舌打ちして立ち去った。
川畑もすぐにその場を立ち去ろうとしたが、頭の上のキャップに叱られて足を止めた。
『オンナノコにはやさしくね』
『女の子?ここでもそれ守らなきゃダメか?』
『ダメ。ノリコにだけやさしいと、やさしいじゃなくてシタゴコロだから。ますたーはみんなにやさしくしなきゃ。ノリコにきらわれるよ』
川畑は渋々、絡まれていた女性に声をかけた。
「大丈夫ですか」
赤みがかった派手な金髪の彼女は、目鼻立ちがはっきりした顔立ちで、綺麗なオレンジ色の瞳をしていた。
「坊や、こういうところでそういうことやってると早死にするぞ」
「やっぱりそうですかね」
彼女は不機嫌そうに鼻で笑った。
「でもまぁ、助かった。ありがとう」
聞けるとは思わなかった礼の言葉に、川畑が面食らっていると、彼女は顔をしかめた。
「なんだ。用はないんだろ。さっさと行け。これ以上、こんな負け犬に関わってるとろくなことにならんぞ」
川畑は、ちょっとこの生きるのに不器用そうな人物に好感を持った。
「なんだか事情はわからないけど……お姉さん、長いことへこむの性に合わない人でしょう。何かいつもと違うことをしたら、気分変わるかもしれないから、どうぞ」
彼女は川畑が差し出した袋の中身を見て怪訝そうな顔をした。
「1本いかがです?見知らぬ他人からもらったもの飲むなんて、こんなところで普段は絶対やらないでしょう?」
彼女は吹き出して笑った。多分、川畑よりも5歳以上年上だが、笑っている顔は可愛かった。
「変な坊やだな。いいよ、どこチームの子だか知らないが使いっぱしりの途中だろ。買い出し品の上前跳ねるような真似はしないさ。それに、ドリンクのチョイスが変すぎる。これでナンパされる気にはならないな」
川畑は袋の中を見て首をひねった。
「変なのか?困ったな。また失敗しちゃったか。パッケージで味の想像がつかないんだよな」
「辺境育ちか。チームメイトのリクエストであえてそれじゃないなら、買い直した方がいい。整備の休憩にそれはヤバいって」
「そんなに酷いのか」
困った顔でちょっと恥ずかしそうに身を縮めた川畑を、彼女は面白そうに見つめた。
「しょうがねーな。ついてきな。ど定番を選んでやる」
「いや、そんな世話になるわけには……」
「何かいつもと違うことをして気分転換したいところだったんだ。他人の世話を焼くなんて、日頃、絶対にやらないからな」
「ど、どうも」
ドリンクを買い直してもらい、「時間があるならもう一ヶ所」といわれて、川畑が恐縮しながらついていくと、いくつか角を曲がったところで、彼女はため息をついて、肩を落とした。
「お前、ここは初めてか?」
「はい。初参加です」
「無理やり連れてこられたのか?」
「いや、お世話になっている人がレースに参加するので、お手伝いするために連れてきてもらいました。身元保証人とかになってもらってるので、少しは恩返ししなきゃと……」
「今、そいつは何してるんだ」
「お酒飲みたいって、昨日、知り合った子と酒場?にいってます。帰ってきたらなんかノンアルコールが飲みたいかなと思って、買いに来たんですけど」
川畑に背中を向けたまま立ち止まっていた彼女は、頭を抱えた。
「どうしました?」
背後からのぞき込んだ川畑を、彼女はオレンジ色の目でじろりと睨んだ。
「お前さ……」
「マリー!」
不意に声がかかり、二人のところへ急いでやってくる人影が見えた。
「お前が絡まれてるって教えられて急いできたんだ。……そいつか?」
「いや、俺は」
川畑はあわてて彼女の側から一歩離れた。
「飲み物を買いに来ただけで……」
やって来た風采の上がらない中年男は、川畑を疑わしそうに睨んだ。
「下手な言い訳だな。この先はクルーの宿泊棟だぞ」
「えっ?」
「あん?」
驚いて隣を見た川畑と、片手で顔を覆ったマリーを見て、中年男は眉をひそめた。
「マリー?」
「なんでもない。今、帰そうとしてたとこだ」
「君、歳は?」
「18……くらいです。多分」
「マ~リィ~?」
「えーと、ほら!お礼だよ。ジークの奴らに絡まれてたところを助けてくれたからさ」
「話がごちゃごちゃだぞ?」
マリーは不貞腐れて口を尖らせた。
「いいじゃないかどうせ明日はもうレースないんだし」
「だからって、お前なぁ」
「えっ?レース中止になったんですか?」
「違う違う。単にうちが下手打って失格になっただけ。君はもう戻れ」
「はぁ。わかりました」
よく分からないが、彼女にはちゃんと心配してくれる身内がいるようなので、川畑は一礼して立ち去ろうとした。
「あっ、お前!」
マリーは立ち去ろうとする川畑を呼び止めた。
「どこのチームだ?明日、まだ出るんだろう?気が向いたら応援してたるよ」
「あ、はい。42番暁烏でナビゲーターやってます。よろしくお願いします」
「よんじゅうにばん?」
「ナビゲーター!?」
「ああ、機械とか宇宙船の操縦とかさっぱりなんで、お飾りで座ってるだけみたいなもんですけど。では、ありがとうございました。失礼します」
川畑は、目の前の二人の顔がひきつったのを見て、自分たちの船が評判悪いらしいのを思いだし、そそくさとその場を立ち去った。
「あんなぼんやりした小僧がナビゲーター……」
34番"オディール"のコパイロットでナビゲーターである中年男は、呆然と呟いた。
「嘘だろう?地上育ち丸出しの歩き方で、ドリンクのラベルもまともに読めない坊やだぞ。あいつひょっとして、ワンマンパイロットの数会わせに、座らされてるのか?」
パイロットのマリーは、自分の綺麗な金髪をくしゃくしゃにした。パイロットの中には、オートナビゲーションシステムがあれは、人のナビゲーターはいらないといって、コパイロットをおきたがらない者もいる。42番のパイロットがそういう奴なら、あのお人好しの坊やは、レース参加規定のためだけに雇われているお飾りなのだろう。
「どっかの辺境から身寄りのない子供を騙して引っ張って来たのか。ひでぇ奴だな」
「だとしたら、あいつが年のわりにやたら体格いいのは、あの馬鹿げた操船のGに耐えさせるためにそういう奴選んだからなんだろうなぁ」
しつけは良さそうで、危機感のない、身体だけは大きい坊やを思いだして、"オディール"の二人組は、42番のパイロットは人非人だという結論を出した。
オディールの二人は、腹いせもかねて、この後、42番のパイロットの悪評を、あることないこと吹聴しまくった。
他チームのオーナー「お前のところのパイロット、相当な凶状持ちらしいな」
カーティス「???」(笑顔)




